1月
1月1日(月)
元日の仕事終わり、帰路の参野町交差点でバイクが揺れる、と思ったらそれが能登半島地震だったと知る。自宅で豚肉を食べて田町のシネマイーラへ赴き初映画。「花腐し」を、私ともうひとりの他人と2人だけの観客で観る。ピンク映画界という狭くて誇り高い世界を描いていたのと栩谷と伊関の酒の飲み方が良い。さとうほなみの演じた祥子の明るさに救われたけれど、元日に観るには湿っぽい映画だ。万葉集を手にとってみたくなる。
春されば卯の花腐し我が越えし妹が垣間は荒れにけるかも
1月2日(火)
シネマイーラで「愛にイナズマ」を観る。折村家全員赤服に笑う。人情に欠ける令和の風潮へ抗う昭和の家族という感じ。2日にやっているスーパーは浜松駅地下の成城石井くらいなもので鰤を買って帰る。
1月7日(日)
来月開催するポエデイの情報を中日新聞と静岡新聞へ送る。両者とも私の写真を記事で使っているのでそのことに触れながら。夜の入浴後に眼鏡をなくす。
1月8日(月)
ポエデイの情報をFM Haro!とk-mixと浜松ケーブルテレビ(ウェンディ)へ送る。浜松ケーブルテレビの池島さんから返信がある。浜松駅のメイワンで新しい眼鏡john dillingerを買い、法多山へ行って厄難消除の火を見る。夜に眼鏡が見つかる。
1月12日(金)
非番。塚田千束『アスパラと潮騒』短歌研究社や村井康彦『藤原定家『明月記』の世界』岩波新書を読みながら、浜松駅メイワンのスターバックスや新浜松駅のプロントで短歌連作30首の推敲をする。40首から30余首へ削る。新人賞の水準に達する連作にはならない。もっと錬るか、とりあえず出してしまうか。一首評を書き、昼食はメイワンの一風堂にて摂る。
同属の居らぬツチブタ目を閉じて夢の中でも誰にも会えぬ/塚田千束(『アスパラと潮騒』短歌研究社)
白川ユウコさんは京都の件でポエデイに来場しないけれど関わりを持ちたいということで1月19日に会う約束をする。提案は歓迎する。夕方にアクト・アート・ストリートの準備のため多行形式をカーボン紙で転写し厚紙に貼る。
1月13日(土)
藤原定家の愚記をまねてこの誤記をはじめる。k-mixを聴きながら久しぶりにhtmlとJavaScriptとcssを打っていると、若い東京の、たとえば下北沢の窓辺のような雰囲気に包まれる。詩客で短歌連作「郵便的な、あまりに郵便的な」が公開される。安田茜さんの連載「ゆく」と同時公開。同じ翼の歌でも漢字率の違いによる文字圧の違いがある。
もう二度とひろげることのないつばさだけどあなたはそのままあなた/安田茜(連載短歌第3回「ゆく」)
おしりたんていを観ながら、川野里子『ウォーターリリー』短歌研究社を読みはじめる。連作のテーマのつながり方を掴んだ気になる。午後三時ころから雨風が激しいけれど、夕までに晴れる。
鳥の骨見たることなし完璧な埋葬をせし青空広がる/川野里子(『ウォーターリリー』短歌研究社)
ムジカ・ピッコリーノを観ながら『ウォーターリリー』を読み、一首評を書く。yesのroundabout、逆再生、頭の上の少し離れた宙から無数の糸で吊り下げられるように作歌をすればよいのだと気づく。でも、どうやって?
あわあわといちめんすけてきしゆえにひのくれがたをわれは淫らなり/村木道彦(「緋の椅子」)
1月14日(日)
このhtml手打ちサイト「誤記」のアドレスのherは英語ではなくトルコ語の「どれも」「それぞれの」「すべての」の意味をもつ形容詞、ペルシャ語のﻫﺮ由来のことば。朝にsitemap.xmlなどをいじり、ロリポップと3年契約する。それから少し推敲、またはアクト・アート・ストリートの準備。リソグラフ印刷も考えていたけれど成子町のプスプス byZINGが搬入日までに開かないので自分でなんとか作品をこしらえるしかない。
つまり、野田にとって重要なことは、男が女になったり、女が男に変身したりすることではなく、両性の境界を自在に飛びこえる姿を見せることで、二つの性に「わかれわかれになる」はるか以前の始原的状態(天使的状態)をまばゆい閃光のうちに暗示することなのだ。野田があれほどことば遊びや語呂遊びに趣向をこらすのも、それが一つのことばに対照的な二つの意味=性を持たせてしまう、いわば両性具有的仕掛けであるからだろう。(扇田昭彦『日本の現代演劇』岩波新書)
野田秀樹の演劇について。社会実験踊り場の曽布川祐さんが持つAutismやことばへの関心に師である扇田昭彦の影響を見つけられる。昼、歩いてまちなかへ。最近moonstarの靴ばかり買って履いている。そのなかでも810sのkitcheは用宗港にあった雑貨店Timeless Gallery&Storeの閉店セールで買った靴で、厨房用と店員から聞き、その簡素さを気に入っている。駅前メイワンの谷島屋浜松本店で『歌壇』2月号を読む。
しなやかなめまいがあって手をついた場所から果樹が広がってゆく/早月くら(「ハーフ・プリズム」)
歌壇賞の早月くらさんとは去年5月の第9回詩歌トライアスロン三詩型融合部門受賞作『水棲の石』のときからすでに差があったけれど更に大差をつけられる。透明感あふれる早月世界の手際よさ、そのまま進んでいって欲しい。13時からアクトの研修交流センターにて文化芸術活動ビルドアップ講座として橋の下世界音楽祭の根木龍一さんとりんご音楽祭のdj sleeper古川陽介さんのお話を聴く。遠州でのおもしろい詩歌新人発掘オーディション、スタッフも楽しめる働きかけ、悪者を作らない場設計などやらなければいけないことが増える。少なくとも社会に対して誠実な、それでいてダサくない詩歌企画をやろう、と思う。同じ講座を宮沢賢治を朗読していたえんさんが聴講しており、帰路、東海道本線に沿って浜松駅へ向かいながら話す。
1月15日(月)
美薗中央公園でみそののお花見を今年もやるというので、みそのの詩歌賞(仮)とかできればいいな。短歌部門・自由詩部門・俳句部門にmp3部門などの部門を設けて、県内外の選者と花見をしながら、それぞれの部門の候補作から大賞を決める。地方文芸賞を刷新する気概を込めて。
1月16日(火)
風が強く気温10度に達しない寒い日、靴底がはがれそう。
1月17日(水)
俳句連作10句の推敲をする。と言っても去年作った連作の手直し程度。多行形式俳句は発表形式ではなく創作形式だろう。そういえば、澤好摩さんが他界したので円錐新鋭作品賞は存続するか気になっていたけれど、小林恭二さんを特別選者に迎えて存続となり嬉しい。
指の先で尖った顎の先から、首筋、胸、乳房まで強く押しながら滑らせた。赤い線が出来た。キクはアネモネの全身を赤く染めたいと思った。(村上龍『コインロッカー・ベイビーズ』講談社文庫)
『コインロッカー・ベイビーズ』を25年ぶりくらいに読んでいる。当時はアネモネのかわいさを受け入れられなかったけれど、指で触れただけで赤く変色する美少女描写はすごい。薬島の前後だからだろうけど肉体の化学反応への並々ならぬ興味をかきたてる。夜に現代詩歌のプラットフォームsuiuへ今日からの歌会の題「旬」で〈旬刊のうすい頁を朱で濁す人にも読める数は骸だ〉という短歌を投稿する。
1月18日(木)
円錐編集部とメールのやりとりをする。昼前からあたたかい小雨。前の靴はもう左の靴底が半分摩耗して内側が露出していて砂利を歩くと骨に響くので、今日からmoonstarのSPLT SDM01を履き始める。通常の靴底ラバーより強度1.5倍の性能がどのくらいのものか気になる。配達員は靴が命だ。
1月19日(金)
5時に起きて放送大学中国語Ⅰの単位認定試験を自宅で受ける。一作家を集中的に扱いたいので次に受講するのは宮沢賢治と宇宙('24)か『枕草子』の世界('24)だろう。いずれにせよ興味の範囲、つまり活動の範囲を限定したい。今のところは「詩歌」「トルコ語」「スピノザ」「情報技術」「ボードゲーム」かな。7時半からメイワンのスターバックスでトリプルエスプレッソラテを試しながら、ポエデイ朗読タイムスケジュール遠隔打ち合わせと詩客受賞連載の俳句連作を推敲をする。Rensak - 連作並び替えツールが便利。10時にアクトシティ地下の財団事務室にある浜松アーツ&クリエイションへ赴き、矢川さんへアクト・アート・ストリートの展示作品を搬入する。新しくできたアクトラウンジB101かアクトラウンジ201にて1月22日から展示されるらしい。矢川さん曰く、浜松アーツ&クリエイション自身も展示企画ははじめてなので「アットホームな感じ」になりそう、とのこと。良いね。
アクトシティからの帰りに浜松駅北口地下広場を通ると円周に沿って約10人の路上生活者やその仮寓が横たわる。コロナ禍前より人数が増えている。
メイワンの一風堂で食べたあと13時ごろからアクトプラザラウンジB101にて白川ユウコさんと会談する。ポエデイやみそのの詩歌賞(仮)など、遠州や浜松市の詩歌界を盛り上げていく話をする。E4金子さんや泉由良などと連絡し、みそのの詩歌賞(仮)の話をある程度まとめて15時前に解散、鰤と餃子を買って帰る。
1月20日(土)
雨の子守なのでみそのの詩歌賞(仮)のウェブ周りをつくる。昼に宮本常一『忘れられた日本人』岩波文庫が届く。
日本中世の文学が隠者によって保持せられて来たことと、村々の隠居制度には共通するものが多分にあると見られる。村においては隠居たちが文化伝承の役割をになっていたのである。(宮本常一『忘れられた日本人』岩波文庫)
日本現代の地方都市においても俳句や短歌など短詩文芸は隠居の高齢者によって保持されている。そういえばJAXAの無人探査機SLIMが月面に着陸したという。私も月面を目指さなければならない。徒労に終わるかもしれないけれど、何を言われたとしても、やってみるという気持ち。
1月21日(日)
みそのの詩歌賞(仮)へ公園長の許可が下りる。雨、東名と伊勢湾岸道と名古屋高速4号線を乗り継いで名古屋水族館へ赴く。ガーデン埠頭には水先案内船のほかアニメ「宇宙よりも遠い場所」を観て気になっていた南極観測船ふじがある。名古屋水族館にてムカシクジラ亜目ambulocetus natansの化石標本を見る。
昼飯ののちイルカのパフォーマンスを観て、海亀の餌やりを観て、シャチのアースによる公開トレーニングを観る。イルカやシャチは餌や愛撫のためにショーをしているのか、それとも自己実現のためにショーをしているのか考える。スタジアムで児のこども園ともだち一家と偶然会う。さかなくんとシャーク香音が出演するEテレの「ギョギョッとサカナ★スター」の影響で魚と水族館は今のこどもたちに人気なのかもしれない。我が家も昨日の放送で観たアカアマダイを探しに浜松市から名古屋市へ来たのだ。
1月22日(月)
みそのの詩歌賞のウェブ周り、審査員紹介文がそろったこともありかなり進む。先週から臘梅を見る。毎日俳壇の西村和子欄に私の俳句〈散るように風に流され冬の蝶〉が掲載される。駅前の磐田新聞堂で朝刊を買う。ここは看板が欠けて毋日新聞になっている。
1月23日(火)
極寒、最高気温4度で風も強い。バイクを走らせての体感は零下5度以下。名古屋や天竜区では積雪したという。もちろん浜松市街や磐田市街には雪すら降らない。
1月25日(木)
suiuへ今日からの歌会の題「鳩」で〈北風のなかでも君は鳩笛を通った風だ 主文は後で〉という短歌を投稿する。浜松市民文芸第69集は、詩も自由律俳句も川柳も入選と通知が来る。
1月26日(金)
朝、喉が痛い。中泉にある肉のおおいしの正面、魚七跡地の北東に、北西へ昇る階段がある。その階段の北東に好ましい煉瓦積みがある。
ふと、詩都浜松構想で、詩学校よりも開くべきは文芸テクノクラート養成講座かもしれない、と思う。文芸イベントを企画立案し開催まで遂行する実働部隊を育成する。それと、まちなかの空き家へのポエット・イン・レジデンスや中山間部での半詩半農生活。帰路に南図書館で日本短歌総研『固有名詞の短歌 コレクション1000』飯塚書店を借りる。やはり人名短歌は立体的で好き。
カフカ忌の無人郵便局灼けて賴信紙のうすみどりの格子/塚本邦雄
1月27日(土)
短歌30首連作を仕上げる、というより諦める。
ラジオ講座聞きおりしわれに深夜の北京放送中国民謡/岸上大作
海外から届くラジオ放送には浪漫がある、結果の見えない詩作にも似て。児と遠鉄バスで駅前へ行き、谷島屋で林徹『トルコ語文法ガイドブック』白水社を買う。それからアクト・アート・ストリートの展示を観る。ポエデイのハガキも並べて置いてくれている。
浜松科学館みらいーらへ赴く。頻繁に行くので年間パスポート1500円を購入、3回行けば原資を上回る。やまちゃんのサイエンスショー「ロケット」を観て、カフェでサンドイッチを食べる。昼にプラネタリウムで今夜の星空解説と宇宙大爆発を観る。星の数ほどいる、の星の数が人に視える星の数ならその意味はこの百年でずいぶん変わっただろう。
みしまんのサイエンスショー「風」を観てから、ミニワークショップにて圧電効果で発電し発光するおもちゃをつくる。こどもの光る靴も同じ原理だろう。ザザシティを経て、尾張町のみかわや|コトバコへ赴き、行商バロックを見学する。児が栞で遊んでいた虹釜太郎『カレー野獣館 赤』円盤を買おうとすると店主が不在だったのでその場にいた女性に電話で店主を呼んでいただく。赤の他に黄・緑・黒と三色あるようなので機会があるごとに一冊ずつ買い足したい。
そうしてこどもたちが麦わら帽を百も二百もなくすようなほどの時間を経た後にその地で行方が知れぬようになる人が増えはじめて空の縞々をその地の方法で数える者がいなくなる(虹釜太郎『カレー野獣館 赤』円盤)
それにしても熱量が半端ない本だ。全段落が爆音を立てて、読む者へ迫ってくる。それでいて粘りつくような郷愁がある。こんな凄い人が彦根にいるのか。まだ自分の世界は狭かった。この列島には詩歌を専門としない人に真の詩歌人がいる。
1月28日(日)
新都田郵便局の差出函へ短歌連作30首を投函する。紅白の梅が咲き、蜜柑の樹に雄の頬白がとまるフルーツパーク時之栖で、児と苺狩をする。ビニルハウスEにかおり野・よつぼし、ビニルハウスFに紅ほっぺ・はるひ・章姫・すずといった品種が育てられ、章姫は果肉がやわらかく甘い。よつぼしも佳味で、すずも中身まで赤く良い。昼飯にピザを食べ、恐竜広場へ行く。動く恐竜たちの痛みが激しい。車で児を昼寝させたあと細江町中川にあるテクノランドの東、銅鐸公園へ赴く。滝峰才四郎谷の奥まったところに埋められた銅鐸のレプリカがある。
気賀にある姫街道と銅鐸の歴史民俗資料館も訪れる。歴史民俗資料館はこのご時世にテレホンカードを販売している。浜松市で出土した銅鐸の多くは三遠式で、新しい時代の突線紐式に属するという。
浜名湖に汽車かかれりとへども水の湛へを見む心なし/杉浦翠子
1月29日(月)
白拍子で寒木瓜の花を見る。
1月30日(火)
杉花粉がもう飛んでいて、洟水が垂れる。
1月31日(水)
小雨。suiuに歌会の題「犬」で〈猟犬のただ生きているだけという顔 味のない歯磨きをして〉という短歌を投稿する。Zeynep Bastıkを聴く、アルバニアの血をひくトルコ人歌手で、いつも肌露出の多い衣装を着ている。bundan böyleから入ったけれど、bırakman doğru muやaraも良い。トルコポップの特長か、バラード調が多い。こぶしをきかせて湿っぽく謳い上げる感じ。ZeynepはSezen Aksuのbu geceを謳っており、そういった目に見えないトルコの女性歌手の系譜があるのだろうか。
2月
2月1日(木)
異動で局を去る人もいて来る人もいる、あたたかい日。地方都市で詩歌イベントもやり詩歌賞もやり、足りないのは宣伝・広告のための媒体、詩歌メディアだ。詩政紙「沈黙交易」を詩政誌「沈黙交易」へ改組するとか、NPO法人沈黙交易とか。帰路に南図書館で山階基『夜を着こなせたら』短歌研究社を借りる。
