2026年

2月に

1月

1月1日(木)

今年は元日の年賀配達から外される。もう年賀は元旦ではなく元日だし、全員配達でもなくなった。朝に浜松神社で初詣を済ませ、浜松駅から西へ旅立ち、青空フリーパスで東海地方を巡る。鉄道旅行なら本も読めるし執筆もできるから。家に居てずっとプログラミングをしているよりは健康的である。太多線が気になり、美濃太田駅経由の多治見行きがあったので岐阜駅から乗り込む。軽油のにおいと駆動音がしたので電車ではなく気動車だろう。木曽川沿いにかつての廃墟があり良い景色だった。多治見駅の北口で虎渓用水広場を観てキヨスクで三千盛のとっくりを買い、さらに中津川駅まで足を伸ばす。雪を戴く恵那山が美しい。木曽路に入る前に引き返す。鉄道は東南アジア系の外人旅客が目立つ。名古屋駅一番線に昔の矢場とんの仮設店舗ができており、味噌おでん三種を食べる。どれも旨い。20時に帰浜する。

スリッパをつっかけのぼる飛馬始

トンネルに入る予感はわかるのに恋の予感はなにもしないよ

楽しみは桃色吐息
狂おしいほど愛を乞い
自分の道をつきすすみ
すばらしきかな冬の日

中津川駅から見上げた恵那山

1月2日(金)

昼まで大区分ゲームのプログラミングをしてもう一歩のところで挫折し、むさしの森珈琲豊橋江島店へ行くと、あたたかみのある内装で、混んでいた。道中で番号ジャンプ式ゲームブックという可能性を思いつく。むさしの森珈琲はリブロースステーキロコモコの肉も柔らかいし、パンケーキはふわふわだし、近所にあったら通い詰めそう。豊橋で良かった。帰路に新居弁天海釣公園に寄り、今切の丘に登って渥美半島を望む。晴れて風が強いので伊良湖岬まで見渡せる。

千行のソフトウェアを打ち終えてあおい液体窒素をすすれ/加藤治郎(『加藤治郎アンソロジー1』書肆侃侃房)

湖を通り過ぎたら二日かな

一日に一日増えただけなのに増えてくるのはどうしようもなさ

今切の丘に登って
息切れてこぼれる本音
生きている限りを生きる
伊良湖岬をはるか見下ろせ

豊橋市の美容室

1月3日(土)

とても寒い。年賀を今年始めて配達する。局全体で普通郵便も合わせて六万通とのこと。静岡新聞新春読者文芸大辻隆弘選の一席に私の短歌〈誰もまだ触れてはいない洋書から甘い薫りの開く元日〉が、野村喜和夫選の三席に私の詩「すべて乳歯人間の岸辺」が掲載される。他の方の詩を読む。風間信子「時には荒地の肌模様」は「泥くさい時間に掘り返され」からの展開が秀逸、井村たづ子「廊下」は廊下が主体に思えてきておもしろい。水野満尋「ルーツ、初夢」はいわゆる夢オチだけれど、懐古する散文詩で読ませる。田村全子「蔦土蔵」はタイトルの造語に味がある。下に拙作への評を書き写す。

「白菜」と「空港」、一見なんの関係もなさそうな二物ですが、それを強引に出会わせ、詩にしてしまう作者の力技に脱帽です。詩学的には遠いもの同士の連結といい、遠ければ遠いほど詩的効果があるとされています。/野村喜和夫

一月で辞めちゃう人の白髪よ

よろしくが何をよろしくなのかさえわからないまま三日となった

たいらかに三日の空は澄み渡り
ただ郵便夫はため息ばかり
たちまちに日はとっぷりと暮れ
多治見土産、飲み干す三千盛

1月4日(日)

