クリエイト浜松 — 静岡県西部の文化芸術系匿名掲示板

福田曰〈私たちが生命の根源にまで降りていき、自然との合一感にひたるための型として…

39にんがみたよ
福田曰〈私たちが生命の根源にまで降りていき、自然との合一感にひたるための型としての儀式を要求したとすれば、それは型である以上、部分にして全體、瞬間にして永遠、つまり空間的にも時間的にも、限られた枠のなかに全體が出現しうるものでなければならない。自然におけるさういふ時期は、季節の折目、ことに冬から春への變り目ではないか〉
"かれらは儀式を嫌っているのではなく、自分たちが祭司の座から引きずり降ろされるような儀式を嫌っているだけのことである"、"儀式は元来、個人を没却する場でなければならぬ。人間が個人であることをやめて、生命のもっとも根源的なものに帰っていくため…
"個人は全体を自己に奉仕せしめることはできず、自己を全体に奉仕せしめなければならない。必然性というものは、個人の側にはなく、つねに全体の側にある。"(福田恆存『人間・この劇的なるもの』新潮文庫)全体を群衆≒文化と言い換えてもいいかも。文化を…