2026-04-07 15:45:24 1939(昭和14)年5月2日附の日記ですね。朝、西渡(久根銅山で賑わっていたであろう頃)から徒歩で水窪まで。奥領家までの徒歩はあぶないと勧められて白神(しらなみ。今はダム湖)までの峠越え。途中雷雨にあうもどうにか白神駅まで辿りつき、まだ新しい三信鉄道(今のJR飯田線)に乗り満島(今の平岡)駅で下車、宿泊した日に詠んだ句ですね。 ▼ 山の上まで家があつて畑があつて青々/種田山頭火