人生の車体にかすり傷をつけきらめくばかり銀貨や銅貨/山階基(『夜を着こなせたら』短歌研究社)
2月2日(金)
夕刻、ポエデイのスタッフをできるか打診していた方に指で×印を示される。有望な人材なのでまた別の機会にでも呼びたいな。こんな夜はBeyondの他閉症を聴きたい。
2月3日(土)
最近夢を見ない。MOMMYJIのファンタジー Feat. Motifな夜から朝へ。詩客で俳句連作「グロブスター」が公開される。西脇祥貴さんやまつりぺきんさんや丑丸敬史さんと同日掲載だ。
こんにちは当事者感の欠如です/まつりぺきん(「そんなんだったら結婚しようよ」)
子守り。南図書館で富田睦子『声は霧雨』砂子屋書房や正木ゆう子『玉響』春秋社を借りる。区分口に一首評を書く。
わけもなく大丈夫なり冬青空/正木ゆう子(『玉響』春秋社)
2月4日(日)
立春。アマゾンの荷物、NECのVersaProが昨夜ヤマト運輸で届くはずだったけれど今日届く。先月末の大量解雇や2024年問題やアマゾンのセールの影響だろうか。
袖ひちてむすびし水のこほれるを春立つけふの風やとくらむ/紀貫之
午前にシネマイーラでアキ・カウリスマキ監督の「枯れ葉」を観る。上映時間が1時間半もなくて嬉しい。北欧の底辺労働者たちの酒と愛と唄だけを楽しみとする簡素な暮らしぶりと陰鬱なユーモアが好ましい。あと、アンサの住む部屋の色合いがくすんでいて良い。
劇中歌、Maustetytötの謳うsyntynyt suruun ja puettu pettymyksinも記憶に残る。歌詞も「私は囚人永遠に/墓場すらフェンスだらけ」とか。
午後はアクト・アート・ストリートに在廊する。テツジ山下さんと糀谷未有さんとかとうなおこさんと同じ時間帯の在廊、まるけの安松さんや鈴木萌子さんと話す。浜松ハンドメイドマルシェに寄ってデーツシロップを買ってからフィールで鱈を買って帰る。
2月5日(月)
一日中雨。毎日歌壇の水原紫苑欄に私の短歌〈北を向く信号はみなひび割れて町を逃げ出す気は起こらない〉が掲載される。「浜松百撰」2月号の街ネタ情報局にポエデイの記事が載っていることを今日知る。去年、宣伝用のハガキを佐鳴台の編集部へ郵送しておいてよかった。関東は20cmの積雪という。
2月7日(水)
suiuの歌会、お題「紙」へ〈紙よりも傷つけやすい言葉などあるのだろうか 風は裂けゆく〉という短歌を投稿する。谷脇クリタの歌集『市民たち、売り切れのフロイデ』が犬と街灯から届く。
金網の向こうに原っぱがそのまた向こうには森があり文字のないところまで行ければよかった/谷脇クリタ(『市民たち、売り切れのフロイデ』)
2月8日(木)
株式会社ヤンバ運営のシール印刷プロへポエデイのロゴシール印刷を発注する。PNG入稿可だったので。パソコンゲームはRoNの空母ラッシュが好きだったけど、さすがにいまさら全部隊を扱う気力も眼筋もないのでCiv5を買う。こちらは陸上機を艦載機として空母に収容できるのが好き。もう余暇は潰れる。
2月9日(金)
詩歌をやるなら言語はラテン語・俗ラテン語からの長い伝統がありGramsciやNegriやUmberto Ecoなど先進的な思想家を有し、QuasimodoやUngarettiなどの綺羅星のような現代詩人を産んだイタリア語を学ぶべきだろう。でも私の反抗心は、西欧言語よりも新興のトルコ語へ向かわせる。朝、スタバにて富田睦子『声は霧雨』砂子屋書房と『現代短歌パスポート2 恐竜の不在号』書肆侃侃房を読む。区分口に一首評を書く。
はずむ月 リンクの切れた図書館が落葉に沈み込む音がする/我妻俊樹(「海岸蛍光灯」)
松城町の中央図書館二階の調査支援室で郷土資料の調べ物をする。昼飯は肴町のララカレーで済ます。本日のカレーはチキンとBeefベジカレー3種盛りで、混ぜて食べる。しばらく口と喉が辛く発汗する。
浜松ケーブルテレビの今井さんとポエデイについて打ち合わせをする。11時に来場するとのこと。夜に一太郎2024アカデミック版が届く。何かできそうな気がする。
物思へば心の春も知らぬ身に何鶯の告げに来つらむ/建礼門院右京大夫
2月10日(土)
昨夜は早く寝たので2時に目覚めCiv5をする。明るくなってから『林翔全句集』コールサック社を読む。「和紙」は佳句多め。
子の賢愚知らず遥かに蝶光る/林翔
子守り。浜松科学館にて、てんちゃんのサイエンスショー「回転」を観てからサイエンス農園で採れた木綿の種とりをする。昼飯にサンドイッチを食べ、3階に展示されているコンドライトの笹ヶ瀬隕石を視てからプラネタリウムドームで「海竜王モササウルス」を観る。天敵の多い陸に棲む小さな蜥蜴が、丸呑みと胎生を武器に海に逃れモササウルスとして巨大化した逆転劇はムカシクジラ亜目めく。うえちゃんのサイエンスショー「飛ぶ」を観て帰宅する。てんちゃんは科学者味があり、うえちゃんはベテラン感漂うエンターテイナー、山ちゃんは居酒屋実験室。午後にスナックラジオを聴いているとき、ポエデイのシールが届く。
2月11日(日)
昼に早馬町のクリエート浜松へ赴き、はままつグローバルフェアを見学する。トムヤンセンレックやオーストラリアのソーセージロールやインドネシアのバタゴールを食べる。腹が満たされてからインドネシア舞踏を観たりアラビア文字カリグラフィーをしたり災害シュミレーションゲームのカタストロフォイを遊んだりする。「カタストロフォイが起きた」と聞いたときすぐに地震だと思い込むのは地震大国に生きる日本人の癖に過ぎない。南図書館で借りた草壁焔太『五行歌入門』東京堂出版を読む。五行歌発想の動機となった歌は
麦畑だ。
楢の林だ。
高壓線の大鐵塔だ。
六月だ。
野だ。/矢代東村
とのこと。そこからうまれた草壁焔太の五行歌第一号は〈花びらの〉となる。それぞれに呼吸と内在律がある。
2月12日(月)
昼は徳兵衛西塚店へ行く。八十八鰤がぷりぷりして旨い、ホッケは干物しか食べたことがなく生の食感に驚く。それからカインズ浜松市野店へ行く。帰路、南図書館で『現代短歌パスポート1 シュガーしらしら号』書肆侃侃房を借りる。
あなたとわたしの記憶が混ざって見たことのないやわらかなイオンモールが/堂園昌彦(「春は水さえとろけさせる」)
2月13日(火)
ZEBRA社のポスモバの使いはじめ。すでにDOSSのごつさが懐かしい。湖西市鷲津のbooks cicalataが取りまとめているフェイヴァリットブックスLへ寄せるZINEへ、短文を寄稿する。そういえば旧中区元目町にあった八月の鯨が一月末に閉業して店番の人へ引き継ぎ、旧浜北区中条のハピネスマルカ203号室にあるフェイヴァリットブックスLが2月25日に移転、と浜松市の二大個人書店の大きな変化が2024年の最初の2ヶ月で起こる。
実は、本を書く人が一番本を読む、読まなければならない。遠州で本を書く人や本をつくる人を育て、そういった人たちをかっこいいと思えるような環境をつくっていき、そこから本を読む人の裾野を広げることで本を買う人を増やし、本を売る人である個人書店を活性化させる道を進めていこう。すなわち必要なのは、浜松古本市・プスプス市春の陣秋の陣・ポエデイ・みそのの詩歌賞・浜松市民文芸・浜松「私の詩」コンクールのゆるやかな連携、そして村上製本・プスプス byZING・ひつじ日和・読書日和・新しいフェイヴァリットブックスの淡いつながりだ。
2月14日(水)
昼は弁当を食べそこねて、磐田グランドホテルアピタ店で磐田野菜たっぷりカツ丼を食べる。水源純さんと月刊『五行歌』の、ポエデイ短詩募集についての記事の確認をする。
2月15日(木)
suiuのお題「甘」に〈蜂蜜の速さで君の名を言おう戸籍ではなく魂の名を〉という短歌を投稿する。
2月16日(金)
浜松市の子安踏切や磐田市の万能踏切でよく貨物列車を見送ることがある。今日は16時前に万能踏切で、西浜松駅を出ただろう上りの貨物列車を見る。
2月17日(土)
朝に『ウンガレッティ全詩集』岩波文庫を読む。小ささと比喩とに俳句の発想が見られる。ermetismoの表現は俳句と近いのだろう。訳がそのまま多行形式になる。
海へ出て
ぼくは
そよ風の
棺に入った
(河島英昭訳「宇宙」『ウンガレッティ全詩集』岩波文庫)
一首評を書く。午後に成子町のプスプス byZINGへ赴く。そこで遠州天狗屋の坂田吉章さんやKnotの大杉晃弘さんがつくった『浜松脱撰』を買う。浜松で、書く活動・書いたものの評価を上げる活動・編集する活動・声に出して読む活動・印刷する活動・ZINEをつくる活動・製本する活動・出版する活動・読書会の活動・本を売る活動・デザインや描画の活動がゆるやかにつながるとひとつの豊かな文化圏になるのに。夜にプスプス通信3月号に載せるみそのの詩歌賞の二色刷り広告原稿をメールで送る。
2月18日(日)
一首評を書く。午前に、浜松シティマラソンを迂回して、平口の飛龍街道沿いにあるバルハウスへ赴く。妻がセミナーを聴くあいだ、柄谷行人『帝国の構造 中心・周辺・亜周辺』岩波現代文庫を読む。双系制など柄谷ならではの用語が出てきて頭に入りやすい。昼は、ぶたの大地サンストリート浜北店のザンギ定食を食べる。『パルクの文学講義』を借りた城北図書館にいるとき、静岡県現代俳句協会の滝浪武会長と電話でポエデイについて話す。協会の仕事について打診される。
シラーは詩人を二つのグループに分けています。すなわち 直感の 詩人と 自意識の 詩人です。(オルハン・パルク、山崎暁子訳『パルクの文学講義』岩波書店)
私は自意識の側に属するだろう。春の小雨のなか布橋二丁目のカフェ・ドロップへ赴く。ポップコーンとチャイミルクと紅茶スコーンを頼む。児がディスプレイのおもちゃを壊してしまい謝罪、帰宅したのちとんぼ返りで再訪問し図書券二千円分を渡す。
春陰や児のために頭を下げて/甲太郎
2月19日(月)
降ったりやんだりの雨。毎日俳壇の小川軽舟欄に私の俳句〈さざんかや潮騒遠き精神科〉が掲載される。順立のときにふと官能小説家になりたいと思う。夜遅く帰り、鰹のたたきを食べながら筑摩書房の『新校本宮沢賢治全集』第一巻を読む。大正七年十二月に次の歌がある。色がいい。
沈み行きてしづかに青き原をなす炭酸銅のよるのさびしさ/宮沢賢治
2月20日(火)
気温23度に達する初夏の暑さ。杉花粉も大量に飛散して眼をこする同僚や洟をすする同僚が多い。けれど私は昨日ヤクルトのおいしいはっ酵果実を飲んだので症状は軽い。そういえば、ポエデイ短詩の投稿数が多くなると動画編集はリスキーなので次回は各部門の候補作と部門賞作品のみをポエデイ期間中にはままちプラスのデジタルサイネージへ放映するという方法でやりたい。
2月21日(水)
雨が降ったりやんだり。府八幡宮北の坂道に植えられている河津桜が咲いている。第6回浜松私の詩コンクールへ投稿した詩が静岡県詩人会長賞に決まったと知らせる葉書が届く。
2月22日(木)
雨が降り続く。遠州詩歌メディアとして43詩歌を開設しようと思い立つ。静岡県西部の詩歌情報を投稿してもらったら掲載するメディア、募集広告や受賞報告や新聞雑誌掲載報告や出版報告や協会・結社の人事異動を投稿したもらったら掲載する。私が見つけた情報を掲載してもいいし、詩歌作品欄があるといい。
2月23日(金)
雨、楊子町のお食事処さやで浜名湖産のカキフライを食べる。可睡斎へ赴き、ひなまつり会場を観る。
2月24日(土)
8時にバスで浜松駅まで行く。デジタルサイネージはすでに短詩を街頭に向けて放映している。8時半過ぎに清水さんに新浜松駅高架下はままちプラスの鍵をあけてもらい、出店者の受け入れ体制と音響機器のセッティングを10時までに済ませる。ポエデイのスタッフ遠藤さん来場、壬生キヨム(cieliste)さん、へにゃらぽっちぽーさん、谷脇クリタ(犬と街灯)さん、にゃんしーさん、泉由良(白昼社)さんと出店者が次々に来場する。首都圏から来た麦人3人のポエデイ待機列を11時のポエデイ開会とともに入れる。浜松ケーブルテレビ・ウィンディの今井さんがへにゃらぽっちぽーさんを長く取材している。その後私がインタビューを受ける。
白川ユウコさん、読書日和さん、オカワダアキナさんが手売りの即席ブースを作る。アーツ&クリエイションの大谷さんや村上節子さんが来てくれる。午前中は人はまばらだったけれど、朗読の時間が近づくと30人以上になり、はままちプラスは満員になる。遠州灘・詩季の鈴木和子さん来場、books cicalataのチカさんや放送大学の学生や浜松オンライン読書会さんやLの読書会のみなさんやズミシーや静岡県現代俳句協会会長の滝浪武さんが来場する。13時からにゃんしー、泉由良、完全版黒ねこのしっぽを切った話の壬生キヨム、へにゃらぽっちぽー、タグワ国歌の谷脇クリタと出店者が朗読する。オープンマイクの熊谷文昭さんやshimeさんも味わい深い。中日新聞の大岡さんの取材を受ける。
名前 | ジャンル・タイトル |
---|---|
福島憲太 | はねだひかさんの詩 |
オカワダアキナ | |
酔芙蓉 | 自作詩 |
熊谷文昭 | 詩(まどみちお 寺山修司) |
大井千明(shime) | 歌詩 |
村上節子 | 詩 自作 |
朗読とオープンマイクのあと、聴衆がそれぞれ朗読者のブースへ本を買いに行った。それが私の見たかった光景だ。16時に閉会、16時半には撤収し、ザザシティ本館のフードコートはままつ楽市で石野さん、浜松オンライン読書会さん、谷脇クリタさん、壬生キヨムさん、にゃんしーさん、泉由良さんと会食する。私はphở gàを食べる。19時半に解散し谷脇クリタさんを浜松駅まで見送る。そのときもデジタルサイネージは短詩を放映している。
2月25日(日)
中日新聞朝刊浜松・遠州版にポエデイの記事が載る。suiuの歌会のお題「味」で〈春雨に味があるならともだちがもうともだちでいたくない味〉という短歌を投稿する。掛川市の高久書店で河原こいしさんが主催する短歌の種展へ3首投稿する。
2月26日(月)
仕事で給油カードを一時紛失し疲れる。浜松ケーブルテレビのウィンディニュースさんちょく!の20時からの再放送を観る。トップニュースがポエデイで壬生キヨムさんとへにゃらぽっちぽーさんの朗読が流れる。来場した妻や児も映っている。
2月27日(火)
4月に異動する主任が病欠になり仕事が切羽詰まる。ポエデイで、自分の愉悦が自分の企画でみんながわちゃわちゃ楽しんでいるのを見ることだと気づき、詩歌展示販売会「詩丼」をやろうと思いつく。詩歌なもの或いはもの以外を展示・販売するイベント、音を止められたポエデイとして。でも資金が尽きそう。
2月28日(水)
『短歌21世紀』3月号が届く。2021年3月号の大学短歌会訪問記で放送大学短歌会がとりあげられて以降ずっと届く。
人間になれなかつたと言ふごとく振り向きざまに欠伸す猫は/小川優子
それと、ポエデイで買った壬生キヨム『存在のいつ終わるとも知れぬ星々』cielisteを読む。
あきらめた点灯人夫が差し出した残り火をもらい家に帰った/壬生キヨム
詩客の自由詩原稿を一太郎で書き進める。冗長な気がする。
2月29日(木)
磐田市の国道150号線より南で白木蓮が咲いているのを見る。suiuの歌会のお題「点」に〈青空を青と空とに切り分ける点線として声の鳥たち〉という短歌を投稿する。夕から雨。
3月
3月1日(金)
雨上がりで西北から強い風が吹く。磐田市海老塚のスズエ電機で火災、黒煙が上岡田や大原まで至る。夜に詩丼のページをこしらえ、ポエデイ2とともにはままちプラスの利用申請をする。
3月2日(土)
