1月
1月1日(水)
年賀は元旦配達から元日配達になったので昨年より20分遅く出勤する。通数は37万余通で前年の6割強くらい、だいぶ減った。suiuの歌会のお題「会」へ〈もっと字に力をこめて滲めたらいまごろ君と会えていたかな〉という短歌を投稿する。帰宅するとベトナムのちまきであるxôiがバナナの葉に包まれビニール紐でくくられてあったけれど南部のものらしく甘くて受けつけなかった。夜に詩歌のたねを公開する。
1月2日(木)
朝に月齢計算機を作る。インターネット短歌会FLATLINEで「天空率」が公開された。昼は於呂の利葒縁で刀削麺を食べ、二俣の森のマルシェきころへ寄る。それから国道152号線を走り、スーパー林道を対向車へ譲ったり譲られたりしながら登り、階段の参道を神門まで駆け上がって秋葉山本宮秋葉神社へ初詣する。厄除祈祷をしてもらう。金の茅の輪くぐりもした。法多山尊永寺の方が火も使って厄除祈祷は派手であったが、秋葉神社は奉納帳ももらえてお得感がある。それからどこも寄らずに帰宅する。
1月3日(金)
静岡新聞の新春読者文芸、野村喜和夫選の一席で私の詩「小石」が掲載される。野村喜和夫の評は毎回勉強になるのだが今回も良かった。
冒頭の一行にまずどっきり。「舞阪の浜辺を」の間違いではないかと一瞬思いましたが、先を読んで「浜辺が」で正しいと納得。言葉の連合関係の狂いで全編を律するという作者の知略に圧倒されました。/野村喜和夫
1月4日(土)
土曜出勤。12月の静岡新聞・読者文芸「詩」の野村喜和夫選オノマトペの回でご一緒した中澤佳央梨さんからポエデイの問い合わせメールをいただく。それと年賀葉書を出した恩田侑布子さんからも厳しくもあたたかいメールをいただく。『京都ダイナマイト!』みたいな遠州詩歌アンソロジーを20人くらいの50句/首・10篇くらいと数人分のインタビュー記事+コラム数篇で編めないだろうかと考えはじめる。
馬首向何處
夕陽千萬峰(權德輿「嶺上逢久別者又別」)
1月5日(日)
中日歌壇の小島ゆかり選〈光射すメタセコイアのむこうから野球部員が駈けぬけてくる/菅沼貞夫〉はアクト通りか美薗中央公園か。午前は駅前の谷島屋書店浜松本店に寄って絶望する。紺屋町の絵本の店キルヤへ赴く。店を通りすぎたときに前原本光さんらしきベレー帽を店内に見る。11時の開店前に入店し、竹内舞さんのat kirja vol.56 TAKEUCHI MAI solo exhibitionサンダンスを観る。ありえないくらい歪んだ骨が吊るされているのが彫刻ならではでおもしろい。展示を見ていると骨がいのちそのものに見えてくる。キルヤの旧姓のままの星野紀子さんと竹内さんとのつきあいは浜松学芸時代の竹内さんがグループ展をキルヤで開催して以来十年ほどという。帰りに前原本光さんの第2詩集というLa Plumeを購う。昼は磯辺焼きとあんころ餅と餅にケチャップとナチュラルチーズを載せた餅ピザを食べる。午後は掛川市大池のきみくらカフェへ行く。帰りにいつもの袋井市のココチに寄る。
ぼくたちには
明るいニュース
が必要だ
(前原本光「ぼくたちのニュース」『La Plume』一期堂)
1月6日(月)
久しぶりの雨配達。だが物数は3日→4日→6日で4万通→2万通→1万通と減衰しているので午前で配達終了する。午後になって雨脚が強まるなか、着ていたジャケットのファスナーが壊れたのでワークマンプラス磐田店でイージスの防水防寒ジャケットを買う。それから事務キチ磐田店に偶々いたコクヨの担当者と話してPERPANEPのザラザラが磐田にも浜松にもないことを確認する。リベロ三島店で買い物をして帰宅したら、妻が来ないと言っていたはずの生協が来ており、納豆もヨーグルトも牛乳もブロッコリーもミニトマトも卵もかぶってしまう。
世の中ハ時雨のやとり宗祇てもめてたい事のふり来れかし/四方赤良(『万載狂歌集』角川ソフィア文庫)
1月7日(火)
