むかしのことば
ぜんぶで 3567 こ / 8 ぺーじ / いま 1 ぺーじ
〈国旗の損壊等の処罰に関する法律〉が、きょう午前10時すぎに参議院本会議において賛成多数をもって可決せられ、成立をみた。浜松市内の公共施設の旗がよくなびいている。
わたしの路傍流瞥。浜松市中央区富塚町。このバス停の150メートルほどさきに〈パークタウン〉バス停がある。一見さびれていないようにみえるが、遠鉄不動産の〈貸物件〉が目につく。
権力のあるものが権威を持つのか、いや権力は無くても権威あるものは存在するでしょう。権威は無い権力も存在するのか。しかし相関は無いわけではなく、どちらを持っているかによって選択される道が変わる。のか。
ことし4月29日撮影。下池川町の火事跡です。graffitiもありました。
浜松市中央区下池川町。2年まえの火事による焼跡が更地になっていた。
けさの路傍流瞥。朝とはいえ、連日の猛暑の予熱が町ぢゅうにこもる。和合町から住吉をのぞむ。
リットウとイットウの語呂あわせ。固有名詞よりも、いま少しトンボの生態や特徴を簡潔にあらわす言葉が欲しかった。
〈秋うらら寿司を食へざる寿司屋の子/澤田和弥〉『澤田和弥句文集』東京四季出版。俳句が事実の描写である必要はないけれど、寿司屋と書くと作者本人が立ち現れる。
〈立冬の桶ヶ谷沼に一頭のあかねとんぼが高く飛びおり/白川ユウコ〉『ざざんざ』六花書林。「一頭」と数えるところに昆虫学者であった父親の影響があるのだろうか
三句め〈嘴〉がこの歌の眼目となっており〈真鴨の群れ〉を立体化している。さりげ無く技巧的。
今を変えるのも大事ですが、歴史を知り二十年〜三十年後を見据えて布石を打つのも手かもしれません。
入選作品の発表はそのうち参加者に配る冊子上だけで行われます。此の閉鎖性も再考すべき事項ではあります。誰に伝えるかを考えて詩を書くのは重要です。原発及び生成AIによる環境破壊を食い止めるべきなのですから、辺幅修飾している場合ではありません。唐墨委の委員長儂之連盟氏と無関係の近体詩の大会を開催する必要があります。
いまのところ廣田雅人氏の作品が読めないのですが、何と無く件の〈秀作〉は想像できます。杜甫「春望」のような。〈十五星霜茫茫哉〉みたいな。
権威主義の特徴の一つに非公開情報を暗黙の了解として強制することがある。競技会に先立って近体詩の字の並べ方は事細かに連ねる一方でその他の審査基準を一切明文化しないのはこれに当たる。文藝を志す人に全漢連は唐詩墨守委員会ですよと断らないのは失礼である。以上が漢詩界隈に人が寄らない理由である。
〈先頭をすすむ真鴨の嘴が真鴨の群れを一個率いる/白川ユウコ〉『ざざんざ』六花書林。磐田市の桶ヶ谷沼、カメラの縮小からの拡大という変化
けさの路傍流瞥。和地山上交叉点にて。おとついからか、蟬があちこちで啼きしきっている。
〈秋水や遠州弁を母語とする/澤田和弥〉『澤田和弥句文集』東京四季出版。秋水という季語の斡旋がさびしげ
〈からっ風吹く遠州の可美村の神社には無し苔のみどりが/白川ユウコ〉『ざざんざ』六花書林。どこの神社かは分からないけれど苔も残らないほどからっ風が過酷ということか
扈美主義は媚び過ぎ。驕奢との一体感。批評よりも標語ばかり出て来る。
地方都市が生業としてのクリエイターを増やす施策をするのは自殺行為です。それは隠喩ではなく、水道・ガス・電気・物流が止まります。
"一方で「政策として重点化すると、外から来た人にお金が使われているように映り、地元で頑張ってきた住民はどうなるんだという思いが出てくることはよくある」といい、投票行動につながった可能性を探る。僅差の選挙結果については「ある種の分断、壁があることが可視化されてしまった面はあると思う」と伊藤さん。"どこでも起こりうること
"事前に市民に知らされる場面が少ないなど政策形成での「プロセスの不透明さ」▽市民を巻き込まずに、一部の自治体幹部や議員、芸術団体の中にとどまる「アクターの偏在」▽資金が上から下りてくる「垂直関係」▽作品が生まれる過程が見えない「もう一方のプロセスの不透明さ」"「豊岡「演劇のまち」掲げた市長はなぜ……」
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卒業や壁は画鋲の跡ばかり(澤田和弥)。この一句が沁みる。こんど鴨江に行ってみよう。
目犍連Moggallānaのその逸話は盂蘭盆会の由来なのでは?
花田清輝は1909(明治42)3.29生。
吉本隆明は1924(大正13)11.25生。
15の年の差は大正年代にひとしく、文学者の戦争責任をめぐる議論ひとつをとっても、花田いわゆる〈ヤンガー・ゼネレーション〉のひとりである吉本との論点にズレがあるのも已むをえまい。#革命
釈迦十大弟子のひとり、神通第一と謳われた目連(目犍連)が、地獄におちた母をすくったことに由来する、ということです。
前半に資本主義と共産主義の二項対立が描かれ、資本主義≒新自由主義としても共産主義の"権力の中枢である中央指導部"を否定したのが1968年の#革命 であり、そこから簇生したanarchyかつノンセクトな潮流を"日本は資本主義的な面と共産主義的な面の両方を曖昧に受け入れている国"と氏は表現しています。そこを的確に表現できると批評たりえます
「しかし、[スポーツの世界と比べて]商業文学の世界で同じような求道的な目的を持った人は見かけません。むしろ、そういう目的を持った人は、商業市場に取り上げられない「アングラな人」でいる場合が多いのです。」文学業界への提言より。面白い文が読みたい。自他の為に専門性の高い文章を書き続けられるか。
〈時の日や寿司屋一代限りとす/澤田和弥〉『澤田和弥句文集』東京四季出版。浜松市中区鴨江2丁目2-6(消防署鴨江出張所の南、芥川写真館の西)には「さわだ」という寿司屋があった。店内には相田みつをの書が飾ってあった。
〈値を訊かず「これを包んでください」と静邨陶房の紅き皿/白川ユウコ〉『ざざんざ』六花書林、森町の赤焼き
よくわからないまま第二章は終わりですね。7月の残りは書き足りないことがあれば書き込んでください。第二章で紹介された作家、大西巨人や花田清輝などの著書の読書録・引用なども歓迎です。 #革命
きょう19:40すぎの西空。やはりきのうの夕陽の反映は尋常では無かったのだ。
五音や七音の定型の神髄は軽みであり、生々しさを其の儘書くには独立するしかないかも知れない。
他の定型だと「書物地獄に蠅共交み首を吊るしかない偉人」など。やはり兀兀した感触が抜けてしまう。原詩は全く動かない気がする。
よく見たら前の字の部首は心でした。愚かしさを共有しても悔いの無い関係は得難いです。小動物は「雉與己馳世乎」。
愛菜がソの夢有りや無しや鍵穴ン この句を髙鸞石氏に捧げたい。そうおもいます。
暴発寸前の定型律、という感じがして、わたしは嫌いではありません。高柳重信に近いかも?
その伝で〈惧耻譽 倶癡歟〉というのはどうでしょう?
