クリエイト浜松 — 静岡県西部の文化芸術系匿名掲示板

社会の潮流を読み己の保身と利益を考えれば頼朝や北朝につく方が理論的で有利なはず。…

54にんがみたよ
社会の潮流を読み己の保身と利益を考えれば頼朝や北朝につく方が理論的で有利なはず。でも木曾冠者や楠木正成はそうしなかった。そこに自滅性の批評精神を見たのかもしれませんね #革命
きのう紹介した「武士道と浪曼精神」は『太平記』の楠木正成にまつわるエッセイだ。與重郎は木曾冠者(義仲)や楠木正成といった非業の武士に強く惹かれるものがあったのか。だからこその〈浪曼精神/主義〉なのか。
松尾芭蕉は義仲寺無名庵に住み、保田與重郎は「芭蕉」で蕉翁を再評価し、両者とも源義仲へただならぬ思いを寄せる。〈木曽殿と背中合せの寒さかな/島崎又玄〉 #革命
保田與重郎「木曾冠者」の初出は「コギト」第65号(1937.10)。平家物語論の一部として執筆した由。