昼は児とビオラ田町のアプレシオでJOYSOUNDのカラオケを遊ぶ。石川さゆりの津軽海峡・冬景色は原曲キーで歌えると知る。午後は杏林堂高町店に寄り、帰宅後に寒空の下、児の自転車につきあう。夜に詩度テストを、百万以上のことばを排出する版へと更新した。これで詩の探索としては充分楽しめるだろうから、しばらく固定したい。これ以上増やすと対戦が成り立たないし、ほかのゲームも作りたいので。そのあと、詩度ランキングの首位が「電卓のレインコート」から「親切な鉄道」に変わった。

カラオケの中を鯨の骨泳ぐ

ことばという無限の荒野へ旅立てばただの一字の〈に〉が恨めしい

人々のため貪欲にゆこう
百万のことばを吐く無能
ひとしきり遊び疲れたら
ひっそりと無言で眠ろう

1月5日(月)

寒に入る缶詰の賞味期限は

配達区の西の端から東の端へ走ったあとはただ赤い月

浜松でよく見る熊谷真実
はたして誰なのか曖昧
掃き溜めに鶴とは思わないがね
はき違えないさ熊谷直実

1月6日(火)

中勤、夜は書留がなかった。帰宅すると、さとう三千魚『花たちへ 無一物野郎の詩、乃至 無詩』浜風文庫が届いていた。簡素な表紙で好き。深夜に新季語ページの構想を練る。

再配達のひとつは冬の星

午後七時に再マルツもし切れたならきっといい夜オリオン唸る

季節から乖離しつつある季語
きっと夏にもぎとるりんご
気持ちからはみ出たグリッド
四季へうちたてる輝くスキゾ

1月7日(水)

非番、午前は新季語の調整をしてまちなかへ。久々にメイワン7階のハッピーでマトンカレーを食べる。ゲームブックは方針がないから、全体像が見えない。しばらく寝かせよう。帰宅してミニ大区分ゲームをつくる。これでプログラミング方面は少し休む。細かいメンテナンスはする。学校から帰宅してまた学校へ遊びに行った児がお菓子などのためお年玉を友人へ大盤振る舞いしたらしく、保護者の間で揉めそうな気配もある。とりあえずお金の遣い方について児へ諭す。そのなかで家族用のヨーグルトを児が買ってきたのはおかしい。『断食月』第二号が届く。疲れたので事務作業は10日以降にする。

善意からこぼれていったものの名をお金とよんでただ隙間風

1月8日(木)

風がいたく寒い。模索舎の明細の期限とかはゆるそうでよかった。第二号も委託する予定である。午後は地図を持って通区する。通区の際の意思疎通ミスで2列が残となった。そういえば、局のレイアウト変更で休憩室が縮小された。減区で「もうおまえらに休憩する暇なんてないはずだ」ということだろう。郵便番号438地域の郵便配達は二月から壊滅するのだ。

地図を見てもどこもかしこも空風

絶滅はプログラミングされている恋を憶えてしまったばかりに

1月9日(金)

風のない穏やかな日、中勤。朝はオープンミーティング「はなしてみる」のページを組む。それと、それの浜松市文化振興財団の後援申請が通る。

炉話や民主かそれとも独裁か

味のないパイを平らげたかのような風の吹かない冬の一日よ

世の中はほとんど他愛のない
善いも悪いも知る由のない
酔ってみれば今鮮やかに
甦る、死せる詩人の会

1月10日(土)

午前は「はなしてみる」『断食月』の事務をやる。金子母から電話で急に万葉の森公園桜まつりでのカンタン短歌の話が来て承諾する。昼は三組町の三河屋本店で天ぷら蕎麦を食べる。それから詩季へ行き、予選のために私が担当する分の第八回浜松「私の詩」コンクール応募作品原稿コピーをもらい、第九回浜松「私の詩」コンクールの浜松での継承開催を安請け合いしてしまう。ネット応募のみ、一人一作、賞は三つ、詩季など浜松の詩人のみなさんに選考していただき、受賞作は断食月掲載、受賞者は詩丼改で受賞朗読くらいでできるかなとは思う。業務過多で砂詩丼は休む。