わたしの路傍流瞥。中央区萩丘2丁目。何というか神社かは知らない。スマホで調べてもわからない。ただわかるのは、ここら一円が昔〈一本杉〉という村だったこと(案内板に書いてありました)。
浜松市葵東2丁目のデニーズにて。彼奴等は何者ぢや。
懐かしの昭和前衛俳句、という感じがしてなりません。発想法や語句の斡旋の仕方がモロそれだと言えます。
ぐちゃぐちゃの当て字「愚千夜虞血耶」は「愚(生)は千夜、血を恐るるか」と訓める。切実だ。
書物地獄に蠅は交尾し首吊る偉人(『灰燼乃地』獄舎) この詩は有季定型で詠める。寺山修司の表現を踏襲したのだろうが、後追いに過ぎない。「書庫に蠅交みて首を吊る偉人」で地獄は描写できる。但し、書物地獄を書庫と纏めて良いのか、古書他とすべきかは原作者の判断を仰ぎたい。
権威に対して反論や補足をする時に「生成AIによると」と前置きするのは有効かもしれない。但し、ネット老人会からするとwikipediaや2chを根拠にするよりも滑稽で失笑する。「私は」は角が立つので。箸にも棒にもかからない人には抑発言権が無いのである。
会の全体を批判するというよりは会を委縮させている裸の王様に対する批判ではあります。今回槍玉に上げたコロイドは高校で習う身近な概念です。表情を覗っていると参加者には疑問に思っている人も何人か居たようでした。但し、その違和感が発言に繋がらなかったのを重く見ています。なんだか貢献する気が失せてしまうのです。
或いは教育的観点からこのような芝居をした可能性もある。教える為には一定の有効性があるが、無知や衒学を嗅ぎ取って離れてしまう人もいるのを忘れている。唆さないと言葉を調べない人を集めて何がしたいのだろうか。詩人として際立つ簡単な方法の一つが学習であると結論せざるを得ない。
日本では詩人が古今東西の概念や言葉を日常語に同化する事で文明の同一性を維持してきた。皆大好きな宮沢賢治は実験的な擬音擬態語や方言に関心があっただけでなく、地質学を中心とする科学の言葉を消化し詩に昇華した人でもあった。今回のある選考会にお邪魔して感覚や感情に流れがちな現代詩人だけが売れているとの観が深まってしまった。
コロイド(膠質)は溶液と沈殿の中間の状態で例えば牛乳や霧がある。言語への飽くなき興味関心を持つように言いながら知らない単語を調べず、調べたとしても生成AIの煙に巻く説明で分かった気になる詩人の集まりには所属したいとは思わない。言葉のプロであるべき詩人が言語探究を怠っているのだから社会で伝わる言葉が減るのは当然だ。
けさの路傍流瞥。浜松市中央区住吉5丁目。旧浜松市上水道浄水場正門まえから北の空をあおぐ。
抑圧された"花田的ユーモア"(『#革命』p.63)と猖獗をきわめる"ヒューマニズム的・疎外論的マルクス主義"は「人間の顔をした社会主義」につながるのか?
交通情報でお馴染みの中沢町交叉点。とっくに営業をやめている〈住宅情報館〉は、正確な時刻と気温を日々たゆまずに報せる。しかし20:23現在で〈31℃〉とは…
…と、おもったらちゃんとありました燕の巣。しかも2箇所。20時をすぎても雛たちは眠らず、親鳥の御馳走を待っていました。
中央区新津町、スーパーの〈フィール ハミング〉まえ。小豆餅の〈フィール フィルタウン〉と似たか寄ったかである。ただひとつ、燕の巣が見あたらないことをのぞいては…
中央区野口町にて。こんなに夕陽の反映がつづくのはなぜ?雲が多いからか?反映は東にまで及んでいる。
中央区中央1丁目にて。19:40にして未だ暮れなずむ夕空。
中央区幸2丁目にて。同住吉5丁目の高台中学校裏の藪を栖とするのか、ゆうべの鴉声がけたたましい。そんな谷地に営む〈パンダ保育園〉のパンダが人間らしくて可愛い。
わたしの路傍流瞥。浜松市中央区高林3丁目。新盆の迎え火。
やはりあそこは曳馬坂でしたか。ただHikuma-dekliva stratoあるいはStrato de čeval-tirada deklivoなどのほうがいいかも
おゝ、ちゃんと三十一音におさまってる!それにしても浜松をここまで歌ってくれてる歌集って今までありました?
Hikuma-deklivo stratoあるいはStrato de čevalo-tirado deklivoで、いかがでしょう?
〈なんでひとりで外へ飛び出たがるの!浜松はつまらないんだもん!/白川ユウコ〉『ざざんざ』六花書林。直情系短歌
路上観察:高町バス停に落ちていたMIWAの鍵(浜松市)C-2 320 2DK
路上観察:Te La Mondo(浜松市)静岡県浜松市のEsperantaĵo/エスペラント関係事物のひとつ。絵本の店キルヤに前原さんのエスペラント絵本もあったから連尺交差点から高町交差点を結ぶ道(曳馬坂?)をエスペラント通りEsperanto-stratoと命名してもいいかも
路上観察:Kiom(浜松市)静岡県浜松市のEsperantaĵo/エスペラント関係事物のひとつ
路上観察:日本語Graffiti sticker「気楽に楽しもう!」(浜松市)伝馬町
この伝馬町地下道にある浜松オートのポスターはいつから掲示されているのだろう?
路上観察:浜松駅北口地下広場の家財道具一式(浜松市)
路上観察:アクトシティ地下道ギャラリー浜松市中学生美術作品展示(浜松市)けっこうここ好き。北星中美術部の風景画、曳馬中の抽象表現と写生画、北部中の物語を持つ面など
路上観察:遠鉄バスelectric bus@ソラモ(浜松市)
〈いっせいに蓬が白き葉裏みせ夏の遠州かぜ強く吹く/白川ユウコ〉『ざざんざ』開発社、徐々に白い葉裏をみせるのではなくいっせいに、それくらい雨上がりの遠州のかぜは強い。
この詩を中田島で朗読した、ってことでよろしかったですか?
路上観察:SISTER ANN DC-3飛行機(浜松市)中央区白洲町、村櫛三方原線沿いに突如あらわれる。
和地山の浜松福音自由教会にて。使徒パウロがしたためたと言われる「コリント人への前の書」第10章13節。文語訳〈神は眞實なれば、汝らを耐へ忍ぶこと能はぬほどの試煉に遭はせ給はず〉。キリスト教徒がこうむった数かずの迫害、それによる棄教をおもえば(口語訳ならばなおさらに)胡散くさく感ぜられる。
舘山寺サンビーチには海(湖)水浴客が100人ほど。
久しぶりに舘山寺に来てみたら牛乳プリンをまち全体で推している。Hamanako ENGINEにて
中央区田町。マビーセブンの側面。となりの旧店舗が解体せられたため、今しかみられない。
わたしの路傍流瞥。浜松市中央区田町。なにもこんなところにまで書かなくても良くないですか的graffiti。
引佐町井伊谷にある浜松市地域遺産センター。2階にあるプロジェクションマッピング✕ジオラマ「井伊谷戦国絵巻」はなかなかに力が入っている。
五味八珍湖西店の「味」看板。うしろのBicycle Twocycleが言語的に気になって仕方がない
新川青空えほんひろば。場内アナウンスを合図に、午前11時まえから、高音だけど声が嗄れているおねえさんが鍵盤ハーモニカで「おもちゃのチャチャチャ」を弾く。呼びこみならむ。そして「いっぽんゆびのはくしゅ」という指あそび歌をうたってから大型絵本の読みきかせ。卵からどうぶつのあかちゃんが飛びだす。
聖隷浜松病院にて。自動演奏のアップライトピアノ。B棟落成当初は1階ロビーにあった。いつのまにか2階にあがられ、外来が閉っている日曜日でも定時に演奏している。
"このユーモアはその前提となっているマルクス主義自体が再審に付されている状況の中では、効力を発揮することが難しい""そのユーモアは(略)「歴史の必然」という観念の信憑を問わぬ「党員」であることによってのみ、可能なものだからである。ところが、問われているのは「党」それ自体なのだ。"(『#革命』p.62)花田清輝のユーモア
〈はんにゃ寺前、はんにゃ寺前のアナウンス南へ向かう初めてのバス/白川ユウコ〉『ざざんざ』六花書林。遠鉄バスの三島江之島線だろう。南区役所(現・南行政センター)へ向かっていたのか?