風が強く、唇が乾く。蜜柑の樹に施肥をする。詩客の自由詩原稿は冗長だったので五つの連のうちパッとしない連ひとつを削り脱稿する。浜松駅の浜松市観光インフォメーションセンターで『浜松百撰』最終号を確保する。
はままちプラスで静岡文化芸術大学デザイン学科岩崎ゼミ展「構造目線」を観る。テンセグリティ構造は奇跡、「わしの寂」は和紙と儂が掛けてあり今後の発展に期待したい。14時からアクトプラザの文化振興財団事務所で浜松アーツ&クリエイションの中村主幹と1時間くらい話す。そう、組織ではなくイベントなのは既存組織に警戒されないようにするためという理由がある。ラッキー浜松駅前店で散髪したあと、浜松駅北口広場に朱音さんとでっくさんがいたので少し聴く。West Goat Coffeeでフィナンシェとゴートブレンドを味わい、南図書館でジゼル・サピロ『文学社会学とはなにか』世界思想社を借りて帰る。
かつての集まりが同業者の結束を保っていたのとは違い、文学フェスティヴァルは何よりもまず、一般読者の文学の価値に対する信念を養い育てることを目的としている。さらにつけ加えるならば、文学フェスティヴァルは、新人作家たちには承認と正統化の機会を与え、すでに地位を得ている作家たちにとっては、その名声を保ち、象徴資本を維持し強化する場となっている。(ジゼル・サピロ『文学社会学とはなにか』世界思想社)
3月3日(日)
静岡県立美術館の天地耕作 展へ赴く。我らは儀式の民だ。村上兄弟が土を捏ねて壁をつくる映像、「天地耕作 五」では作品を原則的に非公開にした秘儀的性格などが良い。ロダン館の裏山に野外展示もある。
9月に台風が襲来し、制作地が水没した。それをもって彼らは作品の完成とした。自然との関係から、作品の形を決定したと言える。(植松篤、「天地耕作 弐」1991『天地耕作 初源への道行き』)
3月4日(月)
毎日歌壇の加藤治郎欄に私の短歌〈<audio src=裏声でうたう新古今.wav autoplay>夕焼だけじゃ声にならない</audio>〉が掲載される。もとのかたちは〈<audio src="裏声でうたう新古今.wav" autoplay>夕焼だけじゃ声にならない</audio>
〉のはず。縦書きや掲載のためにはやむを得ない。
3月6日(水)
suiuの歌会のお題「敵」に〈全世界を敵にまわして生き残る イスラエルではなく昔のわたし〉という短歌を投稿する。
死は汗のひゆるがごとくきたるべし真夏砲丸投げのわかもの/村木道彦
浜松市民文芸第67集の短歌選評で、掲歌のなかには若さも老いも含まれていると書いた村木道彦さんが亡くなったという。第66集で市民文芸賞に採ってくれたけれど表彰式はコロナ禍で中止になった。
3月7日(木)
天地耕作のことが書いてあるらしいので、南図書館で山本浩貴『ポスト人新世の芸術』美術出版社を借りる。令和五年後期の掛川城観光俳句・短歌で私の俳句〈つわものの石垣撫でる秋思の手〉が入選したと通知が来る。
3月9日(土)
みそのの詩歌賞は自動終了トリガーが正常に機能して〆切、106作品集まる。うち短歌55首・俳句26句・自由詩24篇。朝のうちに審査員へ応募作を届ける。高町の古橋商会へスーパーカブ110で行き、3万5327キロ余でエンジンオイルを交換してもらう。それから早馬町の浜松文芸館へ寄り、俳人松島十湖展をのぞく。十湖による俳句添削の、朱筆や独特な朱印が十湖の息遣いとして感じられる。それから遠鉄百貨店のハンズでManhattan Portageの、CORDURAをつかったメッセンジャーバッグを買う。午後は国道一号線バイパスを東へ、児と掛川城天守閣と御殿で遊び、高久書店二階での短歌の種展を観る。一階のレジ横には『遠州灘』、オートバイブックスやカディブックスの本が並べられている。
3月10日(日)
浜松科学館へ赴く。虹彩よさこいとアイドル路上ライブで盛り上がる北口広場で、ペストマスクをつけた大道芸人兼マジシャンのSyoがジャグリングのエイトリングをしている。
3月11日(月)
児の下の前歯が抜ける。
3月12日(火)
朝から雨。昼過ぎから風が強くなり雨を叩きつける。国道150号線沿いに辛夷が咲いているのを見る。16時前、雨が降っているのに太陽が出る。
3月13日(水)
非番。みそのの詩歌賞の会場下見で美薗中央公園へ赴く。昨日の雨で冷えたのかスーパーカブを走らせていると脚に悪寒がする。11時にE4の金子さん、佐原さん、そして審査員の白川ユウコさんと会い、花見広場の石畳あたりで話す。縁台を5脚ほど車座に並べる感じになる。
3月14日(木)
suiuの歌会のお題「根」に〈濡れている夜の根茎またたきは嘘をやさしさとは思わない〉という短歌を投稿する。
3月15日(金)
猫の恋な季節、磐田市小島には黒猫が多い。バイクを停めるとゆっくり道を渡る。
3月16日(土)
詩客で自由詩「西遠叙景」が公開される。横山黒鍵さんの「旗印」と同日公開。私の「雨が紫陽花を/金色へ変える朝だって」と
そこに降るのは金色のあじさい(横山黒鍵「旗印」)
の類似が異床同夢みたいでおかしい。朝に詩丼の葉書をつくり南図書館の差出函で投函し、プスプス byZINGでプスプス市2024春の陣の委託料を支払う。それから鴨江アートセンターのtotte・かもえのあさいちで乾久子『物語と時間』とPOWA POWAさんのpain de campagneを買う。昼飯は入野町のHappy Valleyでパスタとピザを食べる。
食後はすぐ北のツインギャラリー蔵で高林さんとチカさんが催しているときたま書房へ赴き『しずおか連詩 言葉の収穫祭』左右社を買う。買い物を済ませて卸本町の本町ビルに入居していることゆく社へ行き、児のことゆくラックを予約する。PAOで新薔薇的氷菓とKIKIミルクと山と海いちごのアイスクリームを食べて帰る。
3月17日(日)
ときたま書房でタテイシヒロシさんから受け継いだ浜松百撰の蔵書、「鳩よ!」十数冊を読む。東直子さんが1992年11月号に八王子市28歳主婦として詩で入選していた。探せばいまのビッグネームが投稿者として隠れているかも。
月蝕待つみずから遺失物となり/寺山修司(「鳩よ!」1990年6月号)
午後にクリエート浜松へ行き、オカリナの調べで時間を潰したあと第6回浜松私の詩コンクール表彰式に参加する。西遠女子学園の生徒が半分を占める部屋で、静岡県詩人会長賞の「肉」を朗読する。中高生の部静岡新聞社・静岡放送賞の太田桜子「羨望」は「でも」からの転回が巧い。
それを聞いた私は
自分の産声を
閃光のように思い出した(太田桜子「羨望」)
3月18日(月)
春の疾風。詩客の短歌原稿をつくる。25首、題名はまだない。
3月19日(火)
昼に日銀会合でマイナス金利解除。今までの社会人生活はすべてマイナス金利だったけれどこれから変わる。帰宅後、「肉」の朗読を録音する。
3月20日(水)
suiuの歌会の題「散」へ〈散るためのかたちのままで蜆蝶さようならから風ははじまる 〉という短歌を投稿する。芹沢高志『この惑星を遊動する』岩波書店をパラパラ読む。フェニキアのシドンが庭園都市として出てくる。
結局は、惑星遊動民といったところで、その遊動性を保証するのは太陽と植物である。逆にいえば、この地球を遊動域とする以上、私たちはこうした地球生命圏の基本的なメカニズムに無頓着ではいられない。(『この惑星を遊動する』)
南図書館で『平出隆詩集』思潮社を借りる。West Goat Coffeeでブラウニーとサクラブレンドを味わい、中出さんが村上春樹初期作品の独特で無国籍な街の感じを神戸と見ぬいていたのを知り驚く。『国境の南、太陽の西』を再読しようと思う。レジ横に置いてあるスプーンめぐみさんの絵本詩集『あなたとわたし』を買う。「ビートルズ」の頭韻がきもちいい。詩丼の葉書を棚に置いてもらう。
詩は、人が思うものとあまりに違いつづけてきた。そうに違いない、と思ういま、居酒屋の柵が傾く。(「胡桃の戦意のために」『平出隆詩集』)
3月21日(木)
朝に『国境の南、太陽の西』を読み、イズミの従姉のくだりで笑う。右上の奥歯がしみないけれど噛むたびに痛む。夜、アーツ&クリエイション大谷さんから新都田のサーラ音楽ホールへ異動になったと架電がある。
3月22日(金)
詩客の短歌原稿をかなり手直しする。
僕は人々とのあいだに連帯感というものを抱くことができなかった。(村上春樹『国境の南、太陽の西』講談社文庫)
3月23日(土)
冷たい雨。朝、コメダ珈琲で時間を潰したあと卒園式でなにかやるらしい児を8時45分にこども園に届け、三島町のもへじ珈琲で迎えまでの時間を潰す。10時過ぎに迎えに行きバスで浜松駅まで出て、ザザシティ中央館2階の神戸クックワールドビュッフェで食べて帰宅する。
春の夢哀しく
鶴の葬列見てしまった
(藤井以身『浮島のうた』新日本俳句社)
3月24日(日)
昼に歯科へ行く。痛みは虫歯ではなく咬合だったので削ってもらう。町に法被姿の人を見る、浜松まつりの準備だろう。昼は鍛冶町のブータンでカツカレーを食べる。食後にKAGIYAビルへ赴く。4階のカギヤギャラリーへムラキングと13時に入り、vol.5「アドニスの庭、窓の外の幽霊」を観る。キュレーターは一ノ瀬龍星さんで、曽布川祐さんと中村菜月さんの作品を展示している。曽布川さんと軽く会釈を交わす。会場で中村菜月『虹の街』を購う。West Goat Coffeeでインドネシア・マンデリンを飲みながらそれを読む。
虹の街の人々は、誰も虹を知らなかった(『虹の街』おめでとう)
雨が降りやまない。
3月25日(月)
小雨、帰りに一号線バイパスの新天龍川橋にて車線変更のトラックを待つため車間距離をあけていたらそこへ黒ミニバンが割って入りトラックの車線変更に急ブレーキ、私もブレーキを踏みリアタイヤがロックして制御できなくなり腰をふったまま50mくらい走行して終に左へコケる。左ミラーが折れる。怪我は左肘をすりむいたくらいですぐ立ち上がり走って帰る。
3月26日(火)
みそのの放送室で書いた記事、「公園には、移動目的を持たない者など、大きな物語でくくられるような文脈を持たない者たちが寄って来ます。漂流する遊歩者などですね」が路上生活者を肯定的に捉えていると公園長に受け取られてしまい、改稿する。それと、9月にクリエート浜松で宮沢賢治について話すことになりそう。
3月27日(水)
児の夜驚症がひどくて、深夜に妻が嘔吐する。朝、中郡福塚線で無蓋貨車に載せられ北へ向かう豚の耳を見る。suiuの歌会の題「舟」に〈舟唄のとぎれるときは蝦ひかる夕焼いくつ越えてきたのか〉という短歌を投稿する。
3月28日(木)
妻の急性胃腸炎のため仕事を休む。浜松城公園へ赴く。昼前に遺失物を回収しに浜松中央警察署へ出頭する。もろもろの用事を済ませこども園から荷物を回収して午後にふりだした催花雨のなか帰る。
3月29日(金)
午前に雄風、10時ごろに一瞬だけ豪雨、午後は晩春の陽気。浜松市で地下出版samizdatの需要と供給が成り立つだろうか、と考える、たとえば私的検閲本即売会とか。2024年可睡斎ひなまつり俳句・写真コンテストの俳句で優秀賞になったらしく図書カード2000円分が届く。でも句は忘れた。彡柳の投稿をはじめる。
3月30日(土)
午後に新川モールの能登半島地震チャリティイベントで神取忍のトークを聴き、united musicのJam9・ヤナギアオ・CLEEM MIKUの歌を聴く。
3月31日(日)
遠鉄に乗り、9時前に美薗中央公園の花見広場に着く。にゃんしーさん、石野さん、壬生キヨムさん、ぽよぽよ侍こと深尾さん、白川ユウコさんが集い、10時からみそのの詩歌賞の公開選考会をはじめる。自己紹介が終わったころに峯村さんが来場する。一首一句一篇ごとに審査員が選評を話し、それに対してあるいは和して参加者が評を述べる。「ハグ」の軽重や「確認」の主体はひとりかふたりかや句の作中主体は誰かなど、作品のひとつひとつのことばについてさまざまな解釈が飛び交う。最後に11時40分からひとり2票で多数決を行い〈他の人とはハグをしないと毎年の桜咲く頃確認がある/ぽよぽよ侍〉が一度の投票でみそのの詩歌賞に決まる。古典的な花・桜のイメージを脱せたか、多層的な読みを込められたかなどが各部門賞における選考の決め手となったようだ。パエリアと五平餅を食べてから岡井隆の話などをして、遠鉄で新浜松駅まで戻りWest Goat Coffeeへ寄ってから帰宅する。
肺尖にひとつ昼顔の花燃ゆと告げんとしつつたわむ言葉は/岡井隆
4月
4月1日(月)
毎日歌壇の水原紫苑欄に私の短歌〈夢のなかのわたしはわたしのままなのかはくもくれんのなかの生首〉が掲載される。
4月3日(水)
雨の一日。目を通したと言うためだけに南図書館で小池正博『はじめまして現代川柳』書肆侃侃房と暮田真名『宇宙人のためのせんりゅう入門』左右社を借りる。
残業がなければ川を見て帰る/楢崎進弘
4月4日(木)
彡柳百句をまとめる。詩客の俳句を多行形式でつくる。それと急に文語旧仮名の俳句連作30句をつくりはじめる。
4月5日(金)
非番。朝にメイワンのスタバで作業したあと、鍛冶町のブータンでメチャ辛チキンカレーを食べる。
雨が降ってきたのでザザシティへ行くけれど「オッペンハイマー」鑑賞は上映時間3時間という長さにより断念する。West Goat Coffeeでニカラグア・アパナスとアップルパイを味わう。店主の中出さんと村上春樹小説のうろ覚えエピソードで盛り上がる。カウンターの下から村上春樹の本が次々と出てくる。銀行とリベロに寄り帰る。
4月6日(土)
こども園の保護者会副会長の任を果たし、文庫の絵本を整理する。子守で志都呂のカインズへ行く。南沼蝦と田螺のジャム瓶内生態系をつくりはじめる。
4月7日(日)
昼に歯科へ赴く。急遽レントゲンを撮られ、下に乳歯が2つ残っている奇跡を再確認する。ステインを磨いてもらいアルジネートを上の歯にあてはめる。市野のカインズへ赴く。
4月9日(火)
午前は雨、午後は疾風。新仮名の俳句連作を積み上げる。suiuの歌会のお題「靴」に〈靴底はすり減っている歩くたび脳の襞へと星屑の降る〉という短歌を投稿する。今年はじめて燕の飛ぶを見る。
4月10日(水)
suiuの歌会のお題「伽」に〈彩花から彩伽になろう変わらないものの名前に王都を樹てる〉という短歌を投稿する。短詩電誌を考えはじめる。燕の巣のできかけが湿っている。児の防風外衣に尺取虫がついており、瓶にいれ桜の葉を与えると食べる。
4月11日(木)
新任の部長が4月1日に来てから2週目、彼は配達員に前日大区分を超勤ではやらせない。ゆえに以前よりも多く超勤をしてしまう。彼には彼なりの理想があるのだろうが、彼は理想を語らないので彼が何をしたいのか私にはよくわからない。帰ると尺取虫が糞をしている。
4月13日(土)
詩客で短歌連作「しっぽり太ゴシックな午後」が公開される。午前に尺取虫へ与える桜の葉を採る。午後にブックオフ高林店へ赴き野坂昭弘『詭弁論理学』中公新書とスピッツのベストアルバムを買う。それから四ツ池公園の前にあるOORT CLOUD COFFEEでマイルドのホットを飲む。四ツ池公園にある浜松球場で浜松西高校と浜松北高校の野球定期戦を七回裏から八回表まで観戦する。浜松西にはブラスバンド演奏がついていたが、浜松北には十数人の保護者しかいない。プスプス byZINGに『彡柳百句』を納品する。南図書館で借りた『ピクセル百景』グラフィック社を読みながらピクセルアートをつくりはじめる。
4月14日(日)