一月や安請け合いをしてしまう

いまどきの恋人という時間ありサプライズにはカメラがいる

赤いアコーディオンを置いたストリートミュージシャン、遠鉄新浜松駅

1月11日(日)

風が殺人級、鳥が落ちて死んでいる。午前は袋井市役所二階市民ギャラリーへ行き、鼯鼠之丞ののぶすま書院一周年展へ赴く。お兄さまとご挨拶して何を食べたらああなるのかを訊ねると「同じものを食べてきたんですけれど」との返答が秀逸だった。展示は俳句と短歌と絶句と聯詩、漢字の圧がすごい。一回目だから通りすがりの人に名前だけ覚えて帰ってもらうことだけに集中してもいいかも。帰宅すると午後に風花が舞う。停電した地区や街路樹が倒れて道をふさいだところなどがあったらしい。15時から急激に温度が下がり5度となる。卸本町のTRANSIT COFFEE ROASTERSへグアテマラを買いに行くと上空を川鵜の群が過ぎていった。ガソリンは1リットル程度140円を切りはじめる。

遠近法は一点におけるある一瞬を静的に切り取るが、逆遠近法では、複数の視点において捉えられた複数の時間が、一つの画面上に空間的に並置される。(細川瑠璃『フロレンスキイ論』水声社)

から風のなか呼吸を忘れた烏

市役所の二階の隅へぶきっちょに句や歌ならべのんのんと人

鳥が落ちるほどのからっ風
時に感じて洟水垂らし暮らせ
遠くまでいつか旅をしたいと思う
当然路銀は出してもらう甘ったれ

袋井市の市民ギャラリーでののぶすま書院一周年展

1月12日(月)

祝日。妻が古橋織布の会長さんの社葬へ行くというので11時に雄踏斎場まで送り、児と伊左地町の島野農園へ行き苺狩りをする。加糖練乳のおかわりが有料なので杏林堂などで加糖練乳を買って行くのがおすすめ。それから坪井町はPORT24浜松店のクレーンゲームで児とともに完敗する。ココス浜松雄踏店を経てイオンモール浜松志都呂で妻を拾い帰宅する。寒中だからだろう風がまだ痛い。夕に第二回くわだてとたくらみ賞を発表する。

手をあげるゴリラの像と冬木立と

練乳のおかわり二百五十円理不尽だけど買うしか 苺

二年目のくわだてとたくらみ
似たもの同士が権威をつなぎ
にたりと笑う、裏では涙
煮汁からしみでる旨味

伊左地町しまの農園のゴリラ

1月13日(火)

勤務中にふと思いつきこゑぼんをつくり公開する。「こゑ」ボタンを長押しすると録音できる。勤務終わりに壬生キヨムと元町珈琲磐田見付の離れで会い、『断食月』第二号を渡す。文学フリマ京都で販売するという。そういえば河原こいしも文学フリマ京都へ行くと書いていた。それからTYPE-MOONとのぶすま書院一周年展の話などをする。

目に当てて寒卵という光だ

オランダ語で村はDORPぞ浜松のデザイナーらの正しい命名

1月14日(水)

やりとりするなかで、はなしてみる実行委員会のメンバーのなかに実際に会場へ足を運んでくれる人より他の用事で会場へ来ない親しいクリエイターを気にかけるクリエイターがおり、暗澹たる気持ちになる。関係性を編みなおす気なんてないのだろう。『断食月』第二号の著者分をすべて荷づくりする。

三寒や実行委員会の齟齬

庭木なら臘梅に木瓜柿蜜柑泰山木に紫木蓮など

1月15日(木)

『断食月』第二号の著者分をすべて発送する。新区の通区をして余裕がなかった。中勤者と同じくらいに退勤する。

四温とは代引とどく戸のにおい

1月16日(金)