雨が多かったせいか咳風邪でゼェゼェしているこどもが多い
〈ここに生きし穴居の民もわれわれも悲しきいのちはおなじことなり/大西巨人〉(『#革命』p.58)"この「われわれ」とは、例すれば「スカイ・スクレーパーが四方に林立する(あるいは、インターネットないし移動体通信が縦横に飛び交う)環境に生きる民」のことである。"(大西巨人「悲しきいのち」『二十世紀前夜祭』光文社)
復刊希望投票対象の中で此処での話題に沿った本はモリスの民衆の芸術だろうか。モラーヴィアの小説無関心な人々も注目すべき。列子上下と漱石詩注は2026年7月に重版しているらしい。
浜松科学館みらいーらの館内カフェはみらい食堂一莉にさだまったのだろうか
なるほど。たとえばキリスト教などでも①②のような神の試練という言葉がありますが、これは最後の審判という永久革命論の原型みたいなものがあるために成立しています。人は愚かではありませんから、前向きに捉える・信じるためにはそのための宗教理論が必要だと考えます。
〈歴史の必然〉が崩壊したとしても、①「これには何かの意味がある」「わたしたちは試されているんだ」などと前向きに捉える。②拠りどころを失いたく無いがためになおさら信ずる。こういう〈非転向〉もありうるのでは、と思った次第です。
楽しみの為に創らん芸術の叙位振る人はいづくにかある
それって「歴史の必然」が崩壊していないのでは? #革命
お答えします。なんだか仏教に似ていますが…①資本主義の終焉と無産階級による新社会の将来を予言。②『資本論』を第一原典(経典)とする教条主義。③資本家を悪とし、無産階級を善とする二元論。こんなところでしょうか。
その場合、そのマルクス主義はどのような教義をもつ〈宗教〉だと考えますか? #革命
#革命 〈歴史の必然〉が崩壊してもマルクス主義からの非転向は可能とおもいます。ただし〈宗教〉として。
二句切れですね。「まだできてない浜松で」と連体接続をすると単なる報告です。二句切れにして〈友達はまだできてない〉と〈浜松でまだ大怪我をしたことがない〉と一見すると関係なさそうなふたつの事象を並置することでそのふたつをどう結びつけようかと読み手に想像させる余白が生じます。
"ニューレフトもまた一つの難問を解決しなければならないだろう。「歴史の必然」が崩壊したのなら、果たしてマルクス主義からの非転向は可能か、という問題である。"(『#革命』p.58)永続革命論か今ここにある享楽=革命か。マルクス主義≒唯物論のやっかいなところは意志の力は必然よりも弱いところ
この歌は二句切れでしょうか。そうで無ければ初句の〈は〉は〈が〉となるべきでしょう。
裏路地(路地裏)が好きです。こどものころからの性癖かもしれません。旧東田町の、遠鉄ストアがあったあたり(遠鉄旧線踏切跡)も好きでした。北寺島のあたりもこれから変ってゆくでしょう。
今夜は昼間の熱気が冷めやらない。自治会の公民館(会館/公会堂)には必ずと言っていいくらい神社が隣接している。もともとあった神社の境内に公民館を建てる、あるいはもともと何も無かったところに公民館を建てて神社も設える、などのケースが考えられる。ここは幸町会館。鉄筋三階建。エレヴェータ無し。敷地内に祠のような幸神明社がある。
浜松市城北図書館にて。戸外はいよいよ灼熱の度をましつつある。
おもろとは、中遠の袋井市・磐田市で食べられるとろとろになるまで煮込んだ豚足のことである。
中央区和地山。きのうは光のせいか黄ばんでみえた町が、きょうはなんだか青くみえる。そして暑い!
セレブとは希ガスのような気がするが放電管に囚われている
けさの路傍流瞥。浜松市中央区幸1丁目にて。早朝から蒸し暑かったが、雲のおかげでいっとき暑さがしのげる。
〈友達はまだできてない浜松でまだ大怪我をしたことがない/白川ユウコ〉『ざざんざ』六花書林。踏み込んでいないから怪我もさほどではない。
〈ここの生きし穴居の民もわれわれも悲しきいのちはおなじことなり〉大西巨人「悲しきいのち」(『#革命』p.58)過去と現在と未来とがひとつづきという大西巨人の歴史への態度
中央区田町交叉点にて。浜松市の〈象徴〉をふりあおぐ。
旧城北図書館跡地。門塀とアプローチ(以前の投稿で〈車寄せ〉と書いてしまい失礼しました)のみが残る。横断歩道があるのは図書館(あるいは市営バス独身寮)のためでもあったのか。
中央区幸4丁目にて。この暑いさなか、あちこちで旺んに蝶が飛びかう。たまたまこれを目撃し、カメラ(スマホですが)を向けた。
中央区東田町と早馬町のあいだの排水路を広小路側から撮影した。かつては新川まで水が通い、アヒルが泳いでいた。
わたしの路傍流瞥。排水路を境にして、画面右手が中央区東田町、左手が同早馬町である。排水路は広小路をくぐって、現在中央区中央となってしまった旧東田町まで遡れた。その排水路に沿って質屋小路があったのだが、いまや跡形も無い。
きょうは早朝から曇って涼しかったが、朝9時までに晴れあがり、日差が厳しさをまして蒸し暑くなった。中央区住吉2丁目にて。
アートとは名ばかりで商業主義的なフェスやイベントが静岡県西部や浜松市では目立つ。だからイベントや出店の宣伝に後ろめたさがあるのは分かる。そこで芸術そのものや詩歌やイベントや出店者への贈与というかたちでの宣伝はどうか。商業宣伝のようなライターやデザイナーは使わず宣伝効果も気にしない、贈り物としての宣伝や批評や物語は。
東となりに小綺麗な松山デンタルオフィスができたところですか? すこしかわいそうと思っていました。
ハン・ガンの書肆縉紳の半眼に処しかね終に深深とせり gentryとgentleは同根の語だ。日本人でなくともEngrishではないか。
思想そのものではないが、どっしりとした器の美を顧みず、詐欺的な手法で売りつける切子のクリエイタもこれだろう。
▼画像を添付したときは拡張子のみが表示されます。▼スマホでも返信もとの冒頭数文字を参照できます。▼きえることば機能はなくなりました。
ありがとうございます。転向論、すこし見えてきました。 #革命
白川ユウコさんの歌は平易でありながら修辞が巧みだとおもいます。集題は〈浜松の風はざざんざ〉から来ていますよね。浜松在住、浜松以外在住の多くの方がたにも読んでもらいたいです。
〈理にあわぬ、つまらない現実としかみえない日本の社会の実体のひとつひとつにくりかえし叩きつけて検証されなかった思想が、ひとたび日本的現実のそれなりに自足した優性におぼれたときこそ無惨であった〉その無惨の再現をおそれた。あるいは〈封建的劣性との対決を回避〉してさらに尖鋭化する事態を吉本隆明は予感していたのかもしれません。
お答えします。わたしが読むかぎりにおいて〈優性〉とは文化や思想などの伝統をさし、〈劣性〉とは偏見や差別などの非合理的な慣習、先進諸国とくらべて開発・発達のおくれている範囲をさすものとおもわれます。なお、他の方から顕性・潜性の旧称ではとの疑問もありますが、なにぶん「転向論」は70年ほどまえの論考ゆえ旧称なのです。不悪。
転向は封建制の日本的な封建制の優性に屈した、非転向は日本の封建的劣性との対決を回避した、か。封建制の優性と劣性の違いはなんなんですか。#革命
商いの言葉は詩だと感じた。結霜月華という硝子の器をテーブルに置くとぐらつくので「不安定ですね」と言うと「ゆらぎです」と返される。それは詩だと思った。オーダーメイドによって通信販売の速度を否定するのもイタリア未来派への反駁という詩だ。商いの言葉は詩でできている。だから商人はまやかしの秘密を知悉する詩人を恐れる。
中央区幸4丁目。ゆうべの光景をおもいだす。21時ごろに通りかかると、高校生の男女が居た。草生に自転車を停めて、ポールライトの下でじゃれあい、抱きあっていた。男子は赤のトレーナーに黒のパンツ、女子は夏の制服だったとおもう。女子は髪を腰まで伸ばし、顔が男子の胸にくるほど小柄だった。恋の記憶に幸あれと願いつつ、わたしは去った。
わたしの路傍流瞥。浜松市中央区萩丘2丁目。晴れたり曇ったりしながら朝の涼気は消えて、徐々に暑くなっている。家々の立木からは蟬の声が聞える。ロシアンブルーは縁先で寝そべっている。