子守で浜北の平口から西へ。国道362号線で気賀を通り、都筑交差点から浜名湖レークサイドウェイを走る。瀬戸橋から国道301号線に入り、大知波から多米峠を越える。豊橋公園の吉田城鉄櫓を観て、10時に花火の号音に驚く。同じ公園内にある豊橋市美術博物館の美術コレクション展で菅木志雄の集律や設楽知昭のCinerarioや伊藤誠の建築模型のような98・記憶1などを観る。ミュージアムカフェのネオコスタリカのランチメニュー、黒カレーがしゃぶりたくなるほど美味。そこで、短詩電誌は化石律 fossil verseにしようと思いつく。帰りに井伊谷宮と龍潭寺に寄る。稲荷堂あたりの廊下の入り組み様が好き。
4月15日(月)
郵政福祉のRinRin第253号「心の詠み人」の水野タケシ選川柳欄に私の〈サブスクにない曲ばかり聴きたがる〉が入選したとお知らせが来る。短歌連作50首にとりかかる。
4月16日(火)
毎日歌壇の水原紫苑欄に私の短歌〈夕焼けをいくつも越えたまなざしで西の羊は珈琲を出す〉が掲載される。West Goat Coffeeについての短歌だけれど西の山羊ではないのは村上春樹の羊男にひっぱられたから。南図書館から歌集を2冊借りる。RinRin第253号の件で北谷雪さんからDMをいただく。
心だけ配信できるならわたし素敵な番組できると思う/伊藤紺(伊藤紺『気がする朝』ナナロク社)
4月17日(水)
今朝3時ごろの児の夜驚症は、踵落としとサイレンのような泣き声、「ハナミズ!」と叫びながら鼻をかませようとすると嫌がる、を30分ほど。朝は大雨。suiu歌会のお題「枷」に〈首枷は首飾りにもなるという油のごとき言葉で磨け〉を投稿する。名塚交差点から見たアクトタワーが霾でぼやけている。
4月18日(木)
夕方から雷雨。プスプス市についての投稿で出品者として私が紹介されていたけれど、別名義のアカウントへリンクされている。みそののお花見でも類似のことがあったけれど、instagramでイベント告知をする主催者はなぜ事前にリンクしていいアカウントかどうかを出店者に確認してからリンクをしないのだろうか。そういう慣習でもあるのろうか。とにかく、ひたすら良作を生み出していくしかない、ひたすらに。
4月19日(金)
朝に雨、午後から風。言語活動家を名乗ろうと思う。現代美術界とは隔絶して活きる。
4月20日(土)
早朝に右太腿がひきつけを起こす。週5日でずっと一区をやってきたからか体が疲れている。子守で駅前へ出て浜松科学館へ赴き、「すみっコぐらしひろい宇宙とオーロラのひかり」を観る。俳句連作50句をまとめる。
ふいにわが内に展きし帆がありて脹らむ蝶が麦越えしとき/平井弘
4月21日(日)
マジョール種のデーツ、つまり棗椰子の種を水に浸けはじめる。俳句連作20句をまとめる。さらに俳句連作30句に多行形式でとりかかる。上浅田の歯医者で上の歯のマウスピースをもらう、前のより厚くて丈夫。それから歩いてプスプス市春の陣2024を見に行く。でするなさんのCD『NUI!』とシールを買ったりhiの珈琲を飲んだり筆談をしたり熊谷さんこと近江木の実さんの小句集『小さき背』を買ったりたなかこむぎさん製作の小川未明の書物を愛でたりする。昼前に歩いて鴨江アートセンターのHUISのイベントへ赴く。午後は雨、子守で可美公園南東のCafe La Paix Lionへ行く。老夫婦がやっていてアットホームな感じ。
自転車を飛ばすつつじとどこまでも/近江木の実(『小さき背』)
4月23日(月)
春の陽気にからだが追いつかず気怠く、眠い。土曜休配がはじまったときは物数の増える月曜日は補助を入れると言っていたのに、3年も経たないうちに人員不足を理由に月曜日の補助がないのが常態になりつつある。
4月25日(木)
duolingoは職場でトルコ語を進め、家でドイツ語を進めている。ドイツ語はKafka Projekt 23→24と最近刊行されたカフカの短編集や日記の影響、いつかDie Verwandlungくらいは読めるようになりたい。短歌連作50首のテーマが決まる。
4月26日(金)
suiuの歌会のお題「毛」へ〈りんごにはすね毛がはえて良識の府ではしばしばいがみあうのさ〉という短歌を投稿する。南図書館でいろいろ本を借りる。
原因は、活版印刷から平版印刷への完全な移行である。そうなってはじめて気づいたのは、自分が活版印刷の本を、活字を圧しつけたりインクを乗せたりしたときに生じる紙の表面の凹凸をがしっと目でわしづかみ、その立体性をよすがにして識字をおこなっていたという衝撃の事実だった。つまり点字さながら文字を目でさわっていたのである。(小津夜景「文字の生態系」『ロゴスと巻貝』KTC中央出版)
4月27日(土)
子守り、俳句連作20句(多行形式)を投函する。高柳重信の多行句を、いぬのせなか座の山本浩貴は改行俳句と書いている。そう、多行句にとって行の単・複・多なんてことは問題ではなく改行こそが焦点なのだ。福本義憲『はじめてのドイツ語』講談社現代新書を通読してドイツ語はやっぱり無理だなと悟る。南図書館で『谷川雁詩文集 原点が存在する』を借りる。
革命月の小料理屋なんてまっぴらさ(谷川雁「帰館」『谷川雁詩文集 原点が存在する』講談社学芸文庫)
4月28日(日)
8時に家を出て、牧之原サービスエリアを経て、静岡市清水区にある日の出親水公園で開催されている船とハナウタへ赴く。日の出パーキングに車を停め、菓子処白木屋さんの黒ゴマどら焼きとふわり山ふわりさんのブルーハワイとCAFE LIKEさんの自家製クラフトコーラを購う。安本奈々さんが大きなキャンバスに夜鷹を描いている。波止場という立地が良い。帰りに栗の花におう丸子の駿府匠宿へ寄る。タテヨコナナメに力が入っている。匠宿内のThe COFFEE ROASTERにてカプチーノを飲む。帰宅後19時くらいから近くの神社から浜松まつりのお囃子の練習が聞こえてくる。
4月29日(月)
1$が160円まで値を下げる。新たに俳句連作10句にとりかかる。国道257号線を通り愛知県新城市の旧門谷小学校で開催されているCabane de Souqへ赴く、昔はスーク緑の10日間だった。焼き鳥とMOROCCOさんのカーキ色のハット帽子とMinetteさんのランチボックスを買い、番号札をとりそこねてもlapin et painさんの1/4ブリオッシュとバナーヌとチョコチップクッキー3枚をなんとか買う。音為川へ下りる。
晩春の舌は肉よりはじまるか/三橋敏雄
5月
5月1日(水)
詩丼の出店者応募受付が6時にはじまる。suiuの歌会のお題「穴」に〈洞穴と家とが同じ語源から派生、の言語 鬣へ風〉という短歌を投稿する。
5月3日(金)
早朝から俳句関係の郵便物をつくる。10時に浜松まつりの花火が鳴る。自由律を数句つくる。自由律・随句は軟質だけれど、だからこそ庶民文芸の器になっている。夕方に神社横から練りに出る屋台を見送る。短歌連作300首にとりかかる。すでに余分にあるのであとは推敲と削減のみとなればいい。
夜明けの窓の海満ちている(岡田幸生『無伴奏』ずっと三時)
5月4日(土)
詩客で多行俳句連作「ゴムボック」が公開される。豊田市へ赴き、豊田市博物館の常設展と坂茂による紙の間仕切りシステム(PPS)とウクライナ人による戦争詩の展示ペーパー・サンクチュアリを観る。バシルの詩に、ウクライナ人が抱く日本の学生への、特にその下宿風景への印象を知る。
お金がなくて
私のアパートにはまだ家具がない。
壁には本が山積みになっている、
日本の学生の部屋のように。
(バシル・ホロボロドコ、「家具なしのアパート」)
豊田市博物館庭園でやっていた-ing at marcheで、文藝フルーツさんのいちごオーツミルクジェラートを買う。フルーツの多様性や人の味わい方と文化芸術への人の感じ方が類似しているという話を聞き、共感する。偶然にも庭園で中小路太志さんと会う。豊田市美術館はミュージアムショップで満足する。人生にはときどきミュージアムショップ分が必要だ。この栄養分によって磐球世界を発案する。美術館の企画展は、秋のアナキズムと美術がおもしろそう。豊田市には財政力がある。
5月5日(日)
短歌連作300首まで絞る。興味の範囲を中高生のときの興味で限定すると、「万葉集」「トルコ語」「東周史」となる。そこから「万葉集」を「詩歌」にアップデートして「スピノザ」「情報技術」「ボードゲーム」を加えると今の興味の範囲、つまり活動の範囲となるだろう。にゃんしーの短歌連作50首を読ませてもらう。昼に錦華楼千歳本店で餃子を食べ、West Goat Coffeeでゲイシャを飲み、『更級日記』を読み始める。孝標女の姉が不思議なことを言う。23時近くまで浜松まつりの喇叭が聞こえる。
ただ今、ゆくへなく飛び失せなば、いかが思ふべき(菅原孝標女、原岡文子訳注『更級日記』角川文庫)
5月6日(月)
黄金週間最終日、川根本町のてんでんこへ行きたかったけれど、家族会議でごり押しされ豊橋駅前のemCAMPUSへ潮見坂経由で赴く。大豊商店街の出店で犬用の食品を売っているDog kitchen HEROさんからアボガドや無花果の皮と種の話を聞いているとき、児が失踪し一悶着ある。発見ののち、豊橋市まちなか図書館のひとひとCAFEで東方美人を二煎ほど飲む。
淒淒四月闌
千里一時綠(李賀「長歌續短歌」)
5月7日(火)
昼まで強い雨、ゴム長靴が水浸しになる。俳句連作150句にとりかかる。
5月8日(水)
からだが怠い。suiuの歌会のお題「母」へ〈子音みな母音から飛び立つ夜をたった一度のみなみかぜ吹く〉を投稿する。帰局後18時過ぎ、切手代を書類ケースに入れて局内を歩いていたら新任の部長から呼び止められて「ビジネスマンじゃない」と罵倒される。指摘はもっともだが、そういうのはビジネスマンから言われないと効果がない。3班の班長から、声は古今亭志ん朝に似ていると言われる。
5月9日(木)
静岡県知事選挙の公示日、入場券のほぼ全戸配達で疲弊する。
5月10日(金)
児が発熱のため突発休する。円錐新鋭作品賞も短歌研究新人賞も結果が出る。惰性ではなく指針が必要、それと回帰し、限定する必要がある。改めて良い教訓を得る。ところで、自由律は短歌にせよ俳句にせよひとつの壁に囲まれた世界を創れる手法だと思う。それとは別に、創作の資料源やデータベースとなる世界があると便利だろうくらいな感覚で中高生以来の東周史を復習する。これは別の言い方では「柱を持つ」ということになる。東周史に触れれば自然と再び漢文や詩経や漢詩に触れることになるだろう。その発露として、磐球世界を試みる。
5月11日(土)
習作として朝に1400文字くらいの掌篇「新しい魚」を書く。俳句連作50余首と短歌連作30余首をまとめる。昼に800文字くらいの掌篇「墓穴」を書く。夜に市役所で静岡県知事選挙の期日前投票を済ませる。北では磁気嵐のためオーロラが見られたという。
5月12日(日)
朝に歯医者へ赴くけれど、特に何もされない。昼過ぎにプスプス by ZINGへ赴き『彡柳百句』を追加納品し、小田晶房さんのテンペ本『TEMPEH COOK BOOK vol.1』を買う。それと『トート』第四巻第三号の55/100を貰う。プスプスのテーブルでつじむらゆうじさんと、詩も紙幣も、意味・価値を他者と交換・共有する道具として似ている、という話を7月3日の新紙幣発行日に向けて、する。
『トート』が目指しているのは、この雑誌を手に取った人びとが自分の生活、日常のなかに文学やアートなどを取り入れてくれることです。文学やアートの外側にいるのではなくて、その中にいる楽しさを皆さんにも味わっていただきたいのです。(大村梓、特集「砂嵐」『トート』)
5月13日(月)
未明から夕方まで雨、選挙郵便と軽自動車税とで18時半過ぎまで配達する。雨の月曜日に選挙郵便を当ててきた共産党と元副知事の県知事候補、意図的ならそれは悪意だし意図的でないなら統治能力がない。
5月14日(火)
短歌連作50首のタイトルが決まる。ちいさな賢治祭in浜松2024に出演することになる。
5月15日(水)
suiuの歌会のお題「瞼」へ〈海という瞼を閉じていっさいの声を見なくて済むなら それで〉という短歌を投稿する。詩丼の出店者が10ブースになり、申込受付を終える。
5月17日(金)
非番、疲れている。朝から駅前にいたあと、昼前にツインギャラリー蔵で開催しているさのきぬのさんの個展ON A TRIPを観に行く。シンプルなかたちと余白が幻想都市の山水画のようで、まさに不定冠詞aな展示だ。昼後にWest Goat Coffeeへ赴き、6周年のシャツを受取り小栗久乃さんの展示を観る。色彩とタイトルの距離感がいい。
大地いま麥の秋なる風渡る/高橋睦郎(高橋睦郎『季語練習帖』書肆山田)
若葉雨見渡す橋の長さかな/辻貨物船(辻征夫『貨物船句集』書肆山田)
5月18日(土)
子守で浜松市動物園へ赴く。スマトラオラウータン、バリの顔圧に圧倒される。レッサーパンダのガラス面の前で、こども園かお絵描き教室か学童保育の先生がこどもの手をとってレッサーパンダの脚の輪郭を描いていた。別のこどもには余白にもう一匹レッサーパンダを描くように指示していた。それで、こどもの芸術的自主性は生まれるのか、甚だ疑問だ。 アグリス浜名湖で加工用苺を買う。プレ葉ウォーク浜北では浜名高校ダンス部のパフォーマンスを観る。韓国語の曲目が多い。鯨の刺身を晩飯とする。短歌連作50首は4日でできる。日産15首や日産20句を4~5日続けられれば一廉になってもいいだろう。
むろんこれはこころの地理学だから
どんな「高等地図」にも
記されてはいないけれども
(辻征夫「川」『辻征夫詩集』思潮社)
5月19日(日)
子守でザザシティ西館3階の東宝シネマズで「映画ドラえもんのび太の地球交響楽」を観る。ファーレとノイズは相反するものなのだろうかと疑問に思う。ノイズはファーレのひとつではないか。1階へ移った浜松ジオラマファクトリーへもはじめて入る。山田卓司情景作品展をやっており、奥には戦車が多い。午後に西田太一郎『漢文の語法』角川ソフィア文庫を買い、中田島町の浜松まつり会館へ赴く。小さな凧を貰う。翻って浜松城公園の松韻亭へ赴く。青山緑水、鼈甲羹を食べ山紫陽花を愉しむ。水琴窟もある。
5月22日(水)
suiuの歌会のお題「自」へ〈枇杷の実のひび割れてゆく自らの解釈により傷ついてゆく〉という短歌を投稿する。
櫻部長硜硜然小人而郵差皆慍之。朝吾入郵局而將叱部長。是時小田主任既以虎聲叱部長。皆畏之而走、吾亦走也。是以不叱。暮郵差集於工會而苛部長之不示志。
郵差或少壯而欲退。吾私謂之曰:「假汝退、當云因櫻退。」其應曰:「諾。」二十二日午下、櫻部長止其電單車於郵局之庭而蓋網於後荷。吾與女郵差視之而走出庭。吾走者、厭部長之硜硜然小人也。
中央図書館で『千のプラトー』河出文庫を参照する。視察を兼ねてナゴヤタンカマルシェに参加希望を送る。午後に中条北交差点北にあった丸加産業㈱の敷地内へ引っ越したフェイヴァリットブックスLへ赴き、panpanya『足摺り水族館』サンクチュアリ出版を買う。中安牧場でジェラートを食べ、牛を見る。夕烹彘以黃酒、不亦樂乎。
そういえばここ数週間ずっと妻は溶連菌に感染していたという。10時過ぎに鴨江アートセンターへ赴き、みんななかよくを観る。103号室ではつじむらゆうじさんの椅子でボーっとして、ボンヤリギヌスの槍を構える。昨日のフェイヴァリットブックスLの高林さんが104号室にてうごく本屋さんを設営している。帰路にWest Goat Coffeeでカフェラテを飲む。午後にひさしぶりに中田島砂丘へ行き、太平洋岸まで至る。遠州灘海浜公園で停まっているソフトアイスはなのキッチンカーでマスクメロンソフトを食べる。南図書館で『論語』岩波文庫を借りて帰る。
