2026-04-08 06:20:39 つくづくおもう。山頭火がマメに日記をつけたおかげで昭和初期の日本の状況がよくわかる、と。ただ、昭和5(1930)年以前のものが存在しない(山頭火本人が焼却した由)のは惜しい。 ▼ 1939(昭和14)年5月2日附の日記ですね。朝、西渡(久根銅山で賑わっていたであろう頃)から徒歩で水窪まで。奥領家までの徒歩はあぶないと勧められて白神(しらなみ。今はダム湖)までの峠越え。途中雷雨にあうもどうにか白神駅まで辿りつき、まだ新…