中勤、あたたかく三寒四温と言える。通区が多く誤配が増えて顛末書のため課長が忙しそう。21時前に帰宅してあわてて60文字!をつくる。スマホのキーボードが下からせりあがるときにテキストエリアがジャンプする仕組みの整理だけで一時間くらいかかった。

ポケットのなかの蜜柑の皮かたし

冬の蟹まよい出てきて太陽のタイヤの底を威嚇している

褒められるとむず痒い
仏の顔へ下ろす親指
ひきさかれた党派のむくろ
人とかかわるしくみは好き

1月17日(土)

晩春みたいなあたたかさ。60文字!の61文字以降を非表示にするのではなく赤字にするよう訂正する。そういえば『断食月』の表紙がなにをモチーフにしているかを県東部に住む俳人の芹沢雄太郎さんに見破られた。昼過ぎに児を美術教室に置き、鴨江アートセンターのかもえのあさいちみかん園くまこあらの蜜柑を買い、2階で永田風薫展覧会トリビュート『陸軍』の作品「軍人は忠節を盡すを本分とすへし」を観る、というより聴く、いや体験する。かつて木下惠介記念館で『陸軍』を観たときのことを思い出す。紺屋町の100cafeでチーズケーキを食べているときにふと思いつき静新読者文芸〈詩〉原稿作成フォームの原型をつくりアプレシオ浜松ビオラ田町店で完成にこぎつける。夜にシネマイーラのD8席でターセム・シン監督の「落下の王国」を観る。絶景による映像美だけでなく、しょぼくれた失恋俳優と骨折幼女の心の交流もあったけれど、どっちつかずの感じがした。インド人の妻がさまよった迷宮がいちばんよかった。

芸術家はいつの時代も、権力や社会制度の前線に立たされる。
木下の『陸軍』が問いかけるのは、ファシズムのただ中で、芸術家はいかにして信念を表現できるのかという問題である。(永田風薫展覧会に寄せて

寝転べば四温日和の幼稚園

袋井の文人が熱でたおれたときいて弱点あるのだと知る

シネマイーラで落下の王国
しっちゃかめっちゃかで寝不足
シルクの塔は天を貫き
写像のなかに溶けるあの約束

鴨江アートセンターの「陸軍」

1月18日(日)

朝にふとしたできごころで軽量サンプラーの鳴んぷらーを組みあげる。午前は児を和合町のヨツバコースへつれて行き、自転車でダートコースを走らせる。今月にできた起伏だそうだ。地元の人の協力で成り立っている。児はタイムアタックで第3位だった。昼は下池三浜屋分店で親子丼と山菜蕎麦のセットを食べる。午後はザザシティの東宝シネマで児の希望で有吉の壁劇場版アドリブ大河「面白城の18人」を観る。定住と旅、ともだちと旅という対立項が描かれ芸人映画ながら考えさせる。でも笹野高史の無駄遣いだと思った。ゲラゲラ笑っていたら、となりの児はハンカチを顔におしあてて泣いていた。夜に湯に漬かりながらで懐かしいライフゲームを組む。

流感に倒れる詩人への花冠

白黒のいのち芽生えて潰えるを冷えゆくお湯と冷えゆくからだ

浴槽から湯はあふれる
欲望からこぼれるライフゲーム
よじのぼるほどの力はなくて
夜更けには白黒のサスペンス

和合町のヨツバコース、自転車のダートコース

1月19日(月)

ライフゲームと陣取りゲームとWplaceから発想を得て、勝利がなく途中介入できるLITMASSを考えつく。名称は青赤のリトマス試験紙とマスゲームをかけた。衆議院解散で選挙のため新区は延期しそう。浜松文芸館から第71集浜松市民文芸の選考結果通知が来て、短歌と定型俳句で市民文芸賞であった。もう応募はこれまでにしようかと思う。

さざんかの音が響けば町はずれ

1月20日(火)