道不行,乘桴浮于海。(『論語』) 颱風近日本故雨於遠府。郵差之嫌雨者、但望不濡函。今郵差之數不足不患也。僅六人周七區。雖月曜日無補助。 擔小函與荷而不擔大函。颱風愈近日本故夕大雨於遠州。 suiuの歌会のお題「湯」へ〈からだには湯谷という名の部位があり昨夜の君を想うと痒い〉という短歌を投稿する。掛川での 耕而鳥來。郵差以法可拒受函。故郵差或拒受函於遠府警察署。而捕快或問於郵局曰:「狂乎?」吾其僚輩也。吾訊之、其應曰:「吾欲再責警察」吾曰:「大丈夫當如此也」 非番、詩客の自由詩と俳句連作150句をまとめる。櫂未知子さんの『週刊金曜日』の金曜俳句で〈夏の炉や花嫁の武勇伝など〉という私の俳句が入選している。夕に東出昌大さんが金子勇役を演じている「Winny」を観る。どこの世界でもそうだけれど、組織ができると組織の維持を目的としてしまい、その組織ができた本来の目的を見失う。誰かのせいにしても何も解決しない。5月23日(木)
5月24日(金)
5月25日(土)
5月26日(日)
5月27日(月)
5月28日(火)
5月29日(水)
5月30日(木)
5月31日(金)
6月
6月1日(土)
詩丼の出店者一覧を公開する。和棉の種を植える。タルタルーガ今之浦店で食べたあと、今之浦公園の水辺などで児を遊ばせる。それから袋井市のココチを経て、法多山尊永寺の法多山ほたるまつりへ赴く。18時前から団子売り場から藤棚を経てあじさい広場まで蜷局を巻く無料厄除だんご待機列に約1時間も並ぶ。ずんだだんごは早くも配り終えていた。労働価値説によれば約1000円のみたらしだんごときなこだんごだ。19時30分ごろから渓流と紫雲閣・本坊の間の茂みに数匹の蛍を観る。仁王門に近づくと渓流の方にも数匹の蛍を観る。
6月2日(日)
雨の子守で氏神を参拝するくらい。俳句連作20句をまとめる。
6月3日(月)
毎日歌壇の水原紫苑欄に私の短歌〈誰だろう円周率を求めるとからだにいいと気づけた人は〉が掲載される。JP労組新聞の川柳欄大野まさ子選に私の川柳〈避けていた人とはなぜかよく会う日〉が掲載される。吾視鼈於野箱而其爬於道路。
6月4日(火)
吾復視鼈。
6月5日(水)
朝吾視貉走於楊子橋西橋頭。suiuの歌会のお題「夕」へ〈夕焼けで淹れた珈琲一滴で後悔めいた筋書きだった〉という短歌を投稿する。短歌連作20首をひねりだす。
6月6日(木)
櫻部長猜吾軌跡而令吾禁爲電單車買油於龍洋。夕吾之於龍洋而唯借厠耳。買油於中央町。
6月7日(金)
和棉が発芽している。詩幣の宣伝がはじまる。
6月8日(土)
午前はプスプス by ZINGにて、造幣作業中のつじむらゆうじさんからご親族という俳人・藤田黄雲の話を聞く。午後は有楽街北端で路上演劇祭Japan in浜松を観る。都市のなかの異空間という感じがする。通行人の方々、僕らのこと見えていますか? 帰りに錦華楼の回鍋肉を食べ、West Goat Coffeeで作業をする。土曜保育の児を迎え、ザザシティで高菜炒飯とフォーを食べ、駅前で路上ライブを聴いて帰る。
6月12日(水)
昨夜の児の夜驚症も踵落としと絶叫だった。suiuの歌会のお題「役」へ〈自らの人生という演劇の端役を生きて主役を立てる〉という短歌を投稿する。ちいさな賢治祭のタイトル案として「短詩からひろがる賢治の空」を村上さんへ具申する。
6月13日(木)
BOOK OFF浜松芳川店で『漢辞海』第四版を買う。
6月14日(金)
暑い日。午前に財布を落とし、どこに落としたかわからない。午後に自転車で捜索へ出る。炎天下を30分漕いで現地へ到着したとき、駅前交番に財布が届いていたと連絡が来る。30分かけて南口の駅前交番へ戻る。匿名で報労金は拒否されている。ものを失うときには必ず失う。それは誰にも止められない。
6月15日(土)
掛川城内の掛川市二の丸美術館で河原こいしさん主催の歌会があり東海道本線で掛川駅へ赴く。駅前のKIMIKURA掛川駅フラッグシップストアで抹茶シトラスソーダを飲む。詩客で自由詩「化石律」が公開される。早く着いたので先に二の丸美術館の牧野宗則木版画の世界展を観ておく。吟行 at 美術館は10時にはじまり河原さん、松浦さん、コウタさん、石野さんで展示を観る。批評会はロビーにて行う。色に注目した人がいれば、観る人に注目した人もいる。コウタさん、石野さんと城下の樹でランチの掛川ハヤシを食べて浜松に帰る。短歌連作「木版画」をsuiuへ投稿する。
6月16日(日)
午前は子守で川根本町千頭にあるてんでんこへ赴く。福用で道を横切ろうとした日本氈鹿を観る。てんでんこで児はボードゲームで遊び、私は原満三寿や橋本薫など深夜叢書社刊行の句集を読む。図書は室井光広の蔵書だという。ゆずりはすみれさんのフリーペーパー25「はるをまく」をもらう。13時にハヤシライス定食を食べる。帰りは千頭駅でパーシー他の人面機関車を観て、道の駅川根温泉に寄る。足湯の隣でたむらのうえんさんのOcha Powder玄米茶を買う。新東名を通り、夕方に帰浜する。
生ぬるい寝巻きを剥いて
きりりと 生身で立てば
このからだもやわらかい
(ゆずりはすみれ「バナナ」)
6月19日(水)
suiuの歌会のお題「目」へ〈舟のなか目玉は掬うほどあって海亀という祖語は持たない 〉という短歌を投稿する。19時前、局と電話した直後の帰局途上、海老塚橋交差点の南にて手足の痺れでバイクを歩道に停めたのち倒れる。通行人の方々に助けられ、救急車で磐田市立総合病院へ搬送される。原因は過呼吸とのことで、二酸化炭素の数値が半分になっていた。酢酸リンゲルを点滴してもらう。総務部長と二集部長が来院して面会、翌日の非番を指示される。櫻部長は来なかった。
6月20日(木)
午前はナゴヤタンカマルシェのためZINEを製本する。午後は一風堂で食べ、West Goat Coffeeで時間を潰してから遠鉄バス80中ノ町磐田線で浜松駅バスターミナルからバスで磐田市のまちなかまで赴く。東海道線なら240円10分で行ける浜松駅磐田駅間をこの路線バスは550円40分で行く。帰りに府八幡宮で夏越大祓の茅の輪くぐりをする。夕方に櫻部長のさしがねで課長から架電がある。昨日の報告がないという指導と現状の確認だった。報告については昨夜の面会で済んでいるはずだ。
6月21日(金)
午前は雨、全身に倦怠感あり。俳句は作れる気になれても短歌を作る気にはならない。氣の話。
6月22日(土)
可美公園でサンドイッチと茹でとうもろこしを食べ、昼を過ごす。靴をみたあとCafe La Paix Lionでかき氷とチーズケーキを食べる。帰りに南図書館で阪西敦子『金魚』ふらんす堂と中村森『太陽帆船』KADOKAWAを借りる。
春あさき郵便局に来てみれば液体糊がすきとおり立つ/大滝和子(「人類のヴァイオリンⅡ」)
海行きの地図を書くこと約束でなく計画というなら それで/中村森(『太陽帆船』KADOKAWA)
6月24日(月)
一日一句、一日一首運動をしよう。俳句はおもにmastodonに、短歌はnotionに。
灌木自悲吟(左思「招隱詩」)
6月25日(火)
物語圏として「墓穴」を公開する。
6月26日(水)
suiuの歌会のお題「沼」へ〈蓮の赤はきっと旭の赤だろうあらゆる沼が嫉妬するほど〉という短歌を投稿する。
6月29日(土)
朝にラッキー浜松駅前店で散髪する。午後、住吉は浜松城北工業高等学校の北にあるCARAVANにできたブータン2ndでカツカレーを食べ、隣のtransit coffee roastersでアメリカーノのアイスを飲む。おみやげに、つちや餅Cafeのバターあんもなかを買う。高町の古橋商会でエンジンオイルを交換してもらっているあいだ、浜松市美術館で7人のミューズ展を観る。福井利佐の荒御魂が椿を描いているのが気に入る。SouMaのオバケが自画像めいて良い。切り剣Masayoのザトウクジラの鰭の力強さが好き。切り絵作家の作品ということばにややあてられてしまい、一階のロビーで休む。曽布川祐さんのAutismは、作品を作っていていいのか作品と名乗らせておいていいのか、という作品を作る人への問いなのではないかと感じはじめている。ジャム瓶のなかに南沼蝦と田螺を南米ウィローモスと飼っていて、稚田螺がいるのは確認していたが稚蝦も確認する。
6月30日(日)
小雨、子守で東海道本線で静岡駅まで行く。静岡市歴史博物館を経て駿府城公園で遊ぶ。徳川家康の銅像の背後で駿府城跡天守台発掘調査現場が公開されているけれど大方はシートに覆われている。紅葉山庭園で呈茶をいただく。庭園は、白い石を砂浜に見立てて海の庭と呼んでいるのが面白い。鷹匠の水曜文庫に寄り、さとう三千魚『貨幣について』書肆山田を買う。百町森にも寄る。新静岡セノバを経て、帰浜する。
影はわたしの債務のようだ
債務はわたしの欲望の裏側にある影絵だ
(さとう三千魚『貨幣について』書肆山田)
7月
7月1日(月)
ほぼ一日雨、梅雨っぽい天気だ。帰宅後、ケーブルテレビ局と新聞社に詩丼の取材依頼をする。
7月3日(水)
非番、朝はスターバックス磐田見付店を経て大久保の磐田市立総合病院へ赴き、労災のための診断書をとる。文書受付は8時15分からと聞いて窓口で待っていたら時刻になると内科へ回される。無事に診断書を受け取るけれど、会計で確認のため待たされる。診断書もまた詩幣だ。とって返して鴨江アートセンターへ赴く、既につじむらゆうじさんがいる。詩幣のチラシと原盤に「詩弊」と書かれていると指摘する。インスタレーションは白い布が円状に敷かれ、中央には線が何本も天井から吊るされている。頼まれて、福沢諭吉の旧万札を汗をかきかき並べたり、撒いたりする。吉田朝麻さんからその結果について「いやらしい」という感想をもらう。インスタレーション展示の作品性は作品そのものではなく鑑賞者の感情にある。珈琲の雪島さんと会う。
昼前に外出し、詩丼のチラシを浜松文芸館においてもらうついでに小百合葉子と那須田稔の回顧展を観て、第20回記念浜松美術協会展を巡る。時野弘和さんの「語り人たち」や鈴木宏明さんの「澄み渡る空と無人駅」や山本一樹さんの「A Lull in the Dazzling Sun」が気になる。吉野家でジンギスカン丼を食べ、鴨江アートセンターに戻る。白川ユウコさんとムラキングさんが座っている。それから〈詩=試〉作品としての彡柳をつくり続ける。鈴木さんと村木多津男さんと石野舞さんと福島憲太さんと会う。17時過ぎに大谷さんとギャラリー蔵の空閑さん一家とコージキシタさんとも会う。suiuの歌会のお題「影」へ〈追いかけたものみな影の揚羽蝶ほんものはこんなに昏いのね〉という短歌を投稿する。妻子が来て、さいごに、たなかこむぎさんとJacobと会う。いろいろな価値がバグる一日となる。
7月4日(木)
未明に『輕重』などもろもろの作業を終わらせる。昼すぎに蝉をはじめて聴く。仕事から帰って夕食後に鴨江アートセンターへ赴き、つじむらゆうじさんに自作zineの『パラハラクソン・ト・ノミスマ詩幣序説』を手渡し、山川偉也『哲学者ディオゲネス』講談社学術文庫を置いてくる。こちら側とあちら側が分かれ始めるのを感じるからこちら側について説明していく、ていねいに。
7月6日(土)
朝はナゴヤタンカマルシェに向けた製本作業をして昼前にプスプス by ZINGで碧衣スイミングさんの「トップ・オブ・ザ・ファンシー」とzine「くすぶりcoming soon」を入手する。それから鴨江アートセンターの詩幣へ赴く。石野さん、立石父娘、熊谷母子と会う。昼食ののち、詩丼のチラシを置いてもらうためWest Goat Coffeeと古書サイダーハウス・ルールへ行く。後者では江戸戦前の古書が並べられており本居春庭の古書や論語を手に取る。コカコーラを飲みながらムラキングや鈴木さんと乃木坂46や富士登山について話す。鴨江アートセンターに戻り、乾久子さんと初対面になる。ローソンでしろくまを買って戻ると、松本さんとカダフィ企画の井上さんと会う。つじむらゆうじさん自身の詩幣完成を見届けて帰宅する。
7月7日(日)
子守で高丘西の北部水泳場で泳ぎ、昼食後はかき氷を探すべく引佐町へ向かう。静岡市で40.0度に達する。谷沢の古民家カフェOraで台湾かき氷を食べる。フェイヴァリットブックスLに詩丼のフライヤーを置いてもらい、小原晩『ここで唐揚げ弁当を食べないでください』を買う。nicoeを経て平口へお迎えに行く。
7月8日(月)
JP労組新聞の俳句欄堀之内長一選に私の俳句〈老桜と化して部長の昼寝かな〉が掲載される。児が朝から39度近い発熱、聖隷浜松病院まで受診しに行くけれど特に病名はない。
7月9日(火)
非番、子の看護。昼、三島町に新しくできた雑貨カフェいもねこへ行き、クラシックショコラを食べる。夕方に浜松市文化振興財団事務室ミーティングルームでのアクト・アート・ストリートお茶会に参加する。テツジ山下さん、糀谷未有さん、金田直美さん、かとうなおこさん、そして中村主幹とクリスマスの話をする。違う分野、特に平面芸術の方と何か企画するために対話するのは普段使わない脳の部分を使う。複製される詩集や歌集のアウラはすでに減衰されているのだ。言語芸術家はそのお茶会で私ひとりだけだったので浜松市の言語芸術家の代弁者のようになってしまい、気まずい。
7月10日(水)
suiuの歌会のお題「髪」へ〈若白髪を抜いたときから天体による永遠を味覚している〉という短歌を投稿する。
7月11日(木)
非番、発作のように笹井宏之賞を出してしまい後悔している。昼は三島楊子公園の南にあるいもねこカフェへ行く。詩客で短歌連作「木星紀年法」がもう公開される。夕に鴨江アートセンターでつじむらゆうじさんと詩幣や詩丼について話す。つじむらさんは詩幣に他者とのつながりを見出していて、それは私が「ディオゲネス挽歌」『詩幣/ノミスマ』にて詩幣を信用の樹と見なした見解と一致する。また産業と詩歌の関係、つまり速度やfuturismoについても話す。そういえば、私はことばの意味とことばのあいだにある自動化された解釈を詩歌で壊そうとしている。曽布川祐さんのAutismの内にあるだろう自動automateという概念は、実は打ち崩すべき側のものなのではないか、と帰路にふと思いつく。
7月12日(金)
櫻部長屡罵副部長、是以自昨日副部長不登郵局。
7月13日(土)
小雨の土曜出勤。平日よりも自由な空気感でいい、部長もいない。
7月14日(日)
昨夜食べた帆立に中ったらしく下す。貝毒ではないだろうけれど、もう貝はやめておこう。岐阜へ乗り過ごしてから名古屋駅西でのナゴヤタンカマルシェへ参加する。古いチサンマンションの302号室へ、11時過ぎに入ると新棚のいさん、青野ヨウコさん、井口可奈さん、秋瀬うにさんがすでに会場設営を終えている。11時半ごろに開場、秋瀬うに『博士と春ちゃんと七人の子供たち』、井口可奈『わるく思わないで』現代短歌社、青野ヨウコ『空と川とのあわいに』、新棚のい『アイドルのきみとドルオタのわたし』HCCMONO、白藤あめ『かられすvol.4』ametxtを買う。石野さんと豊橋/浜松読書会のスズキケイコさん、スズキ皐月さん、青山美樹さんなどと会う。片付けてからその場で談笑し17時から駅西銀座の平和園で食べる。隣にいた塔短歌会の三浦さんから麻婆豆腐をいただき、緑髪緑爪という17歳の短歌〈青春は年齢ですかと問う君にそうですと言い改札のなか〉を教えてもらう。エスカの青柳で生ういろう蜂蜜を買い、帰浜する。
7月15日(月)
海の日、浜松市は盆であり施餓鬼会の日。朝は国立国会図書館へ納本する準備をする。10時に郵便局へ行き納本と現代短歌社賞を郵送する。昼に施餓鬼会を見たあと子守で半田山のお茶の間のおとへ赴くけれど、10歳にならないと入店できないという。仕方なくnicoeのかき氷甲子園2024へ行き、岩手県の岩手の夏いちごリアスターベリーカッサータ仕立てと岐阜県の飛騨牛乳パンナコッタ添えを注文する。浜松市文化振興財団の大石さんと電話で話す。追加書類をこしらえ、ポエデイ出店者について考えはじめる。夕に施餓鬼供養をする。