非番、雨上がりなので風が強い。静岡新聞の新春読者文芸を読みなおす。水野満尋さんの「ドリームホテル遠江」がおもしろい。この方は散文詩の書き手だろう。内容はぶっ飛んではいるけれど「俺は耳小骨を意識する」などの身体感覚が現実味を帯びさせる。午前は高塚謙太郎『量』を読む。昼過ぎにWest Goat CoffeeでクラシックショコラケーキことC.C.C.を食べる。それから谷島屋書店浜松本店でやる気もないのに『短歌研究』2025年1+2月号を買う。今年から『短歌研究』も年6回刊行となる。そういえば、新聞歌壇への投稿はいつか区切りをつけて辞めなければならないだろう。夕に妻が今度は追突されたのでこども園へ児を迎えに行く。風邪気味の老婦人が外食した帰りに嘔吐したためブレーキを踏めず追突したという。
谷川俊太郎のたましひぐんぐん遠ざかるおほきな空をなほ孕みつつ/米川千嘉子(「はにわ展と菊まつり」『短歌研究』2025年1+2月号)
1月8日(水)
風が強く冷たい。suiuの歌会のお題「眉」へ〈顔をまだ思い出せない眉毛ってマダガスカルの雲とかだっけ〉という短歌を投稿する。帰局したときM嬢が私を先輩と呼ぶけれど、たぶん歴はM嬢の方が長いと思う。豊﨑由美+広瀬大志『カッコよくなきゃ、ポエムじゃない! 萌える現代詩入門』思潮社を読んで気になった詩集を浜松市立図書館へ蔵書提案する。現代短歌・現代俳句・現代川柳・現代詩の主要な著作は浜松市立図書館で揃え、いつでも借りて読める状態にしたい。
1月9日(木)
目覚めたときに寒さを感じた。風が強く冷たい。帰りに南図書館へ行き『津村信夫全集第一巻』角川書店と『吉岡実全詩集』筑摩書房を借りる。津村信夫はおおげさではない詩で良いな。「その頃私は靑い地平線を信じた。」(「ローマン派の手帖」)、「或る日 花芯が戀しかつた。」(「臥床」)、「私は遠眼鏡を出した、私の胸にも、釦の上に蝶がゐた。」(「春の航海から」)、叙景が童心をくすぐる。
私は心に遠く湖をもち、こんなに近く波音を聞いてゐる(津村信夫「若い旅で」『愛する神の歌』『津村信夫全集第一巻』角川書店)
1月10日(金)
寒さと尿意とで目が醒める。浜松は雪なんて降らないけれど名古屋は積雪したという。バイクに乗ると風が吹き荒び頬や首をひりひりと痛めつける。帰りに南図書館へ寄り松田政男『風景の死滅 増補新版』航思社を借りる。帰るとペルパネプA5ザラザラ4mm方眼ドット罫が届いている。純喫茶でこれに自由詩を書こう。かつて眺めていた、近畿や下北沢や代々木のざわめく景色を書写していこう。
風景に対する人間なんかではない、風景と非風景について頭を痛めるべきであろう、と加藤郁乎は喝破する、眺められるもの、あり得べきこととしての風景は、すでに北を指したままの磁石のようにその確実な用途を使い果たした、と加藤郁乎は言い切るのだ。(松田政男「風景」『風景の死滅 増補新版』航思社)
1月11日(土)
子守、昼前にバスで駅前へ行き浜松科学館に入る。昼は科学館のカフェでパスタとキャッシュを食べ、サイエンスショー「燃焼」を観てからプラネタリウムで映画を観て、またサイエンスショー「液体窒素」を観る。再び咳が出るようになる。左膝が微かに痛む。駅前から歩いて南図書館へ赴き、大崎清夏『指差すことができない』青土社を借りる。シェーキーズのフライドポテトを再現して、よりやさしい味で作る。
ぜんたいに糖分の足りない終電の車内に
今夜も前後の文脈が迫ってきてた
(大崎清夏「ここにないものについての感情」『指差すことができない』青土社)
1月12日(日)
中日俳壇の高田正子選〈花八手母亡き日々のうすみどり/山下美佐子〉色彩がよい。中央図書館駅前分室で新聞を閲覧したあと、千歳町の喫茶室Room112に入り400円のコーヒーで詩を書く。灰皿が置いてあり、煙草にやさしい。隅のテーブルで若い男性3人がトランプをしており、カウンターでは老人たちが肺病の話をしている。いつかミルクセーキや赤だしやクリームあんみつを試してみたい、2月から高齢のため火水木が定休日というけれど。ちなみに週刊誌フライデーの隣に、なぜか春夏秋冬叢書の『そう』2024年夏号だけが置いてある。昼はカレーハウスブータンでポーク大盛りを食べる。かぎやビルまで歩き、小雨のなかふらふら歩いてシネマイーラで堤幸彦監督「私にふさわしいホテル」を観る。のんの箸と万年筆の持ち方が役柄に合っていて、すごい。帰りに寺脇町のコイン精米所から米糠をひとつかみ持って帰る。からだが冷える。