とある民家の庭で空閑渉さんと偶然に会う。昼前から寒風が吹き始め、寒くなる。局の模様替えでM嬢が2階にあがってくる。帰宅してLITMASSの大改装をする。

寒風を取り残されている骨格

風向きが変わりそうだと思ったら寒気が急に首をつかんだ

眠い目の青のときめき
ネットのリトマス試験紙
ネタニヤフ首相の生き様を
ねっとりと赤目で思い返し

1月21日(水)

朝は児の登校に付き添い、まちなかへ出る。コメダ珈琲浜松駅エキマチウエスト店で時間をつぶし、メイワン開店と同時に8階の谷島屋書店浜松本店へ浩太さんと行き丸林さんに『断食月』第二号を委託する。エクセルシオールカフェで浩太さんと駄弁りながら見本誌をつくり昼前に渡し、ザザシティ2階のゴーゴーカレーで浩太さんと昼飯を済ます。そこでロースカツカレーを食べながら、他者への期待とは、鏡に映る自分として見た他者が原因かもしれないと話す。帰宅すると静岡新聞の新春読者文芸の図書カード8000円分が届いている、短歌1席と詩3席の分だ。放送大学の単位認定試験を済ませる。夕、LITMASSに再生のためのLITMASS Viewerと新技術を試すTEST 1.9を加える。

ふと見やる窓外に雪 必要とされぬものみな視線を乞はず/中澤系(『中澤系歌集 uta0001.txt』双風社)

体内をふきぬける冬または風

夕刻は君とチェビシェフ距離をとるわが体液のかからぬように

からっ風と旅人は行き交い
河口慧海のチベット旅行記
かたくななほど食べるツァンパ
かかとの傷は鳥のように

1月22日(木)

極寒、朝にLITMASSへ2つのイベントを実装する。昼は一風堂で食べ、West Goat Coffeeで昼一を過ごす。フロレンスキーの逆遠近法と非ユークリッド空間の発想に驚く。帰宅してLITMASSに変な効果を追加しようとして頓挫する。ある程度でとどめておけば夕飯前にはすんなりいったのに。苦労しながら夜にやっと社會史盤 LITMASSをローンチ。誰かがそっと一滴を置いてくれてうれしい。でも反乱率の調整が難しい。

悴んだ指の打ちつつけるコード

皮膚がみな裏返ったかのように芯をとらえる空風の音

1月23日(金)

朝にLITMASSの解析ページLITMASS Analyzerを立ち上げる。中勤、さすがに夜はど寒い。20時半ごろに天龍交差点を通ると西南隅の歩道上に花やジュースのペットボトルが数十も寄せ集められ置かれていた。友人の高校生たちが持ち寄ったのだろう。

冬の供花ペットボトルへ身を寄せて

路傍には花束おかれ消えゆくをひきとめようとしている記憶

1月24日(土)

午前はLITMASS ver.2.0の整備を行う。災害から原始の生々しい信仰が生じ、やがて物神信仰にも似た形式的な宗教へ進展、聖なる救済が帝国というシステムによって世界へ伝播され、やがて象徴とともに風化するさまを表現した。反乱率と青の移動率と青の帝国判定数は悩みどころ。でも青は強すぎず、でも拡張していき、やがて割れるので、ある程度の完成形と言っていいだろう。昼過ぎに児を美術教室に置いて100cafeへ行く。鴨江アートセンターでは浜松劇突をやっているようだった。夜にLITMASSからダウンロードしたJSONファイルから映像と16ビット風音楽を再生できるLITMASS Movieを公開する。

フロレンスキイの見解では、人間と世界とは相互に反映し合い、相互に実体的な影響を与えうる関係にある。つまりフロレンスキイの言うところによれば、世界についての我々の観照は、世界から与えられたものとも言えるし、我々の観照が世界に影響を与えているとも言え、どちらが先かを言うことはできない。(細川瑠璃『フロレンスキイ論』水声社)