#革命 吉本「転向論」〈わたしは、佐野、鍋山的な転向を、日本的な封建制の優性に屈したものとみたいし、小林、宮本の「非転向」的転回を、日本的モデルニスムスの指標として、いわば、日本の封建的劣性との対決を回避したものとしてみたい。(略)そこに共通しているのは、日本の社会構造の総体によって対応づけられない思想の悲劇である〉
モスクなのでイスラーム圏の共通挨拶سلامの語根「S-L-M」(平和・平安・健康)を意識したと思います。もちろんヘブライ語の挨拶שָׁלוֹםもこのسلامやフェニキア語𐤔𐤋𐤌やアッカド語𒃻𒆷𒈬やエルサレムやソロモンなどと同じセム語の語根šlmを語源とする仲間です。ただこの歌は白羽町→白鳩→平和の連想線もあると考えます。
無理心中は入野町の歯科医師一家か。6日は舞阪町でインドネシア国籍女性の殺人事件があったし浜松市の旧西区が最近不穏です。
歌碑にしてほしい歌ですね。地元のひとにしかわからないかもしれませんが、白羽という土地柄を的確にとらえている一首だとおもいます。〈平和なれ〉は、ヘブライ語のシャロームを意識して言ったのでしょうか。
方吉本隆明「転向論」は宮本顕治など非転向者の聖職者化を防ごうとしたのだろう。 #革命
吉本隆明「転向論」、宮本顕治"の非転向はコミュニストとしてはありうべかざる「大衆」からの孤立=自閉によって可能となったものに過ぎぬ、というロジックによってである。"(『#革命』pp.53-54)中野重治らの主体的な転向はナアマンの自由(内面の自由)から捉えうるということか?
〈白羽町モスクの前の農協で新たまねぎを買う 平和なれ/白川ユウコ〉『ざざんざ』六花書林。モハモディモスク浜松の前にあるJAファーマーズマーケット白脇店である。
バイヤーを挟んだ大量発注とスピーディーな販売ではなく、作り手に直接オーダーする買い物という価値を提案する。速度を求めない商環境
イワクラタナカさんのポップアップストア、結霜月華とデニム@West Goat Coffee 2階
伝馬町のoverdub、Hisanori Yaghiさんの個展HOLY TOURSが7/18(土)-7/26(日)に開催
West Goat Coffeeの2階にイワクラタナカさんのポップアップストアが来ていた。
路上観察:テレビジョン発祥の地(浜松市)しばらく広沢方面に来なかったら鹿谷郵便局から市立高校のあたり、道が改良されている?
詩と散文『駅』146, 発行人:那須田浩、発行所:駅の会(中央区富塚町)表紙右下の古いヨーロッパの鉄道地図がよい。
浜松文芸館「浜松市民文芸70年の歴史」展、ちょっと寂しげ。自分のところの企画についての展示なのだから、もっと多方面からの批判も含めた見方を並べて提示してもよかったのでは? というのは既存の文壇的権威や選者という権威に拠りすぎた展示になってしまっている。地方都市の文芸誌がもつ視座としてそれは有効なのだろうか
"吉本の転向を主題としたポレミーク"(『#革命』p.53)、ポレミークはpolemicではなくpolémiqueなのかな
〈遠州の風にはアルミサッシ鎖したったひとりの耳鳴りを聴く/白川ユウコ〉『ざざんざ』六花書林。遠州からっ風
"一九三〇年代は、それ以前もそれ以後も繰り返し参照される特権的な時代にほかならない。"(『#革命』p.52)"一九三〇年代問題が「近代」におけるリミットを構成していることを意味している。"(『#革命』p.53)1930年代は戦間期、昭和恐慌とモダニズムと軍部の台頭というイメージしかありませんでしたけれど
エアフェスタ浜松2026は2026年10月25日(日)に開催。〈戦争のときにはもっと待つだろう基地出口へのシャトルバス待つ/白川ユウコ〉『ざざんざ』六花書林。
朝日新聞朝刊「折々のことば」に『我が詩的自伝』が取上げられていた。吉増剛造のオーラル・ヒストリーだ。〈これは旅心と言ってもいいや〉〈ほんとに果てまで行っちゃおうという、それは創作がもたらすもの。辺境性〉〈外へ出ていくとそういうところまで行くわけ。ぎりぎりまで。立て看板のあるところまで。あるいは網走番外地の柵まで〉
最近すずしい日がつづく。今日もそう。いま小雨が降っていて東風が強い。城北図書館(新しいほうです)にて。
路上観察:青田は自分のことを青田だと知らない(磐田市)
静岡県西部でもここ数年で郵便配達のEVバイクが増えた。このEVバイク、環境にはやさしいのかもしれないけれど人にはやさしくなく、ある局では一ヶ月に3人が全治数週間から数ヶ月のケガを負ったという。全国的にもガソリンバイク→EVバイク切替による骨折は増えている。
"埴谷=黒田観点に立てば、革命は無限の未来に成就されうるものでしかなく、それゆえ、今ここにある六八年は革命たりえないのである。"(『#革命』p.50)今ここの革命を否定して歴史の必然を延命させるという革マル派(黒田寛一)のアポリアἀπορία、対して今ここの享楽に革命を見て歴史の必然を放棄するブントなど。ニューレフト内の差異
けさの路傍流瞥。浜松市中央区幸4丁目。児童遊園まえの道路にカタツムリが居た。こうやって見るのはひさしぶり。
今日も妙にすずしい1日だった。浜短新キャンパスの夢は〈夢〉に終った。
夏の夜市は7/19(日)・8/8(土)に浜松城公園で開催とのこと。夏の夜市という名前は今日あった森の朝市との比較だろうけれど「城の夜市」ではダメだったのかな? 雙城街夜市を連想させちゃうけれど
中央区住吉1丁目の広大な空地は宅地になるらしい。シロツメグサの咲く草生もいつまで見られまい。噫…
路傍流瞥。1メートルに満たない幅の溝と〈生活者ファースト〉をはさんで、城北2丁目と住吉1丁目が睨みあっている。
中央区和地山3丁目、和地山公園自由広場まえ。〈浜松市営バス跡〉の石碑がみえる。画像左手には‘Hi-Cube’とやらが立っている。
中央区文丘町。城北図書館跡。3階建ての図書館は、そもそも浜松市営バス女子寮であった。何人部屋だかしらないが、部屋をぶち抜いて書架をならべ閲覧室をひらいた。いまは駐車場となっており、門塀と車寄せが辛うじて残っている。画像左手、クルマの停っているあたりには庭があり、女子寮の頃からからあったとおもわれる。
わたしの路傍流瞥。文丘から富塚へくだる長坂にて。画像左てまえが文丘町、すこし坂をくだると富塚町、んでもって道をはさんで右手が和合町と、まことややこしい地点である。
〈新居にはわたしひとりの部屋があり夫婦ふたりの暮らす浜松/白川ユウコ〉『ざざんざ』六花書林、ヴァージニア・ウルフ『自分ひとりの部屋』が本歌としてある。
"そこで争われたのは、まず何よりも芸術的センスの有無が同時にニューレフトのアイデンティティーを保証するという問題なのであった。六〇年代の文化的ヘゲモニー闘争が、文学から映画・美術へと推移していくこと自体、サブカルチャーをバックグラウンドとした六八年革命への移行を示している。"(『#革命』p.47)共産党は文学者・芸術家を除名
"トロツキーにおいては、政治的前衛と芸術的前衛が幸福な結合をとげている。"(『#革命』p.46)埴谷雄高「永久革命論」という空想による文学性もそうだけれど、トロツキーを参照先とするニューレフトの芸術への接近はアンドレ・ブルトンとトロツキーがメキシコで出した「自立した革命芸術のために」を嚆矢とするのかも
比較のため、先月6日早朝の写真を送ります。画角はちがいますが…
おはようございます。気づかないうちに町は変わっていきますね
けさの路傍流瞥。中央区住吉北交叉点。道路拡幅のため〈洋服の青山〉の大型看板撤去の工事中。先週から始まっていたようで、全然気づかなかった。
〈静岡は静岡県を指すときと静岡市だけ指すときとあり/白川ユウコ〉〈静岡を出でてわたしは三島にて産まれた人と浜松に住む/白川ユウコ〉『ざざんざ』六花書林。静岡県内の地域意識についての短歌
"六〇年安保を全学連をとおして牽引したブントの出発が「全世界を獲得するために」という宣言にあったことは知られているが、その預言者的ナルシシズムこそ、「六八年」で否定されたものなのである。"(絓秀実『詩的モダニティの舞台』論創社) #革命 聖職者化した知識人/クリエーターはすでに六八年で否定されていたはずなのに
浜松駅の自動改札口は全開放、紙の切符は係員へ渡す方式。怒涛のように押し寄せるびしょ濡れどもは弁天島花火大会帰りの乗客
浜松駅は人身事故で絶賛遅延中。19:34分発の興津行きが今から出発します。弁天島花火大会帰りの客を迎える弁天島駅はどんな感じだろう?