1月13日(月)
最初は咳だけだったが夕に38.3℃を超え、悪寒と頭痛がはじまる。
1月14日(火)
37.5℃の発熱のため休む。寺島町のけいクリニックで検査してもらうとインフルエンザは陰性だったが、イムノエースで新型コロナは陽性だった。もう検査後に結果が出るまで一時帰宅しないで済むようになっているらしい。18日まで自宅待機となる。
休むなどたやすくできぬこの世にて橋桁は網におほはれてゐつ/楠誓英(『薄明穹』短歌研究社)
1月15日(水)
2時過ぎ、妻の胸と背が痛むということで#7119からも浜松市夜間救急室からも救急に架けろと言われる。3時半過ぎに妻が救急車で浜名区小林の浜松赤十字病院へ搬送される。児を連れて車で病院北の駐車場へ赴きそこで待機、4時半に新型コロナウィルス陽性と診断された妻を載せて帰る。帰宅後、児が発熱する。葉冠記の2022年8月以来2年5ヶ月ぶりに新型コロナウィルスによる一家全滅となる。コロナ禍は過ぎ去ったとしてもこのように周期的に流行して罹患していくものに新型コロナウィルスはなるのだろう。
腐れかかった半身をひきずって
幾千種の魚が游泳する
(吉岡実「挽歌」『吉岡実全詩集』筑摩書房)
1月16日(木)
児を通院させ新型コロナウィルスの検査をしてもらいすぐ陽性と診断してもらう。このとき児の鼻腔内で細い棒をなかにとどめておくのは一瞬だった。私のときは10秒とどめていたのに。午後は駅南あたりを散歩する。
1月17日(金)
「してね!」への返答としての児の「しれるよ!」は「するよ!」の言い間違い。「する」「しろ」と「できるよ」からの類推だろう。『言語の本質』中公新書を思い出す。詩的交友圏はゲマインシャフト Gemeinschaftとも言える。それは既存の地域アーティスト集団がゲゼルシャフト Gesellschaft的であるのとは対照的なものになるようにしていかなければ、やがて同化してしまう。散歩をしつつ同時に連作を3つ同時並行で作業する。夜にsuiuの歌会のお題「旧」へ〈旧作のなかに花托を秘めたなら全ては果樹の匂いでないと〉という短歌を投稿する。
1月18日(土)
児がカボチャのスープを飲んだときの感想「ほっとら」は「ほっこり」と「ふっくら」の融合だろう。ポーカーのテキサスホールデムとソリティアのクロンダイクの練習をする。安間川公園にある、こどもが描いただろう大蛸のすべり台で児を遊ばせ、カインズ市野のHA/COで焼芋を買って食べ、成子町のプスプス by ZINGで精算をする。でするなさんのマンガ『街と先輩』を買う。雰囲気を読むタイプのマンガだった。
1月19日(日)
朝日俳壇の小林貴子選で私の俳句〈かつて海のかつて田んぼの冬木立〉が掲載されている。中日歌壇の島田修三選〈万物が我に囁く私語且つ且つ蔵む歌の嚢に/斉藤佳彦〉森羅万象を歌の種子とするのだ。小島ゆかり選〈現役中積もる予定を嘆きしが今や予定にこころが踊る/南出秀重〉自分が決めた予定はワクワクする。中日俳壇の高柳克弘選〈柚子風呂や両手にだきてよかよかと/内野しず子〉は冬至の景。午前は雄踏文化センターへ雄踏歌舞伎保存会「万人講」定期公演を観に行き、寿式三番叟と釣女を観る。解説の安田文吉先生が釣女の前ですべり転倒する。釣女は歌舞つきの喜劇で笑える。昼は金寅の赤飯とみそパンを食べる。午後はこども歌舞伎の弁天娘女男白波稲瀬川勢揃いの場と鬼一法眼三略巻一条大蔵譚を観る。幕間に警備が物々しい城内実経済安全保障担当大臣が挨拶をする。吉岡鬼次郎と一条大蔵卿長成の衣装替えが鮮やか。