7月16日(火)
先週の児の発熱はりんご病だったらしく腕と脚に発疹が出る。南図書館で借りた鳥さんの瞼『死のやわらかい』点滅社を少し読む。クリエーター系イベントもそうだけれど浜松市は詩歌を軽視しすぎている、だから文化都市とは呼ばれない。
きっぱりと枇杷の浮かんでいるゼリー美しい死後もあるかもしれない/鳥さんの瞼(『死のやわらかい』点滅社)
7月17日(水)
吾拾濡函於溝而與之於人。蓋昨雨濡之。然其怒以電話通訊於郵局。郵差施善於人、其忘恩而讐郵差也。郵差不可施善於人邪。
7月18日(木)
昨夜、總括課長使吾書濡函之故、吾卽書之。及朝、總括課長知吾之卽書而怒且罵吾。吾憤激而叱總括課長與櫻部長、曰「汝使吾書邪。言行不備者非上司」。使吾不出郵局、至夕不得出。晝倍華與吾巧克力亦郵差同輩與吾甜瓜氷菓。某班長謂吾曰「汝郵差英雄也」。
7月19日(金)
遠府人有郵差且僧徒、曰「昨日之事當呼尾内之亂」。晝至某家、見婆持荷於兩手。吾曰「吾投函於箱乎」、婆曰「否、吾欲受之」、吾曰「不可。汝兩手持荷、故不得受」、乃婆與吾片荷、其充餜。遂吾與婆函。
7月20日(土)
午前はハママツクリエーターズフェスvol.1みんなのまどへ遊びに行く。まず、あん珈琲さんのブレンドを飲む。遠州天狗堂の坂田さんやまるけの安松さんと会う。空閑渉さんの「鋳物たぐる、たぐる糸」のかぎ針編みの毛糸をほどく感覚が小気味よい。アルミニウム鋳物の樹に蜘蛛の巣が張ってあるのも、鋳物樹の影とほどかれた毛糸の交わりも興趣だ。萩結さんの「知らない鳥の声がする」は連作なのだろう、マグリブめいた平坦な街の夜景が夢めいて憧れる。のなかあやみさんの「TOU TOU」もそうだけれど、何が描かれているというのでもない、町や山水などの一癖もない風景画を私は好むのだろう。隣でやっていた浜松市中学校文化連盟夏の絵画コンクール受賞作品展へ寄るとテツジ山下さんが受付をしている。午後は、シネマイーラで『不死身ラヴァーズ』を、いつものD8席にて観る。前にシネマイーラで観た松居大悟監督の『ちょっと思い出しただけ』が良かったので。「ボンド、ジェームズ・ボンド」みたいに名告る甲野じゅんが消えるしくみとかは結局よくわからなかったけれど、時間の描き方は好きだし、長谷部りのの声はかわいい。高校時代は人力車が出てきてぶっ飛んでいるだけの駄作だと思っていたのに、成人して30%くらいしか明かされない謎が判明するとやがて純度100%の毒みたいな恋愛映画だと気づく。香菜の種を蒔く。夜は船越町と馬込川みずべの公園で花火が上がる。
7月21日(日)
金曜日の肩胛骨の痛みが左首の付け根に移り、軽い吐き気がある。10時前にはままちプラスで詩丼の下見会をする。つじむらゆうじさん、ボランティアスタッフの遠藤さん、浜松オンライン読書会のコウタさん、合作俳句の会の佐々木さんと設営の予行練習と配置決めをする。途中でピアノを弾きに来た大野素子さんこと、ねもともとこさんと話す。撤収間際に横浜へ行く途中の乾久子さんと話す。West Gost Coffeeやザザシティでの遠藤性思考ループや虚構・擬制やスピノザの話を経てまたハママツクリエーターズフェスへ行き、柳本茉希さん、大端将さん、大石晃裕さん、桂川美帆さんと挨拶する。
7月22日(月)
非番、毎日歌壇の加藤治郎欄に短歌〈再配達の再配達の再配達の再配達のキムチ〉が、水原紫苑欄に短歌〈熱帯夜のアートセンター暗がりへあなたはディオゲネスだと告げる〉が掲載される。左首の付け根の痛みはリンパ腺かもしれないと寺島町のけいクリニックで診てもらう。でも診断は、筋肉痛かもしれないが一週間後に水疱が出れば皮膚科へ行けとのこと。West Goat Coffeeで飲んだあと遠鉄百貨店地下ところてんの伊豆河童特設ブースで素子さんが売っている河童のあんみつを買う。東海道新幹線が保守車両脱輪のため名古屋浜松間で運転見合わせをしており、在来線の浜松駅改札口は入場規制がかかり大群衆が待たされていて、連絡通路を進めない。
7月23日(火)
suiuの歌会のお題「誰」へ〈飛び立ってゆく鳥のなか一羽だけ戻るのは誰? ソーダフロート〉という短歌を投稿する。
7月24日(水)
suiuの歌会のお題「予」へ〈潮水に浸る心を引き摺って鱗の生える予兆を聴いた〉という短歌を投稿する。昼に人権調査があり、山が動く。帰宅するとダイアログノートが届いている。
7月27日(土)
日射しの暑い土曜出勤。NHKラジオ文芸選評の鴇田智哉選で私の俳句〈毛穴みな蓮の呼吸へつられけり〉が読まれる。夕に浜松市文化振興財団の大石さんと話す。助成を希望する理由が助成金の選定委員会で肝要らしい。櫂未知子さんの『週刊金曜日』の金曜俳句で〈いねのはな雲のなかより雲生まれ〉〈新涼やまだ湿りたる馬頭琴〉という私の俳句が入選している。
7月29日(月)
浜松市天竜区では40度を超える溽暑になる。蝙蝠が熱中症でひっくり返っていたので水筒の水を与えると筒状の口をつきだして吸う。昼からは風が強くなり熱波が吹く。小島の角屋で中南海ファイブロングを買う。
7月30日(火)
同じ班の班員が死体第一発見者となる。国会図書館から受領書が届く。
7月31日(水)
蛆がわいていても社内的には人命救助になる。suiuの歌会のお題「先」へ〈時の先とは過去なのか未来なのかわからないまま鉛筆を研ぐ〉という短歌を投稿する。児が39度を超えて発熱する。
法律に根拠与える和太鼓をどつきまわして荒ぶ情感/町田康(『くるぶし』COTOGOTOBOOKS)
8月
8月3日(土)
昼は鍛冶町のカレーハウスブータンでカツカレーを食べる。カウンターで来年の国家試験で歯科衛生士を目指す子と話し、West Goat Coffeeにも寄る。夕方になると風が秋、真夏のピークは去った。
8月4日(日)
子守で浜松市雄踏総合公園の亀崎ファミリーランドプールへ赴く。駐車場は、雄踏総合公園前交差点の東から北へ入らないとならないのが分かりにくい。長蛇の列を並び、温水を泳ぐ。児は怖がって滑り台をひとつも試さない。それから宮口の寿梅園へ赴き、完熟梅かき氷枇杷コンポート添えと赤しそレモンかき氷を食べる。そのあと昼寝をさせながら復旧工事中の秋葉トンネルを迂回して佐久間電力館へ赴く。豊川用水が佐久間ダムから延びていることを知り、ダムカードをもらう。
8月7日(水)
立秋。昨夜やっと雨が平地に降る。おとといくらいから児の口腔内に口内炎があり飲み込むのが痛いそうで、掌や脚裏や臀部にも発疹がある。発熱はない。朝に恩地町の小児科へ受診させると手足口病と診察される。国道150号を通り、浜岡原子力発電所の隣に建つ浜岡原子力館へ赴く。新エネルギーホールは2階がほとんど機能していない。ユウユウシアターの映画冒頭に出演していた、安全性向上対策を業務としている所員の一日のスケジュールが気になる。帰りに道の駅風のマルシェ御前崎に寄り、つゆひかりに噎せて帰浜する。suiuの歌会のお題「氷」へ〈製氷の雄と雌とをつかいわけ雄はもっぱらかき氷用〉という短歌を投稿する。
8月8日(木)
夕方に日向灘で地震があり、19時に気象庁から南海トラフ地震臨時情報(調査中)が出る。米やレトルト食品などを買い、えいようかんや乾パンや災害用トイレを一箇所に集める。19時15分に南海トラフ地震臨時情報(巨大地震注意)が出る。
8月10日(土)
湖西アメニティプラザへ赴く。正刻から10分間だけ動く造波プールは人が多く芋洗いだった。昼は神座のCafe'de Kapitanでツユダクのペペロンチーノを食べる。それから山口の豊田佐吉記念館に寄り展望台まで登ってから帰浜する。
8月11日(日)
午前は子守で弁天島の浜名湖体験学習施設ウォットへ赴く。ふれあい水槽で手を水槽へ突っ込んで餌やりをさせたり中庭でちいさな鱏や鱶に触らせたりする。一旦帰宅したあとWest Goat Coffeeにてノーベル文学賞がまだ村上春樹を審査しうるレベルへ達していない説などを話す。それから入野町のじゃじゃの私設図書館へ赴き、浜松オンライン読書会さんの紹介型読書会とエドガー・アラン・ポーの『黒猫』読書会をコウタさんと石野さんと壬生キヨムさんとする。魔物じみた黒猫より理性で本能を抑えられない人間の方が怖いという話などをする。語り口や他責や魔女など話は多岐にわたり、読書会は楽しい。それから浜松城公園へ赴き真夏の夜市でそば処林屋さんのそば粉100%パンと畑懐さんのイタリアンパセリの種とgrammeさんの最中ジェラートとBASIL HOUSEさんのモヒートノンアルを買う。それと久しぶりに鈴木力哉さんと会い、chill outな夜になる。
8月12日(月)
午前は掛川市上垂木のねむの木こども美術館へ赴く。ほんめとしみつ「かあさんが病気でね、どうしてもピンクがグレーになっちゃうんだ」の色調やかわむらたかゆき「お茶」の茶畑の日の出ややましたゆみこの「三年半かかったから、タイトル忘れちゃった」が印象に残る。緑の中の裏手は道がつづく。山をくだり、愛のある吉行淳之介文学館へも行く。薄黄の原稿用紙に万年筆の丸字が好ましい。今は廃れた書字法だ。ねむの木図書館と森の喫茶室MARIKOにも寄る。
ずっと山の上ホテルにいます。不意に、なにもかも投げ出してしまいたいような危険な状態です。落着いたらデンワしてください(宮城まり子宛の吉行淳之介の手紙)
8月13日(火)
右の薬指先が痛む、蜘蛛に噛まれたか。夢想と現実が噛み合わず、幾つかの区で残が出る。明日は予測された物数より多いのに多くの班で2人分の欠員をつくらされる。こういうのは真面目にやり遂げようとすると自ら首をしめる。同僚が服部病院から鬱病の診断書をとってきたのを画像で見させられる。帰り際、部長が課長に「明日は明日の風が吹く」と言っているのを聴く。どうやら吹かせる気はないらしい。夜に岩井俊二映画祭でアイナ・ジ・エンド版の「夏至物語」を観る。主役は胡瓜、「阿飛正傳」のような夏の甘愁がある。最後の正装、ひしゃげた顔がいい。
痣の数だけ愛されたい。痣の数だけ愛して、ね。(「夏至物語」)
8月15日(木)
正午に黙祷のサイレンが鳴る。suiuの歌会のお題「熱」へ〈熱帯夜 コカコーラの瓶から口を離したときの滲み出る青〉という短歌を投稿する。17時に巨大地震注意が解除される。帰宅すると小幡玲央『目下茫洋』が届いている。A4二つ折りの黄表紙にA3十文字折りが挟まれている。文字が敷き詰められているのが嬉しい。
ことわりもなく埋め込まれたという点で、時限爆弾と子宮は似ている。(小幡玲央「否定」『目下茫洋』)
8月17日(土)
午前は子守で馬込川みずべの公園へ行く。詩丼のデジタルサイネージ用動画を公開する。また、一歌人をアイドル的に扱う短歌界隈の風潮は短歌の可能性を狭めていると考える。そのため、一首評を公開する。Xの短歌界隈が〈平日の明るいうちからビール飲む ごらんよビールこれが夏だよ/岡本真帆〉の読み方を決定させる要素である「フランダースの犬」のミームを黙殺している現状は、短歌界隈の信用を損なうだろう。午後、アクトタワーの展望回廊から浜松市を見下ろす。死ぬまでに観ておいてよかった。West Goat Coffeeで『山の音』を読み、感動する。
英子は小豆色の洋服を着て、波立たせた髪が面の両脇に出ていたが、迫るように可愛く見えた。(川端康成『山の音』新潮文庫)
8月18日(日)
和棉の実が大きくなり、河骨の花が咲く。午前は子守で湖西アメニティプラザのプールへ赴く。昼はそこでおにぎりとすし弁当を食べ新城市冨岡の凡にあるAl Qahwaへ行く。民家へ入ると返事がない。無人かと思っていたら肉感的な女給仕が出てくる。自分でかける壜入りブルーベリーシロップが甘くない大人の味である。帰りに三ヶ日町岡本の初生衣神社へ寄ると織殿は保存修理工事中で覆われている。平口にある万葉の森公園の万葉資料館と伎倍の茶屋へ寄る。
8月19日(月)
SNSのアカウント名をonaï kōtarōから尾甲へ変える。尾生は梁柱を抱いて死に、尾甲は電柱を抱いて吠える。
8月20日(火)
午前は雨が降り、涼新た。根拠のない不安に襲われる。もしかしたら自分はこの惑星で情感をもったたったひとつの生命体で、他の生命体はただ鼓動と呼吸をするだけの頑なな生命体なのかもしれない、とでもいうような。ただ、この不安は歩みを進めている証拠だろう。人知れず、でも確かな足取りで歩む。
吾言甚易知也、甚易行也。而人莫之能知也、而莫之能行也。(『老子』)
8月21日(水)
静岡県内、掛川・浜北・新聞の投稿を済ませる。いつか静岡県中部、川根本町から富士市あたりにかけての、てんでんこやひばりブックスをノードとする詩人コミュニティみたいなものを静岡県西部にも築けるといい。中心人物を核とする組織ではなく群衆としての詩人のネットワークを。suiuの歌会のお題「育」へ〈右利きのゆえ左だけ育てたとたしなめられて西瓜を齧る〉という短歌を投稿する。夜に第十二回俳句四季新人賞最終候補者競詠を出す。
8月22日(木)
全身、とくに脳と脚に腫れぼったい感じが朝からあり、肩が凝る。再詩丼の会場を予約する。帰路、磐田バイパスから新天竜川橋にかけて驟雨に襲われる
8月23日(金)
午前だけ雨。第9回攝津幸彦記念賞は佳作との選考結果が届く。イベント前日と死刑執行前夜は似ているかもしれない。
8月24日(土)
朝から強い雨で中田島街道はあちこちに水たまりができる。雨脚がすこし弱まったころを見計らい遠鉄バスに乗り浜松駅へ出る。B4ポスター3枚をネットプリントで出力し、9時過ぎにはままちプラスへ行くと協議会の社員さんが会場前に立っており解錠しておいてくれたので入る。テーブルやベンチをほぼ出し終え、並べ終えたころ、つじむらゆうじさんが来場する。その後出店者の方々が10時半くらいまでに次々と来場、零久舎のK-RYOさん、タケウチマイさん、nairi.の亘さん・早苗さんとはじめてお会いする。ムラキングさんから連絡があり欠席となる。気付けば雨がやみ、11時に詩丼開場、白川ユウコさんに空きブースをあてがう。村上節子さんと書くことのプラクティスの石川さん・小野さんが配布用のチラシを持ってきてくださる。午前中はすこし余裕があり、ワークショップは合作俳句の会と浜松オンライン読書会さんに参加できる。タケウチマイさんはぼそりと言うことばのチョイスがおもしろい。その後は思っていたより来場者がある。京都の小幡さんと話しているときにchoriの死を知る。福島憲太さんと熊谷一家が読書会に参加しているのを見ながら受付業務をする。ボランティアスタッフの遠藤君はいきなり歌い出す。たなかこむぎさんと宮沢賢治の星めぐりの歌の話をする。終了間際にさのきぬよさんと立石父子が見えられ、16時閉場となる。撤収後、17時まではままちプラスで歓談、乾久子さんが詩丼で元教え子に会ったエピソードを聞く。つじむらさん・コウタさん・壬生キヨムさん・小幡さん・K-RYOさんさんとザザシティのはままつ楽市で食べる。いろは歌を作る人がこの地球の片隅で生き残っていてほしいと願う。また、「〈ことば〉をキャッチコピーに使うイベントは信用できない」という私の感覚を小幡さんが理解してくれ驚く。その後、つじむらさん・小幡さんとWest Goat Coffeeで会談し、解散となる。
8月25日(日)
朝に詩丼と再詩丼まわりをまとめる。浜松オンライン読書会『HOD短歌部vol.02』誌上にて壬生キヨムさんから〈人体に植物の部位あるというきっと根も葉もない噂かも〉という私の短歌への一首評を頂戴する。昨日鈴木和子さんから頂いた詩誌『遠州灘135号』をぱらぱら読む。
大和撫子ですから(酔芙蓉「記念写真」『遠州灘135号』)