浜松駅の駅南地下駐車場で、おそらく弁天島花火大会帰りの子たちが壁に向かって踊っています
ラストオーダー直前に参野町交差点南西のファミリーレストラン?いちごカフェに入る。ブロンコビリー浜松参野店が閉業してからビュッフェレストランGRAND BLEU、スパイス食堂りんりんカレーと目まぐるしく変わり、今はいちごカフェに落ち着いている。
自家発電というか自給自足というか、これなら新聞をとる必要無いじゃん!
統計をとっているわけでは無いので、正直なところよくわかりませんが『毛沢東語録』は日本でもよく読まれたので、間違い無く大きな参照先であったとおもいます。グラムシもよく読まれたようですが、当時の学生は何よりもまず『共産党宣言』そして『資本論』だったでしょう。
反代々木派の参照先はトロツキーのほかにも毛沢東やグラムシなどいたはずですが、実際の割合はどのくらいだったのか #革命
わたしの路傍流瞥。中央区元目町。べつに菊伸さんがわるいわけじゃ無いんですけど(「八月の鯨」の頃もそうでしたが)、外観でお隣に負けてしまう「サイダーハウスルール」。
"美術関連ノミの市:美術関連図書、画材、機材、モチーフ等をお譲りします。7月5日(日)AM10:00~PM4:00"これが気になる。アトリエに置く本や物品は魂が籠っている気がする。
わたしの路傍流瞥。中央区天王町。画像左手、いまはコンコルドの駐車場になっている敷地に近藤紡の社宅があった。社宅と歩道とのあいだに桜並木があって、花時に中田町交叉点から東に入ると桃いろの花の帯が見えた。
TYUの門構え。GOOD BEERとNICE HAIRという異色の組み合わせ。ちなみにTYU↔gramme↔タテイシ関光には一種の枢軸が貫かれていると見ています。
路上観察:壊されたバス停標識(磐田市)浜松バス豊島北バス停
浜松駅バスターミナルにて。清掃にたずさわる方がたに感謝します。
なるほど、多くの人が集まる仕事場を中心に栄えていた感じなんですかね。スナックの閉店が相次いだのは、コロナの時期に夜にお酒飲みに出かける文化自体が下火になったことも理由のひとつにありそうです。
アートZINEの収蔵数はプスプスの方が多いだろうけれど、ZINEそのものだけで見ればTe La Mondoの箱もなかなか。今後は静岡県西部のZINE図書室としての役割も期待できる。
引用ありがとうございます。業田氏がこれを知ったうえであえて上五に〈かな〉を用いたとすれば、作者はなかなかの才子といえましょう。上五の感慨は一様ならざるものに読めます。
ですね。歴史の必然の解体、主体の脆弱さゆえに"歴史的必然が保証する革命の成就を「半世紀から一世紀」先ではなく、埴谷のごとく、無限の「未来の無階級社会」に設定しておくことが必要となる。その無限の未来において、ようやく真の「主体性」も確立されうるだろうからだ。"(『#革命』p.45)ブランキ『天体による永遠』みたいに詩的だけれど
#革命 〈歴史の必然〉が否定せられるならば、それはマルキシズムの否定をも意味するでしょう。そもそも必然など存在しない/し得ないからこその〈永続革命論〉でしょうか。
おなじく住吉2丁目。〈5つの銅貨〉というネーミングが洒落ている。昼は喫茶、夜はスナックという営業形態だったとおもう。休業から30年ちかく経っているにもかかわらず、店はまだ存在する。
けさの路傍流瞥。おなじく住吉2丁目にて。スナック〈すいれん〉はオープンから40年ちかく経っているのでは無いか。週3日しか営業しないとはいえ、よく頑張っている。
ビッコミオリジナル最新号表紙。上五の切字〈かな〉ってありなんですか?
けさの路傍流瞥。浜松市中央区住吉2丁目の道のうえ。いよいよ夏が来る!
