クリエイト浜松 — 静岡県西部の文化芸術系匿名掲示板

詩の創作においてmethod手法、技法はあっても、もとより論理は無いとおもいます…

詩の創作においてmethod手法、技法はあっても、もとより論理は無いとおもいます。たとえば大岡信「地名論」は論述をなしていませんね。詩を形成するのは手法、技法であって論理ではありません。〈論理の欠如〉〈言語の迷宮〉〈美しい比喩〉〈冷笑〉などは全て詩人の技能によるものであり、出鱈目に言葉を並べているだけではありません。
詩人は、論理の欠如を「深み」という美名でごまかし、言語の迷宮に逃げ込む傾向があります。他者の痛みすら美しい比喩へと加工し、実社会の営みを冷笑しながら、その実、言葉の贅沢品を玩んでいるに過ぎません。彼らの沈黙が世界に何の影響も与えないという事…