という着地が爽やか。社会がどうのこうのより自分の佇まいを誇るあり方だ。小幡玲央『ROLLER SKATE PARK』を読む。10代終わりから20代はじめにかけて似たような景色を彼我は見ていたのではないかと思う。午後は、壇俊光弁護士のWinny事件についての電子書籍を、無料だったので読む。私はそのころ、今はもう改編されてしまった学部で大学生だった。
そんな底上げはされるけれど頭打ちになることが約束された世界(K-RYO、現代戯作集『誰かが見た夢』零久舎)
8月26日(月)
名古屋へ出張、支社へ赴く。三年前は〈出張し心の裡を診せにゆく名古屋駅前ビルの高さよ〉という短歌を作って中日新聞に載ったけれど今回はそんな感傷は微塵もない。過去のストレスチェック面接指導で会った産業医は高齢で御用医という感じだったけれど、今回は医師免許をゲバ棒として振るう闘争医である。帰浜後、谷島屋書店浜松本店でアントニオ・タブッキ『レクイエム』と林奕含『房思琪の初恋の楽園』を買う、どちらも白水Uブックス。昔から読書の均衡を保とうとする。クセノポンを買えばジャック・ケルアックを買ったり、イタリアを買えば台湾を買ったり、志賀直哉を読めば西尾維新を読んだり。でも偏り尽くせばいつか山は崩れ平らになる。
だが、これだけは言わせてほしい。今世紀、最も勇気に満ちた作品が生まれたのは、そういう意気地のなさのなかからだった。(アントニオ・タブッキ、鈴木昭裕訳『レクイエム』)白水Uブックス)
8月27日(火)
台風に刺激されて雨が強く降ったり明るく已んだり。ショートピースを屋上の濡れた灰皿に押し付けるとき、私のタバコデビューはゴロワーズだったと思い出す。代々木のカフェロリータでアイリッシュコーヒーとゴロワーズを交互に服み、唇についた葉をテーブルに並べながら壁の洋画をぼんやり観て新宿新南口高速バス乗り場から出る夜行バスの時間を待つ。呼吸を調節して火をなるべく低い温度で灯し、まだ旅が単なる移動だったときのはなし。紫色の稲妻、台風が近づいてくる。
8月28日(水)
深夜は警報が町内拡声器で鳴り響く。朝からずっと雨、三遠地域の東名と新東名が通行止めのため磐田バイパスも浜松バイパスも混んでいる。16時過ぎからはれる。週一くらいの頻度で多行俳句をつくっていこう。
8月29日(木)
連日の雨。朝に台風はやっと鹿児島県へ上陸、ときどき已むときもあるけれど、降るときは強く降る。いままでの雨は前哨戦だったようだ。特に16時までの雨が呼吸もできないほど強く、長かった。定時で配達打ち切りになる。帰りに見付にある磐田市立中央図書館へ寄り、新聞を閲覧する。浜松市文化振興財団のはままつ文化芸術活動助成事業にポエデイ2は対象外となる。後援名義を申請できるのでやってみる。
8月30日(金)
台風はまだ瀬戸内海にいて、朝と昼と夜に雨が降る。昔から読んでいるテキストサイトの人が泣いている、らしい。
単純に、僕は「がんばったね」と言ってほしいのだ。たぶん本当にそれだけなのだ。(少年Aの散歩/Entertainment Zone、2024.8.27(火))
彼とは面識があり、かつて邪悪認定されたこともあるけれど、私は彼を嫌ってはいない。ただ自己愛が強いとは思っている。でも「がんばったね」と言われたいと泣く彼をみっともないとは思わない。基本的に人は褒められないものだ。というのは他人を褒められるのは同じくらい努力している人か、同じ地点に達したことのある人だけだから。どうか彼が自分で自分を褒めてあげられますように。そして、いつかこの世界が努力している人であふれかえりますように。夜にアクトシティの浜松市文化振興財団事務室へ赴き、デザインの金田さん、音楽の常石さん、ZOOM参加のライター瀬口さん、中村主幹とイオンモール志都呂でのオフギャラリー活用事業について話す。クリスマスの先にある突破口が見えてきそうで見えない。みなさんの、あたたかいこころを持ち戻ってほしい願いは分かるけれど、私はザラザラしたきもちを持ち戻ってほしいのです。
8月31日(土)
もう忘れていた香菜が発芽している。台風のため朝から断続的に雨、三島町の阿弥陀寺近くで落雷がある。クリスマス企画として、誤配されたクリスマスプレゼント展を思いつく。これならアーティストたちもいろいろ想像が湧くのではなかろうか。
物語と互いの日々を持ち寄りて過ぐす時間の和やかなるも/松坂ようこ(『短歌21世紀』2024年9月号)
9月
9月1日(日)
台風は紀伊半島東南沖に停滞し熱帯低気圧になる。雨は降ったり已んだり、台風一過のような晴れ間だったり。朝日歌壇の馬場あき子さん選で〈四十度を超える溽暑の地に墜ちた蝙蝠へやる水筒の水〉という私の短歌が採られ、評ももらう。7月29日に暑さで地にひっくり返っていた蝙蝠についての短歌だ。午後に浜松市防災学習センターへ行く。それから杏林堂で買い出し。まだ本格的な収穫期に至っていないため米不足となっており昼過ぎになるとスーパーマーケットや薬局で米を買えない。でもフィール白羽店では午後も一人一袋まで買える。夕刻にはじめて田尻町のブックスかわむらへ行く。絵に描いたような、エロ本と雑誌とコミックスと申し訳程度の文芸書の地方小書店だ。ポケモンの本を買う。
9月2日(月)
最近は平静、つまりαπάθειαである。そのため仕事に集中していない。いや、そもそも平静な人は仕事なんてしないのだ。毎日歌壇の伊藤一彦欄に私の短歌〈こどもらの声から遠い暗がりに原爆と人間展を観る〉が掲載される。湖西アメニティプラザで観た催しについての歌だ。ひさしぶりに短歌地図を更新する。
9月3日(火)
河原こいしさんの年末ネットプリント「ひととせ」へ寄稿する原稿をつくる。もっと名詞を足して実感を高めたい。夕方から雨、台風の余波というより夕立めいて。
9月4日(水)
久しぶりに雨と無縁な日、朝から両切り煙草を美味と思える日はきっとなんでもうまくいく日だ。両切り煙草の味は平静さのバロメーターになる。『房思琪の初恋の楽園』はだんだんと描写が生々しくなる。エグ味がきついので、ちょっとすごい小説を読んでいる気になる。いつか『房思琪的初戀樂園』で読めたらと思う。
9月5日(木)
非番、suiuの歌会のお題「水」へ〈水温を超えない笑みを浮かべようどうだみなさん笑えているぞ〉という短歌を投稿する。遠鉄ぶらりきっぷを1,570円で買い、浜松駅ターミナルから8時22分発の中ノ町磐田線で磐田駅へ行く。そこから9時46分発の二俣山東線で天竜二俣駅まで。それだけでもう11時前。天竜二俣駅隣のホームラン軒でこく醤油の特製中華そばを食べる。こがしネギが好き。そこから二俣の町を歩き、山ノ舎さんのあとに入ったらしいかもめの珈琲屋さんで乙女座ブレンドを飲む。星座のエレメントと珈琲豆の関係の話がおもしろい。
そうだ、出会ったどの作家も、ほぼ例外なくみな偏屈だった。オレは、偏屈になれば作家になれるんじゃないかと思っていた頃があった。(曽根雅典『Nicome』Vol.4、nicolas)
若い頃、あらゆることに絶望してはいたが、自分の才能を信じていた。心のどこかに自分は特別な人間だという思いがあった。(橋本竜樹『Nicome』Vol.6、nicolas)
そこから東進し秋野不矩美術館へ登る。平子真理の「Monkey Race」や西野陽一の「水の月」が気になる。二階では秋野不矩の「沼」の水牛が好き。それと「帰牛」も。動物画は減象画を私は好むらしい。12時46分発の秋葉線で、秋野不矩美術館から遠い秋野不矩美術館入口バス停から西鹿島駅へ出る。13時発の遠州鉄道で浜松のまちなかへ帰る。West Goat Coffeeに寄り帰宅する。夜に30句に着手する。
9月6日(金)
非番、物語圏として「新しい魚」を公開する。午前に浜松市民文芸と30句を出してしまう。昼食後、West Goat Coffeeで川合絢也さんの陶器を観る。自在花器がおもしろい、ロックカップは用途が謎。宮沢賢治について調べるため松城町の中央図書館と和地山の城北図書館へ行く。中央図書館で正津勉『京都詩人傳: 一九六〇年代詩漂流記』アーツ・アンド・クラフツを見つける。静岡県西部でつくりたいのは組織ではないのは無論だけど、共同体というより交友圏なのかも、遠州詩的交友圏を。でもみんな余裕も才能もないから我こそはと目先の利益に目がくらんでしまう。
一九三一年八月二十二日に山本忠平が獄死したと知らせを受けたとき、『戦旗』に詩や小説を書いていた松田は手紙を握って編集部に突きつけた。忠平さんの詩を載せてください。ここに詩があります、誰も知らないけれど、彼は陀田勘助という立派な詩人だったのです。(吉田美和子『ダダ・カンスケという詩人がいた』共和国)
夕に児の迎えでこども園へ行き浜松駅へ出る。いつもの遠鉄百貨店地下のOTTO gelatoでおやつ。浜松駅北口バスターミナル地下広場における他人の持寄が気になったけれどバスの発車時刻が18時前のため去る。夜にイエーガーマイスター700ml瓶が届く。
墓地を出て一つの音楽へ帰る/中村冨二(小池正博編著『はじめまして現代川柳』書肆侃侃房)
9月7日(土)
朝から東名高速で西へ向かう。浜名湖SAでお菓子を買い、新名神に入って鈴鹿PAで大内山牛乳を飲む。草津PAのフードコートで手仕込み味噌かつ丼を食べる。びわこ文化公園で伊礼智の湖畔の方丈を観る。もっとスペースの工夫はできそう。滋賀県立美術館は常設展や企画展の他に個展やさまざまな仕掛けがあり楽しめる。滋賀の家展は建築の展示らしく、建築そのものの設計図や模型だけでなく生活や地理や歴史も展示して良い。酢屋忠本店による量り売り用HINO BREWING通い徳利のビール瓶が、麦酒を穀物みたいに扱っていておもしろい。常設展も観る。Donald Clarence Judd作品の、作者の無意図へ数列を噛ませる意図に関心がある。また、磐球と建築と言語と詩歌の組合せを考える、たとえば古久保憲満の描く町のように。県立図書館を経て夕照庵で萩のつゆと抹茶をいただく。刈谷ハイウェイオアシスを経て帰浜する。
9月8日(日)
子守、午前に和棉を収穫し種を採る。それからザザシティ中央館のこども館へ行く。午後はサザンクロス商店街のほしの市やソラモの浜松クラフトビールフェスやみかわやさんのHamamatsu Football Marketや新川モールのまちなかワインテラスも気になったけれど、意を決し昼食後に浜松市総合水泳場行きのバスに乗りこむ。田尻橋で降り卸本町のアリィの冬と夏 Alg vinter och sommer Re.14 redolenceへ行く。一周して杉山ナッツさんと凛々茶房さんで買い、ことゆくラックさんでお世話になる。中田島車庫のバス停から帰宅する。
クリエイティブな仕事で食べていくこととクリエイティブな仕事をすることの違いをよく考えていこう。後者の方は質の高い仕事ができるけれど、その質を評価しうる人は少ない。でも確実に評価しうる人はどこかにいる。また、交友圏を築こうと積極的に動くと、時にやや冷淡な対応を受けることがある。それはその相手が悪い人だからではなく、単にその相手は自分がどう評価されるかだけを考え何かを築くという発想がないからである。
神様を時計でつぶして流れ出た液体はとうめい(ともちゃん9さい「川」『確かめるすべのない両想いが死ぬまで続いてく』)
9月9日(月)
非番、残暑が厳しい。午前は駅前と城北図書館で宮沢賢治についてまとめ、レジュメをつくる。鹿谷町の三社神社で宗良親王献上粟飯祭の幕を見る。貴種流離譚趣味が昂ぶる。ポエデイ2が公益財団法人浜松市文化振興財団の後援を受けることになる。昼は内装が小綺麗になったララカレー肴町でデビルチキンのプレートを食べる。肩出しの太眉さんが厨房を司っている。30首に着手したあと、シネマイーラで「密輸1970」を観る。堤真一と坂井真紀が出演していると思って観たら韓国映画で、しかも堤真一と坂井真紀は出演していない。でもテンポが速くて楽しい。密輸取引の会話は速すぎて意味不明で脚本が攻めている。言葉を交わしていれば符牒と商売が進んでいると思わせているのだろう。
9月11日(水)
suiuの歌会のお題「黒」へ〈もう二度とサービスエリアを出られない黒胆汁質な霧雨のなか〉という短歌を投稿する。南図書館で月野ぽぽな『人のかたち』左右社などを借りる。近くのスーパーマーケットに茨城県産あきたこまちの新米が売っていたので米を買えるときに買っておく。
初めての言語のように石榴食む/月野ぽぽな(『人のかたち』左右社)
9月12日(木)
交友圏はハードルが高すぎたので交流圏でいいかな。夜がすこし涼しくなると浜松市へ移住してきたときの残業続きの日々を思い出す。私が雇ってもらったときの、つまり2017年8月から2018年7月におけるびおソーラーの小池一三さんは過去に出版された自分の名前が載っている新書を見せてきたり「私には実績があるが君には実績がない」などと言ったりする生きた化石標本だったけれど、私が知らないOMソーラー時代の小池一三さんは違ったのだろうか? そのころを知り得ないことを残念に思う。
9月14日(土)
午前はソラモや松菱跡地の浜松どまんなか祭りでよさこいやエイサーや青い薔薇とけん玉ヒーローズや大橋ヒカルのものまねを観る。大橋ヒカル扮する氷川京介が米津玄師に変わる瞬間に鬘を前に倒すのがおもしろい。昼に新川モールのインドはままつフェスティヴァルでアイカレーのビリヤニとクマールさんのチキンカレーと春華堂のチャイマサラアイスクリームを食べる。松菱跡地に戻り、あねもねのかき氷を食べる。競技用けん玉を買い帰宅する。
右腦にこほろぎを飼ひ一人酒/中島夜汽車(『銀幕』書肆蜃氣樓)
9月15日(日)
昼はシラトリスポーピアや浜松プラザやイオンモール浜松市野やフィルタウン小豆餅で買い物をする。午後に3スペがなく、8切り・11バック・2枚階段のある簡易版大貧民を児へ教える。
9月16日(月)
朝から上野修『スピノザ考』青土社を読み進める。独裁者などの為政者や貴族・世襲議員といった特権階級ではなく自分以外の者たちreliquiが群集の力能として自分の権利を圧迫するだろうという発想は示唆に富む。ふむ、スピノザ主義と近いから私は経済活動のための識別子としての用途以外での作家名を軽視しがちなのだろう。井伊谷の渭伊神社へ行き、天白磐座遺跡を拝み、神宮寺川へ突き出た鳴岩を見る。これらも堀谷にある荒鎺神社の岩と同じようにアラハバキ信仰のひとつなのだろう。信仰もまた群集の力能だ。昼は浜松西局の北にある餃子の大福で餃子大盛りとコカコーラで済ませる。
9月17日(火)
秋の朝は両切り煙草がおいしい。平居謙責任編集『京都ダイナマイト!』草原詩社が届く。コラムが勉強になる。中秋の名月らしいが見ていない。
9月18日(水)
雲間に満月。suiuの歌会のお題「通」へ〈ただことばだけが通じていたような苔を繁殖させる室温〉という短歌を投稿する。頼惟勤監修の『説文入門』をぱらぱらと読む。王陽明に軍事指揮の才能があったことを知る。クリスマスに向けたオフギャラリー活用事業が動き、プロジェクト名は私が提案したドコデモアルトに決まりそう。アルトは国際補助語エスペラントのartoだ。
9月19日(木)
昨日あたりから曼珠沙華の咲くのを見る。産経歌壇の伊藤一彦欄に私の短歌〈夏枯れの枝を新芽の噴きはじめ商店街の秋が聴こえる〉が掲載される。
9月21日(土)
子守、朝は三ケ日町大崎のcoco-Rinへ行きフライドポテトとあんバターサンドを食べる。フライドポテトは青海苔と塩が効いておいしい。