これはもちろん否定される。"革命が個人によって「主体的」に裏切られうるものなら、そこにはすでに「歴史の必然」という観念は存在しえないし、反対に歴史が必然的であるならば、スターリン個人の裏切りなど不可能なはずだからだ"(『#革命』p.44)論理が強い。こういう文章を書いてみたい。
"「裏切られた革命」という視点は、まず、革命が裏切られながらも、いまだ初発の革命を保持していると見做しているという点で、「歴史の必然」という概念を温存してくれる。","革命が「主体的」に裏切られたのなら、それは逆に「主体的」に撓めなおすことが可能なはずだ、という観念にほかならない。"(『#革命』p.44)歴史の必然と主体的の共存
〈結婚の届けを出した浜松の役場の庭の夏椿かな/白川ユウコ〉『ざざんざ』六花書林。市役所か旧南区役所か
初生にスナックが多いのも、近くにホンダの工場があることが大きいかとおもいます。小豆餅界隈にも中小工場が多かったですし。
そうそう、それもありますね。わたしの住んでいる近所にもスナックが点在していましたが、ここ30年のあいだにほとんどの店舗が店じまいしました。コロナ禍も影響しているでしょうね。
そのころ30代だったスナックのママももう70代ですから夜の店を続けられなくなっているのかもしれませんね
わたしは1988年から高丘のコンビニで働いており、花川(当時は吉野)ゆきのバス通りや外周道路などにスナックや飲食店が立ち並んでいたのを覚えています。自衛官、トラック運転手などを目あてに営業していたのでしょう。〈失われた30年〉のあいだに高丘の活気も失われたようにおもいます。
初生・高丘のあたりはスナックやスナックの跡地が多いような気がする。理由が気になっているけれど、こういうローカルな特徴ってどうやって調べれば(推測すれば?)いいのかすら見当がつかないので、今後も調べることなく終わってしまいそう。単に、このあたりに住宅が多いから、徒歩でお酒飲みに行ける店が発達した、みたいな感じなのかな。
言われてみれば伊地知さん、浜松アーツ&クリエイションの職員かも
踊るビール好き→オルドビス紀と聞こえるからQの字は鸚鵡貝の一種エストニオケラスを暗示しているのだ。多様性の時代。
個人ホームページの紹介を読んで確信が持てたが、伊地知氏は五月のおむすばで音楽を流し、相談を受けていた方だと思う。
インスタでみる限り、古民家あるいは商店のリノベーションみたいですね。ジュビロードにけっこう多い(以前どなたかがあげておられたカフェも確かそうでしたよね)。
伊地知氏は浜松の各所の催しで音楽及び音響を担当なさっている気がする。RYO氏は唱演歌手でもあるらしい。船越氏は制作課題が影響しているのか随分達観した顔つきで二十代とは思わなかった。
あいホールにて。いまは小雨。空模様をみる限りでは、もうじき止みそうな感じ。
ゆうべ、最寄のファミマではじめて白黒ポテチをみた。藤谷美和子ならどう言うだろう(この掲示板の画像は白黒なのでふつうのカルビーポテトチップスのパッケージも白黒になってしまいます。あしからず)。
けさの路傍流瞥。和地山上交叉点にて。早朝5時半は晴れていたが、1時間もしないうちに北と東の空が雲におおわれた。
自分たちを盛り上げたいのか、まちを盛り上げたいのか。マルシェにも通じる永遠の課題
新しい風は感じます。ただハママツクリエーターズフェス2026が盛り上げようとしているのはクリエーターのお仲間(開催趣旨で定義しようとした広義のクリエーターではなく「得体の知れない他者」としての)だったことが明示されました。お仲間や権威にこだわらなければ、もっと文化に関心を持てば浜松縛りでも限界はないはずなのに。
今年のクリフェスは新しい風を吹かせようとしているし、クリエーターをたくさん呼んでかなり盛り上げようという姿勢が見れる。
ただし別に浜松とゆかりがあるわけでもないクリエーターもちょこちょこ見られる。やはり浜松縛りでは限界があったか?
きょうは旧暦5月18日。雲の多い夜空の東に月がでている。中央区住吉4丁目の居酒屋〈樽〆〉。
また地震ですか? これから大きいのが来ないといいですが…
きょうも朝からジメジメした気候だったが、午後から晴れて急に蒸し暑くなって。でもいい景色。
震源地は静岡県西部、マグニチュード3.6、深さ30km、最大震度2だからそんなに大きくなかった
訂正、一つ山側の樽下の方が近い。お寺の下です。足腰の不自由な方は手を挙げて運転手に伝えれば停留所以外でも乗降者出来る。
所々ぬかるんでいたり滑りやすくなっていたりして足を取られそうになります。外に出る際はお気をつけて。
「強靭な巨人」とは画像のようなものでしょう。実際には存在しない筈なのに何故かあると錯覚してしまう。マナー講師の蔓延る伝統芸能に立ち現れる気がします。
言葉を省くことは非対話性ではなくむしろ対話性で、連衆による言葉の補塡を求める行為です。
俳句には対話性がありながら〈只管写生〉を旨とし〈多作多捨〉につとめる求心的あるいは禁欲的な面もあります。言葉を捨てる・省く非対話性は、連衆に言葉をあずける・まかせることでもあるのでしょうか。
けさの路傍流瞥。浜松市幸1丁目。柿の葉のみずみずしさは徐々に失せ、青い実が生る。
高橋睦郎の云う俳句の存問としての対話性と千野帽子の云う未完結な多声による対話。未完成な散文としての俳句を韻文として捉えるとずれてゆく。
"俳句は複数の人で作り合う散文の一パーツだ。"(千野帽子『俳句いきなり入門』NHK出版新書)ひとりごとではなく対話としての俳句
"日本のニューレフトの誕生はトロツキズムの導入を抜きにしては考えられない。"(『#革命』p.40)永続革命論による世界革命・官僚中間主義への批判、マルクス主義を捨てず左翼でありながら左翼権威を打倒するロジックとしてのトロツキズム
伝統は案外可塑性がある。幽けく過疎って行く位ならば壊す意気で取り組んだ方が良い。強靭な巨人に挑むのだから。
古川美佳『韓国の民衆美術』p.140 〈朝鮮の美術伝統を再解釈したのが民衆芸術であった〉〈民族の情緒的一体感を表現すること自体を妨げる何らかの抑圧的な力が働く場合は、その要因を糺し、そうした状況をも変えていくことをめざす、それこそが民族美術・民衆美術だとしたのであった〉。ヘゲモニー獲得のための再解釈は伝統を歪める恐れあり。
引用感謝です。ウファン・リーは浜松市美術館で展示中の李禹煥이우환ですね。 "민족의 실체는 민중이며 문화의 주체자도 역시 민중이다. 살아 있는 민족문화의 발현은 주체자가 스스로 민중이 되는 창조적 활동에 의해서만이 현실적으로 가능하다."、元東石원동석なら「文化の主体者はクリエーターではなく市民だ」と浜松市の現状を言うかも?
きょうは夕方からシトシト雨が降りつづく。ここは尾張町かとおもいきや田町でした的な和風ダイニングの暖簾が可愛い。
古川美佳『韓国の民衆美術(ミンジュン・アート)』p.46。元東石曰く〈民族の実体は民衆であり、文化の主体者もやはり民衆である。生きている民族文化の発現は、主体者自らが民衆となる創造活動によってのみ現実的に可能である〉p.46 民衆のヘゲモニー獲得のためのアート。海外でヘゲモニーを獲たナムジュン・パイク、ウファン・リーのアート。
巨大な流れとは無関係に自分の芯を持てば虚無に陥らない。其の為には何をやりたいかよりも何をやりたくないかをはっきりさせる方がぶれない。 #革命
"「歴史の必然」からの解放"(『#革命』p.38)"歴史が必然として把握され、かつ未来が予料されなければ"つまりこれからの歴史がどうなるか皆目わからなければ主体はどうしようもなくてニヒリズムに陥るしかないということでしょうか
遠江狐疑出でて見れば久方の雲居に紛ふ掟つる白波 久方のは沢山の語に掛かる枕詞ですね。
古川美佳『韓国の民衆美術』岩波書店、どういうふうにつながります?
けさの路傍流瞥。浜松市中央区幸3丁目。朝日がのぼっている。空には薄い雲が多く浮んでいる。予報では、西から梅雨前線らしきものが東へ大きく張りだし、浜松も夕方から翌日にかけて降雨とのこと。
artscapeで「ヘゲモニー」記事を書いている星野太、『地域アート』で発言していた。"星野 ある種の巨大な流れが情念的に形成されていくときに、水を差していったり、違う見方があると指摘するような、批評の営みには、ファシズム的な空気に抵抗する部分もあります。(藤田直哉編著『地域アート 美学/制度/日本』堀之内出版)" #革命
"本質的かつ普遍的に見える既存の政治システムは、過去のヘゲモニー闘争の結果として構築されたものにすぎない。これは裏返して言えば、私たちはヘゲモニー闘争を通じて、普遍的であるかに見える既存の政治システムをたえず修正していくことができるということである。"
https://artscape.jp/artword/6732/ 浜松市クリエーター批判の淵源
#革命
"「指導権」が暴力的な強制からのみ生じるのではなく、従属集団の合意を巧みにとりつけることを通じて生じる"
https://artscape.jp/artword/6732/ 従属集団の合意取付けは例えばオープン・ミュージアム・ラボのアンケートに応じることなど。クリフェスもまた文化的ヘゲモニー闘争を戦っている。でも現状は「歴史の必然」ではない。
#革命
『
#革命』読書会第二章「文化的ヘゲモニー闘争の「勝利」とアポリア」を始めましょう。グラムシの文化的ヘゲモニー、つまり"「ヘゲモニー(egemonia)」とは支配集団による知的、道徳的、政治的な指導権を意味する。"
https://artscape.jp/artword/6732/ 選挙やcoup d'Etatで勝利して政権をとるのではなく、文化の指導権をとるための闘争について
ゆうべの路傍流瞥。元城町から茜ぞらをあおぐ。あしたは天気だろう。
中央区元城町。東照宮下の切通しの辻。日限地蔵尊から左は曳馬古城玄黙口。右へゆけば浜松いわた信金本店。まっすぐ東へ下れば元目町。わたしが立っている後ろも下り坂で6車線のバス通りに出る。
標準語をもちだしてすみません。音韻phonemeにアクセント、イントネーション、音の長短、高低などの韻律prosodyを組みあわせることで〈指示表出以前の指示表出をはらん〉だ、と、わたしは読んだのですが… いやあ難しい!
