2026-04-09 20:07:37 1にんがみたよ 作品に添えられる著者名は責任の所在を示す以外にはあまり意味はなくなり、作品はおおきな人類という作品の一部として生成AIの糧となる未来。それもまたおもしろい未来なのかも ▼ 生成AIの書いた詩が、人間の書いた詩を凌駕してしまう未来もあり得なくは無いでしょう。もっと言えば、人間の詩作のオリジナリティは、どれほど優秀かつ独創的な生成AIを所有できるか否かにかかる未来もあり得なくは無い、と言えませんか? ▼ #蜂起 フランコ“ビフォ”的には、詩作こそがわれわれのもとに主体性を取戻しうる唯一(?)の手段だ、ということでしょうか。 ▼ "技術-言語的なオートマティズムが、社会的身体の隅々まで配線されてしまっているような状況のなかで、わたしたちは主体化のプロセスをどのように考えることができるのだろうか?"(『#蜂起』p19.ll.11-13)の技術-言語的なオートマティズム…