セル・オートマトンしろながすくぢら

ファミコンの音楽に乗りやってくる乳蜜垂れるローマ軍団

1月25日(日)

朝はLITMASSが世代交代時に5秒フリーズするので待機時間を縮め、ぬるっと世代交代されるようにする。それと過疎死について考える。LITMASSにはライフゲームにはある過疎死の概念がなかった。そこでムーア近傍で同色0だと黄緑や反乱パルチザンが即死するから、半径2のムーア近傍で同色0ではどうか、など可能なありかたを模索する。過疎死について考える過程で、ふと色セルは部族とも捉えられると考えつく。また、現状で色が集まっているように見えるのは集まるプログラムを施されているわけではなく集まると過密死の危険はあれど生き残りやすいから生き残っていると言える。同じようにヒトなど生き物も己の生き方や意志とは関係なく、環境やシステムによってそう言動していることをあたかも己の生き方や意志のように錯覚しているだけなのかもしれない。昼前に東海道線に乗り静岡市駿河区馬渕はあざれあでのポエム・イン静岡2026へ向かう。会場で中久喜輝夫さん・井村たづ子さん・水野満尋さん・橋本由紀子さん・佐々宝砂さん・橋本由紀子さんとご挨拶する。さとう三千魚さんや酔芙蓉さんや大村浩一さんも出席していた。まずはオープンマイクということで朗読会をする。それから堤腰和余さんの朗読講座、いままで私の朗読は聞き手を信頼して委ねる態度でいたけれど、読み手の感情を載せずに日本語の感情を表現するという堤腰さんの態度に関心を持った。終わったあと村さ来静岡駅南口店で少しだけ話して19時過ぎに帰浜する。

大寒や詩人の舌として煙草

おもてむき毒舌詩人いて飲みの席で席次を気にする繊細

ポエムイン静岡2026堤腰和余

1月26日(月)

LITMASSをver.2.1にして、青赤にだけ半径2ムーア近傍同色0による過疎死を導入する。今まで、孤独でも人は生きていけると考えていたから老死で代替していたけれど、孤立して食糧を得られなければ人は死ぬのだ。ただ、これでも青い移動帝国による猛攻を赤い定住帝国が辺土を背に耐え、移動帝国が膨張し尽くして分裂した隙を赤が衝くという構造は変わらないだろう。LITMASSで表現されるのは歴史的偉人の個人的な意志によって発生する戦争や宗教ではなく、物理現象や自然現象として発生してしまう歴史なのだから。そういえば、LITMASSには地形がある、盤面の四辺と四隅という地形であり、また盤面を9つの将棋盤と見立てたときに真ん中の将棋盤が中央であり、他の8面は地方もしくは辺境となる。

機械にも孤独死はあり寒灯

全天の星のひとつが俺にすぐトイレへ行けと囁いてくる

瞬くはセル・オートマトン
真心の不協和音
まぐわいは汗と流れたあと
まあだだよ相対性理論

1月27日(火)

静岡新聞読者文芸欄、詩の野村喜和夫選で私のバスケットゴールの方へが掲載される。一席は風間信子さん、評はナラティヴについて。LITMASSの緑にはある程度役割があるけれど、黄には緑と同じ発生条件で緑を削ぐくらいしか役割がなかった。ふと黄は疫病のようなものだから移動させようかと思う。その調査の過程で青が移動後に寿命を引き継がず新生児として振る舞っていることを知り黄青を調整する。だからいままで青が強すぎた。午後にLITMASSは氷河期に入る。白い縁がセルに被さっていたのでいじる。コーディングに終わりはない。夕にふと思いついた文化シミュレーターを組む。クリエイターの初期配置と距離は関係性と、移動率は関係性の編みなおし度合と読み解けばいい。

空き缶を置く大寒の奥底に

関係を編みなおしゆくいと目には去りゆく者の記憶も途切れ