夕方5時台の姫街道を浜松駅ヘ向うバスは混みあう。静岡大学、六間坂上から多くの人びとが乗りこむ。静大教職員、学生が大半。聞える会話もそれっぽい話柄だ。
単音節の語を初めとする根元的な言葉は多分に擬音、擬態的要素を含むと言いたいのではないのでしょうか。splashとかは迸る感じを写しています。表出云々はソシュールのシニフィエ・シニフィアンの翻訳のような気がします。ラカン派の象徴界なども意識している気がします。
音韻はそれでなんとなくわかりました。ただ、韻律が指示表出以前の指示表出をはらんでいるというのがいまいちわかりません。指示表出以前ですから標準語にもなっていないでしょうし
著者は疾うにこの世を去っているので、苦情の持ってゆき場所が無いのですが、たとえば〈あー〉〈とー〉だけだと音韻の自己表出、〈アート〉と『NHK日本語アクセント辞典』が教える標準語で発声すれば韻律の指示表出、では無いかなとおもいます。
〈音韻〉も〈韻律〉も英語に読みかえたらどうでしょう。音韻:phoneme(言語音の最小単位)。韻律:prosody(話し言葉のイントネーション、強弱、長短など)。わたしはそれで何と無くわかりましたが。『純粋理性批判』『資本論』などとおなじで、漢語にしてしまうと余計わからなくなる概念ですよね。
ど・ど・いのつどいと遠州一時的自律圏がTe La Mondoさんのガラスに
音韻も韻律も、表出以前のなんとなくを含んでいるというだけのようでもあり、だからこそもありそうな
路上観察:音楽の都・浜松 マジカルミライ2026(浜松市)何かと思ったら初音ミク
難解な箇所ですね。わたしはその件りで挫折しました。
"言語の音韻はそのなかに自己表出以前の自己表出をはらんでいるように、言語の韻律は、指示表出以前の指示表出をはらんでいる。"(吉本隆明『言語にとって美とはなにか』)言語が基底にもつ感覚的母斑は、等時的な拍音である日本語では音数律としてあらわれている?
"言語の本質は、どのようなものであれ、自己表出と指示表出とをふくむものとかんがえればこれらの矛盾をなくすことができる。(略)言語の意味とは意識の指示表出からみられた言語の全体の関係だ。"(吉本隆明『言語にとって美とはなにか』)そして"意識の自己表出からみられた言語の全体の関係を価値とよぶ。"意味・価値・全体の関係
路上観察:今朝のUP-ON STUDIO(浜松市)
静岡新聞6月30日読者文芸。俳句〈雨戸引くをゝ未だ生きてるぜ五月/磐田市 平野宏〉感嘆詞と口語が絶妙。短歌〈早苗田に若葉青葉の写りいて田圃は初夏のスカーフとなる/掛川市 小杉よし子〉見立て歌。川柳〈白黒のポテチ昭和の味がする/袋井市 水谷美智子〉テレビとポテチ。
芸術の天真爛漫な児戯性を盾として持ち出されたら、それに対抗しうるのは学閥的で高踏的な批評ではなく、自滅性の批評だ。自らを村八分にしあらゆるコネクションを断ち切り自身を芸術界に於いて不利に陥らせても厭わない自滅性の批評のみが児戯性の盾を貫く矛となる。というのは自滅性の狂気が功利心の対照として輝き、児戯性を翳らせるからだ。
彦坂尚嘉の李禹煥批判。もの派の神秘的自然主義を"単純な政治主義への裏返しとしての非政治主義として拒絶"、1969年"美共闘は「政治主義-非政治主義という二元論を超えんがためにこそ反政治主義的たらんと」した運動でした"(山本浩貴『現代美術史』中公新書)"美術における表現や制作という概念の根本的見直し"、「文化的廃墟を創出せよ!」ね
李禹煥←"彼は意識を媒介とした人間中心主義やテクノロジーの発達に過度に依存した事物中心主義を批判し、あるがままの世界を――「そのままでいろいろな未知を含んだそれとして」――開示する芸術の働きを説きました。"(山本浩貴『現代美術史』中公新書)美術界の主知主義的傾向への反発として「もの派」
けさの路傍流瞥。道を境にして、右手(お寺側)が中央区幸4丁目、左手が同萩丘2丁目になる。
大石さん、ラーメン太郎磐田見付店でときどき見かけると思っていたけれど会社がすぐ隣だったのか
わたしの路傍流瞥。中央区住吉1丁目、せいれい検診センターバス停。いまやカーナビの無いタクシーなんてめずらしいくらいだし、バス停も運転手が運転しやすいように行き先をおしえてくれる(〈スターフ注意〉という黄いろい表示板もある)。玄人の運転手は絶滅危惧種?
ひとりになりたいから、でしょうね。ハイブリッド車でもガソリン代がかかっちゃいそう…
#革命 での『赤頭巾ちゃん気をつけて』についての投稿も、わたしなりの哀悼の意でした。
天気予報が外れて晴天の夕方、風もあってすずしい。映画をみたあと、頭のなかがしばらく真空状態になるのはいつものことなり。遠鉄バス鍛冶町バス停にて。
断食月第三号(副題詩と金融)の原稿締切は明日6月30日です。現在切羽詰まっている人がお知らせします。
美輪明宏氏は19450809長崎で被爆。よくぞ長命をたもたれたとおもう。さきの投稿をもって哀悼の意とする。
「音鳴る方へ→」は楽器と車の街を象徴する文言か。私の心は大体「音無き方へ↓」ですが。
路上観察:夏になるとよく自宅敷地に停めた車で日中を過ごす人たちを見るけれど冷房があるのが車だけなのか。(磐田市)
え、美輪明宏さんお亡くなりになったんですか! ひとつの時代の終焉
わたしの路傍流瞥。中央区千歳町にて。いけず石がある。かつて花街として栄えた名残か。
中央区千歳町にて。おもいだした! 伝馬町で見かけたgraffitiのロゴ‘SOREY’
わかりません… が、ふたつの画像を見くらべると、書体(達筆ふう)とか〈へ〉の終筆が矢印になっているところから(その場のおもいつきでは無く)そういうgraffitiのパターンがあるようにおもいます。
現在、城北図書館では七夕かざりの短冊に来館者が願いごとをしたためてかざれるようになっている。Andy Williams“May Each Day”みたいな願いごともある。
午前10時ごろ遠鉄バスに乗車。このときの男性運転手は以前三方原営業所に所属しており現在は細江(気賀)で勤務。しゃがれ気味の甲高い声が特徴。わたしのようにクルマを持たずバスを常用するものからすれば、各営業所の運転手の特徴を見聞きするのが密かなたのしみのひとつになっている。
浜松市中央区伝馬町にて。ここにもあった日本語のgraffiti!数箇月まえ、伝馬町で‘I AM SORY’だったか、ゴチック体みたいな四角いアルファベットのgraffitiをよく見かけましたが、もうありませんでした。
いいですねえ。当時の男子高校生の生理面もふくめて〈リアル〉に描かれてあるとおもいます。ただ〈69〉から遠く離れた時点で執筆せられており、68年69年の当事者小説みたいなのは無いようですね〜。
犀ヶ崖資料館まえの道路拡幅工事は、大念佛までに間にあうのかな?