それから湖西市鷲津のbooks cicalataへ赴く。立命館というかRibet townsの人たちが集結しているらしく奥から次々と人が出てくる。海渡まどかさんのユーラシア旅の土産行商で中央アジア・コーカサス・北アフリカ・南欧の話ができて楽しい。旧ソ連軍の手袋が気になったけれど私の手の幅的に脱着が厳しそうだったのでzine『ユーラシア旅の衣食住 食の記録編』を買う。手袋と帽子はなかなか合うものがない。また、ブックスチカラータの最近は浜松市より豊橋市・豊川市など三河の個人書店とつながりがあるらしくBook Cupさんや日産カーディーラーのなかにあるという本屋旅の扉さんなどの話を聞く。利木のr cafeへ行く途中で児が寝てしまい、通り過ぎて佐久米の杉のやカフェでマンゴーかき氷を食べる。
ローカルでかつ美味しい店には幾つか法則がある。看板の主張が適当なこと、地元の人がいつの時間で集まっていること、そしてメニューが現地語しかない、または口頭でしか説明しないこと。(海渡まどか「2023.5.15. #22 アジャリア地方、山村へ」『ユーラシア旅の衣食住 食の記録編』)
9月22日(日)
午前中は児とけん玉とラップバトルを練習する。昼、雨のなかスーパーカブでクリエート浜松へ赴く。ふれあい広場でちいさな賢治祭in浜松2024のリハーサルと準備を見る。14時にちいさな賢治祭が開幕、園児たちが自由である。すこしハーモニカに興味を持つ。私は15時から半時間ほど、賢治トーク「短詩からひろがる賢治の空」と題して宮沢賢治のクレオールな言語的もがきの痕跡としての俳句・短歌や詩・童話といった創作の原点となった俳句・短歌についてレジュメをもとに話す。星めぐりの歌を合唱し15時40分ごろ閉幕となる。有意義な話だったという感想もあり、高尚すぎるという感想もあり。アジテーション力を鍛えていく必要があるだろう。クリエート浜松で読書会をしていた壬生キヨムさんと石野さんと会う。それからアクトシティの文化振興財団事務室へポエデイ2のフライヤー50枚を託す。West Goat Coffeeに寄り帰宅する。
賢治トークをしてくださる尾内さんとは、2度お会いしたという関係です。
でも、活動内容を知ると、「文化不毛の地(音楽以外)」との声が聞こえてくることもある浜松に、新しい文芸の風を感じます。そして、賢治作品の原点は短詩にあることも、と考えていたこともあって、是非とお願いしました。(村上節子「心地よい風が包むつどいに!」『浜松ものがたりのひろば』)
9月23日(月)
朝は秋を感じる涼しさ、暑さ寒さも彼岸まで。苗木を植えたり草花を植えたりする表皮の見栄えをよくするだけの植替では文化は育たない。cultus、土を耕して肉厚な土壌から作っていかないと文化不毛の地はそのまま土地が痩せるだけだ。そのためには哲学思想をすぐに芸術作品の発露へ繋げるのではなく、発芽するまで寝かせておく勇気と余裕も要る。午前は佐鳴湖東岸を歩く。崖の水辺に沢蟹が群れている。昼は入野町のカルビッシュ浜松西伊場店で清水講師と食べる。昼寝させたのち4月にオープンしたKOmart fine佐鳴台店でA2牛乳などを買う。生鮮食品は少ないが見慣れない商品が多く楽しいお店だ。大きくなったカルディといったところか。
9月24日(火)
静岡新聞読者文芸欄の恩田侑布子さんの選で私の俳句〈君来るなづきへ夏蝶の翅音〉が特選一席で採られている。夜はブレザーを着たくなるほど涼しい。『p.H7.3 字・窓』と寺道亮信『乳既』七月堂が届く。既詩一篇でこの世界のすべての圭織を好きになる。
法定速度以上のダンスが時を運んでくる(寺道亮信「アットホーム」『乳既』七月堂)
9月25日(水)
suiuの歌会のお題「法」へ〈ふたりだけの法律ができ極刑は喉へ花びら詰めこむの刑〉という短歌を投稿する。晝吾投翌函於區分棚。櫻部長問曰、「誰使汝投函」。吾對曰、「莫也」、部長謂曰、「莫使汝投函、汝何爲投函乎?」、吾不對而問曰、「汝禁吾投函乎?」、部長不應之而謂曰、「汝之話逸軌。莫使汝投函也而汝何投函於區分棚乎?」、吾再問曰、「汝禁吾投函乎?」、部長不應之而去。帰宅後、アクトシティの文化振興財団事務室へ赴きオフギャラリー活用事業について19時から話す。難航の末、展示会名は「クリスマスのまえのよる」に決まりそう。想像が各方面にひろがりやすいタイトルだ。21時に解散する。
9月26日(木)
芸術に刺激を求める人は日常の退屈に飽き、芸術に癒しを求める人は日常に疲れているのだろうか。クラウドファンディングに参加した『澤田和弥句文集』東京四季出版が届く。
9月27日(金)
雨が降る予報だったけれど降らなかった。西原天気さんと笠井亞子さんのはがきハイク第26号が届く。
鯖缶の天地かがやく九月かな/西原天気(「図体」『はがきハイク』第26号)
9月28日(土)
昨日、妻が静岡銀行駐車場でもらい事故に遭ったので森田町のコバックで鈑金の見積もりをする。昼にツインギャラリー蔵でやっている上新屋のPirateさんによるキッシュ&スイーツ展で、もとカフェさんのコーヒー醤油を使ったminiマドレーヌを食べる。磐田市へ赴いて諦めて30首を出し、今之浦3丁目の地下にあるsweets Gangに寄る。アイスクリームのブラックコーンが珍しく、また室内ゴルフ練習場と同居している。浜松市へ戻り北田町のきたたまちロビーへ赴く。一階の駄菓子屋で買ったあときたたまちロビーの二階に入ったKnot Letterpress Printingさんを訪れる。そこでtayutauの安達彩夏さんと名刺交換をする。詩歌などの精神文化活動はデザインや芸術などの物質文化活動に比べてなかなか特異性が目立たないことに改めて気づかされる。それにしても、もしロビーの一階を借りられたら酔詩丼なんていいかもしれない。卸本町のPAO、そしてGS BURGER上のバッファロードーナツを訪れる。後者は喫煙室に席のあるのが好ましい。
9月29日(日)
自分の不得意な分野で争うことはないし自分の得意な分野でこそ勝負すべきだろう。午前は子守、浜松駅から遠鉄バスに乗っておかめ坂を下り富塚協働センター体育館を訪れる。そこで、そろそろart in progressのワークショップヤーヤーヤープロジェクト2024「ワークショップ ヤー!ヤー!ヤー!3」に参加する。と言っても時間が早すぎたのか名刺交換会場となっており、場所見知りの児は何をしたらよいか分からず、私も勝手が分からないのでとりあえず綿菓子を食べる。食べ終えてスタンプ遊びから始め、一通り会場を見て回るうちに、だんだん会場のスペースがシルクスクリーンテーブル・色塗りテーブル・木工テーブル・布製品テーブルなどに分かれていることに気づく。そこで木片とワイヤーと布と糸とアルミホイールで「杜絶された永遠~去勢の錬金術師による第3楽章(ポ短調)~」を造る。とづかゆうさんとご挨拶をする。それから吉田朝麻さんの演奏を聴き、大谷一家と安達一家と会う。近くの和歌山ラーメン七星で特盛つけめんを食べ、戻ってからダンボールと布とワイヤーで鳥に似た「重力の分裂症、色彩はやがて脊椎を生やすだろう」を造る。児は人形と家を造り、壁を蛍光色のアクリルガッシュで塗っていた。ポップコーンを食べて帰る。
浜松駅へ戻ると北口広場で大道芸人ハンドさんが大道芸をやっている。地下広場はインドネシア料理のエスニックなにおいがたちこめている。遠鉄百貨店9階の中央図書館駅前分室へ寄って取置本を借り、いつものOTTO gelatoで洋なしとあずきミルク、児はマンゴーとピスタチオを食べて帰宅する。
9月30日(月)
郵便料金値上げ前の駆け込みで2パスが多く、3連休明けの火曜日でも5万通なのに、今日は一局で10万通に達する勢い。補助もないため二割を持ち戻る。毎日歌壇加藤治郎欄に私の短歌〈通勤快速の緊急停止ボタンを押すたったいま恋が実ったんです〉が掲載される。これはつくったときの記憶や投稿したときの記憶がまったくない不思議な歌だ。
10月
10月1日(火)
文化のひとつはかっこよさの価値観だとしたら、アメリカや海外由来ではないかっこよさの価値観を選ばなくてはならない。借り物のかっこよさで満足しているならば文化不毛は文化不毛のままだ。かっこよさは過去から選び、現代に合うよう洗練させる。非番、遠州病院で人間ドックを受診する。10時にバリウムを飲み、下剤も飲む。会計をして外で暴飲暴食しようとしたら食事券をもらったので10時40分から病院2階で刺身・海老の天ぷら・紅茶鴨のスモークなどの御膳を食べる。炊き込みご飯と赤だしをおかわりする。それからコメダ珈琲浜松駅北店でたっぷりブレンドとポテトバスケットを食べる。12時のは宿便と呼ぶべきであり下剤の影響を見るもののさすがにまだ白は出ない。12時45分に第一波の白が来る。オフギャラリー活用事業ドコデモアルトが世へ公開される。13時15分に遠州病院で医師と保健師の面談を受けたあと、古書サイダーハウス・ルールへ赴き、アップルタイザーを飲みながら、発信したがらない鈴木さんとムラキングとなぜ詩を発表するのかについて話す。帰宅後、16時20分ごろにも第二波の白が来る。
10月2日(水)
たとえば現代美術家が小難しい言葉をひねって自らの思考が特別だと主張するようなこと、はしない。それはパロディとして揶揄する愉しみはあるけれど、文化ではなく借り物のかっこよさを身に纏っているだけだ。なにも耕せない、自分自身さえも。suiuの歌会のお題「藍」へ〈藍色の糸につながれ俺の血は青空のただ一粒となる〉という短歌を投稿する。再詩丼が浜松市文化振興財団の後援を受けられることを知らせる手紙が届く。
10月3日(木)
午前と日没後にひどい雨。私の文化活動は象徴資本に大きく拠らずに文化資本を象徴資本と交換するだけで文化活動は可能かという実験なのだろう。そういえば浜松市のイベントは出店者同士が仲良く、また出店者が友人知人を迎えるテンションとその他を迎えるテンションとが違いすぎて来場者が村社会の疎外感を得やすいという。私もそれを感じてきた。でも、だからこそイベントが多いのだろう。だからそういう状況を改めようとは思わないけれどダサダサ素人デザインの詩丼で多くの人が疎外感を得ずに生きられる文化都市をつくっていきたい。産経俳壇の宮坂静生欄に私の俳句〈揺れるまえから揺れている鶏頭花〉が掲載される。帰宅するとnairi.は早苗さんの
忘れたい言葉があって忘れようとすればするほど、すればするほど/早苗(
『潮騒』)
10月4日(金)
断続的に雨。午前にドコデモアルトのクリスマスのまえのよるの出展者募集がはじまる。
紀元前二世紀ごろの咳もする/木村半文銭
10月5日(土)
木金の雨でひどく疲れている。午前は栗を茹で、新居町の新井関所前にあるCafe Rond Pointを訪れて夏野菜のドライカレーを食べる。壁に前原本光さんのちぎり絵が飾ってあり、絵を描こうと思い立つ。
午後は湖西市鷲津のbooks cicalataへ赴き、『金子光晴詩集』を買い、小豆島オリーブサイダーを飲む。オリーブらしい味はまったくないけれど果汁1%を超えると青臭くなるのだろう。帰りに利木のr cafeに寄り、りきバナナのジェラートを食べる。味がしっかりしている。浜松市街地へ戻るとプスプス byZINGさんに行きヤー!ヤー!ヤー!の遺失物を受け取ったときに佐々木さんがいて他人の持寄はモジャモジャ髪ではない高林さんがやっていると聞く。
湖水よ。女性の女性よ。(
「湖水」『金子光晴詩集』白凰社)
10月6日(日)
朝、浜松駅から新幹線に乗り京都駅へ。京都駅で新幹線の回数券を無くしたことに気付いたけれど浜松駅で回収されており改札を出られる。鉄道システムを補完するネットワークシステムに救われる。渉成園の東をまわって高瀬川沿いを歩き都市町の川間食堂で休む。京都駅へ戻る途上の京都市立芸術大学芸術資料館で
道に迷いながら薬害根絶の碑を見つけ、琵琶湖畔をまわり疲労困憊でびわ湖大津プリンスホテルに着く。15時から淡海2で催される俳句結社の全国大会に顔を出す。夜は李芳で食べ、そのまま大津に泊まる。
葡萄棚をぬけると
二度目の朝焼けに照らされた
人類の手足が
ちらばっていた(久谷雉「朝焼け」『花束』白凰社)
10月7日(月)
大津から離れ昼は日式台湾食堂WUMEI金山駅店でビャンビャン麺と魯肉飯を摂る。毎日歌壇の加藤治郎欄に私の短歌〈(戦争)と思っていたら夕闇を浮かぶは脱ぎ捨てられた殻か〉が、水原紫苑欄に私の短歌〈珈琲のエレメントではコロンビアは風と知るときマコンドは消ゆ〉が掲載される。また令和六年前期掛川城観光俳句・短歌に私の俳句〈青き踏む武者初陣の足どりで〉と私の短歌〈城下なる紫陽花の青映えさせて掛川城は白さにおはす〉が入選していると知らせが届く。
10月9日(水)
早朝に腓返りで右脹脛を痛める。雨が降り、うそ寒。笹井宏之賞の結果が出て、賞を逃す。
10月10日(木)
だいぶ肌寒くなる。朝の出発前に支社から依頼された人権ヒアリングを総務部から受ける。でも支社から人が来ないのは人権を軽視している証左だ。
10月11日(金)
朝はラッキー浜松駅前店で散髪したあと高町の古橋商会へスーパーカブ110で行き、3万9769キロ余でエンジンオイルを交換してもらう。交換のあいだ松城町にある古本の時代舎を訪れ、島崎藤村『破戒』岩波文庫を古書で買う。13時からサイゼリヤ浜松モール街店で多賀SAから来たにゃんしー・泉由良と18時まで、浜松市振興財団へ納めるポエデイ2の広報動画やもろもろについて話す。別れたあと彼らは諏訪湖SAへ旅立った。そのあと浜松駅北口地下広場の北側に設けられた他人の持寄を訪れる。上弦の月の下、ムラキングさん・村木さん・主催の高林洋臣さんと一時間ほど雑談する。ココルームとレッツの関わりやアートNPOというくくりを知る。深蒸し茶をいただき19時過ぎに帰宅する。
浮甘瓜於清泉
沈朱李于寒水(曹植「朝歌令呉質書」)
10月12日(土)
子守、朝に耳鼻科へ児を診せると右耳が腫れて中耳炎とのこと。咳喘息もまだある。吸入し、抗生物質を処方される。昼はくら寿司浜松有玉店で済ませ、銀杏臭う美薗中央公園へ赴き、E4展ピクニックのすゝめを観る。えびすやフルーツの果物盛り合わせ・らんの郷のプリン・豊月堂のみたらし団子をいただく。地元ガイドの方から、美薗中央公園は天竜川の流路だったかもしれない、美(御)薗は御厨の意で美薗御厨はナイル川やサハラ砂漠みたいな変な名称だ、といった話を聞く。積志図書館に寄って帰宅すると町内の秋祭で屋台が出ている。さて、詩の世界でしばし冥捜をしなければならない。
波瀾凍為刀
剸割鳧与鷖
宿羽皆翦棄
血声沈沙泥(孟郊「寒渓九首」)
10月13日(日)
午前は子守で渚園の浜名湖体験学習施設ウォットへ赴く。中庭のクエの餌やりが楽しい。というのもクエはときどき餌を見逃すから。それから村櫛の浜名湖ガーデンパークへ赴く。入口のTIME DRIP COFFEEでコクマロアイスコーヒーを飲む。第5回はなのわマルシェを観て和紅茶ティパックを買う。草笛の体験もするけれど上手く吹けない。昼に高柳主任っぽい人がココス浜松雄踏店のドリンクバーで汲んでいるのを見かける。それから大久保町のうなぎパイファクトリーの工場見学へも行く。ナッツ・ハチミツ入りのうなぎパイをもらい、うなぎパイ職人の師範制度を知り、愉しむ。児の昼寝をさせながら引佐町の竜ヶ岩洞へ赴く。鍾乳洞を再訪し、マテリアで蘇のアイスクリームを食べる。浜松市内観光初級篇な一日だ。
国歌斉唱 金魚は長い糞たれて/滋野さち
10月14日(月)
毎日歌壇の加藤治郎欄に私の短歌〈事件ですか事故ですかそれとも流れ星を追いかけてゆくのですか〉が掲載される。suiuの歌会のお題「銀」へ〈もう君の声など届かない遠い水辺で終わる成銀として〉という短歌を投稿する。午前にフルーツパーク時之栖で新雪梨をもぐ。椿象に噛まれた梨は割引してもらう。ランチバイキングがどんぶり飯というかたちで復活したペルレで昼を食べ、午後はららぽーと磐田へ行き、谷島屋書店を歩いたあとGongcha貢茶という経験をする。
どっかで啼いている澄んだ小鳥のこえ、北半球に十一月がくる/小関茂(
『宇宙時刻』点滅社)