天気予報大ハズレ! 午前9時45分ごろ城北図書館にて。
#革命 まずは〈しゅじ〉なる誤記を〈主人公〉と訂正します。『赤頭巾ちゃん気をつけて』は逸早く東大入試中止を取りあげており(「中央公論」1969年5月号初出)ジャーナリスティックな一面もある。しかし作者は昭和10年代の生れ。本当の〈薫くん〉は60年安保の頃の大学生である。リアルな68年学園小説は日本では生れなかったのか?
ゆうべ、雨は降らなかった。路面はおおかた乾いているが、昼ごろにまた雨が降るらしい。農村の雰囲気がのこる住吉2丁目にて。
"俳句を俳句たらしめるものが俳、いいかえれば批評精神であることは、すでに見てきた。"(高橋睦郎『私自身のための俳句入門』新潮社)俳優侏儒、俳の喜劇性・卑俗性の奥にある不具性≒"不完全性は完全性を激しく希求する。そこに鋭い批評精神が生まれる"。そして完全性への希求は対話性として現れ、それが俳句の存問である。
おなじ住吉2丁目にて。こういう母屋と厩の造りも最近すくなくなった(母屋は旧来のものでは無いが、かつての面影をしのばせる)。住吉は、ここ以外にも旧往還沿いに若干のこっている。
文学やアートなど芸術をつかった社会運動で、その社会運動を主に担う人たちに自滅性を感じない社会運動は信用してはならない。逆に信用できるのは、めっちゃ嬉しそうに自分で自分の首をしめている人たちが担う自滅性の社会運動だ。
ありがとうございます。本当にあった!電話帳にも!𱁬のwikipedia情報が確認出来ました。尚、ストリートビューで検索すると、現在は餃子店だけになっているようです。
モール街に救急車が停っている。ZAZAで何かあったのか。(ちなみに〈ミセスの店〉はMrs.Green Appleのポップアップストアではありません為念)。
夕方、雨は止んだが今夜また降り出しそうな感じ。40年まえにはありえなかった、運転手にやさしいバス停から西空をあおぐ。
𰻞は日本工業規格外の字なので勘弁して下さい。ところで昔浜松に𱁬(たいと)なる四川料理店があったらしいですが行った事はありますか。或いは当時の電話帳をまだお持ちになっていますか。
〈𰻞〉が人名用漢字として将来みとめられたなら、勢𰻞‘C’est bian’と命名する親が現れるかもしれませんね。
中央区上島7丁目の事務キチにて。書店も、きっとこうなっているはず。
中央区上島5丁目。なぜあの店はランチタイムで繁昌しているのか?
行列以上の宣伝は無いので結局集約してしまう。臍を噛む思いですね。
中央区上島3丁目の工場。このgraffitiは、すでに描かれたやつを消した跡? それともこれ自体がgraffiti?
イオン市野1階のミスド。鍛冶町の、いまの〈すき家〉にあったミスドまで食べに行っていた。通勤の途中で立寄りやすかったのだが撤退してしまった。葵東のBIGにあったミスドも無くなったし、助信のマックスバリュにあるみすどは品揃えがよく無いので結局市野へ行くことになる。それが今日この長蛇の列。あきらめます。
たしかに! 受附のあるフロアはいつもいい香りがします。食事処のメニューも豊富ですし。
浜松市中央区天王町字諏訪イオン浜松市野ショッピングセンターめっちゃ混んでる。
中央区上島5丁目の〈廃屋?〉。このアングルの方がいいか。
わたしの路傍流瞥。浜松市中央区上島5丁目。上島北交叉点(六叉路)の近くに廃屋(?)がある。そこだけ時間が止っているような、という月並な言い方しかできない。
豊橋市内でよければ、飯村(いむれ)の〈ゆのゆ〉がオススメです。清潔感、炭酸風呂。食事処もありますが、メニューはそんなに豊富では無いです。料金は浜松市内のスーパー銭湯とくらべてそんなに変らないのでは?
浜松駅バスターミナル地下広場にて。〈負の遺産〉あるいは糞の遺産、瘋の遺産。
颱風一過で翌日か雨というのもめずらしい。シトシトと降りみ降らずみの天候。〈負の遺産〉と呼ばれがちな浜松駅バスターミナルに生って色づく藪椿の実。
ビャンビャン麺の〈ビャン〉の字も許可したらどうでしょう。
路上観察:今朝の参政党農園(浜松)奥に源馬謙太郎のポスターもあるので頼まれたら掲示するシステムなのかも
"もう一つ記憶にとどめて欲しいことは、一拍語と一拍語がかさなることで、二拍の複合語になるということである。この膠着語の造語システムが日本語の原理である。"(寺田達之『日本語はどのように生まれたか 日本語進化論』)
"「むな」と接合した複合動詞は、悲しいことに、日本国語大辞典に掲載されていないのである"(寺田達之『日本語はどのように生まれたかか』)胸への言及。胸(むね)は旨(むね)でありココロ概念輸入以前はムネがココロ概念の場を占めていたのではないかと思う。また「むね」muneはラテン語mens(心・精神)や末那識の語源manasと同じ語源かも
"弥勒の勒はサンスクリット語の「マイトレーヤ」の音を漢字で写したもので、宗教的な意味はない"か。でもmaitreya、ミスラ/ミトラ神Mithraなどにも通じ、ローマ帝国で世界宗教になりかけ、sol invictusとしてキリスト教の祭事という擬態をとりながら12月25日に世界中をお祝いさせている概念を人名漢字使用可か。宗教的陰謀かもしれぬ……
勒の字は"抗告審の大阪高裁が今年3月、「社会通念上、明らかに常用平易な文字」と判断した"そうな。心が温てー。轡、絆は最早死語だと思う。九年前の渾に続いての受理だそうな。もう日本工業規格第二水準まで使えば良いと思う。序でに電子書体作りも盛んになると嬉しい。
パッシブデザインのルーツは奥村昭雄の師である吉村順三にあるのかもしれません
浜松の空気集熱式ソーラー史を語る上で外せないのが劇団からっかぜ。のちに建築家となる村松篤、小池一三の秘書役とも言える上村麻美などが名を連ねる。
https://x.gd/uTFRb
通信機器がPCを呑みこむように進化し、アダルト・ヴィデオも掌のうえで視聴する時代になりました。たった18年ですが、変遷は目まぐるしいものがあります。
空気集熱式ソーラー略史。建築家奥村昭雄が開発。小池一三がOMソーラーとして売り出す。複雑化するOMソーラーに反発し製造元が簡素な「そよ風」を開発、OMソーラーは業績悪化、小池は銀行と対立し離脱。小池は手の物語㈲を設立、技術者松原と手を組み簡素な「びおソーラー」を開発。手の物語は業績悪化により倒産、松原が「陽のまど」を開発。
雷の天使は、おもったほど大暴れせずに浜松を過ぎていった。fullでは無いが明るい月も星もでている。
「反OMソーラーとしてのびおソーラー」は違うかも。小池一三は手の物語の前は村櫛のOMソーラーにいたわけだし。でもOMソーラーのホームページに小池一三の名前はないけれど
ハリウッド磐田店、18年の歴史に終止符か。まだ若い紗倉まなの色褪せを見て、ひとつの時代の終焉を感じます。