1月20日(月)
味覚と嗅覚が回復して立体的に感じられる気がする。とくに味噌などの発酵食品のにおいに敏感になった。今日はとくにあたたかく、仲春めいた土や花のにおいを感じる。毎日歌壇の伊藤一彦欄に私の短歌〈ゆびさきも自分なんだとわかるんだ冬の配達おわりの夜は〉が掲載される。先週の休みを有給休暇や計画年休としないで病気休暇にするためには診断書が必要とのことで、クリニックへ架電すると診断書を書いてくれそうな気配がある。とりあえず頼んでみる。夜に第7回山頭火ふるさと館自由律俳句大会に〈手話の歌うバスは海へゆく〉が入選したとの知らせが来る。また、静岡新聞新春読者文芸の詩1席の賞品は図書カード7000円分だった。
原始的な感情に浸りたかった 午前4時に焚べた脳みそ/カヒ
なにか問うこともなくしているきみと真冬の空に星屑吐いて/芝澤樹(毎日歌壇2025年1月20日水原紫苑選)
1月21日(火)
歩くと頭蓋骨に響く。事情はよくわからないけれど同僚が昼休みのうちに失踪し、19時になっても行方がわからないという。帰りに総務部長が地下駐車場の防犯カメラを調べていた。
1月22日(水)
今朝は珈琲の即効カフェインとマテ茶の遅効カフェインでバキバキにキマった。そういえば伝聞だが、昨日の同僚は部長から作業指示を受けたあとに失踪しでまだ音信不通とのこと。suiuの歌会のお題「図」へ〈あおいろの直線を引く古ぼけた都市図はあすの航路となった〉という短歌を投稿する。M嬢が私を昼に呼び捨てにした件で夕にチョコレートをもらい、何度も謝られる。19時からアクトシティの浜松市文化振興財団事務室にて、ドコデモアルトによるクリスマスのまえのよる反省会をする。ふりかえりののち、アーティストではなく企画者として評価されうるような企画を次々と打ち出せる企画者集団になっていきたいねという未来像を語った。運営と企画の違いも明確にしていきたい。毎年4~5月にドコデモアルトの定期会合を持てたらいい。
1月23日(木)
有休消化。午前に静岡文化芸術大学へ赴き、建築・環境領域の卒業研究・制作を観て小池奈緒「幸田駅前商店街再開発計画」の曲線や酒井駿太「集落の居の間で」の類型化した部材の操作方法や「流住都市」のPlatform3中田島砂丘や村岡凛「居場所が見つかる学び舎」の中庭などが気になった。単なるジオラマ模型好きかも。それから西ギャラリーで2025年展示プロデュース論「めぐる、」を観る。鮫島海里「100円=X時間」の県の選択や齋藤咲李「必要と不必要」の刺繍デザインの意図や一ノ瀬龍星「それぞれの時間感覚」の黴などが気になった。けいクリニックで新型コロナウィルスの診断書を1330円でもらう。まちなかへ戻り、彫刻磨きの中村主幹らとすれちがったあと、肴町の珈琲BENIにてプリンとブレンドコーヒーで詩を数篇書く。さらに足を伸ばして尾張町のみかわや|コトバコへ赴き、行商バロックで虹釜太郎『カレー野獣館 黄』円盤を買う。ここでしか買えない本がある。来年は、というより今年の冬あたりから餃子詩を書こう。
臓品である薬草がひどくあたったカレーを食べ過ぎたせいか内臓が季節外れの蟬に直鳴かれしてじきじき焼けるように痛んでくる(虹釜太郎『カレー野獣館 黄』円盤)
1月24日(金)
最近仲春の陽気がつづく。浜松市のアーティスト界隈を企画の軸で再編する意図を込めて第一回くわだてとたくらみ賞を発表する。南図書館で岡本啓『ノックがあった』河出書房新社を借りる。
1月25日(土)
朝起きたら深水英一郎さんから毎月短歌の選者をやらないかとXのDMがあったので半ば睡りながら3首連作部門の選者を、とりあえず次回だけ引き受ける。3首連作はいろいろ選に工夫ができるだろうから。子守、午前はKAGIYAビル3Fのgallery kairaiで玉谷天音さんの邂逅場を観る。青みがかった手焼きの写真と木炭で書き散らした詩とが濃淡を介して同化する瞬間があった。失敗したという手焼き写真もシアンが散って水彩具になったような色調になり、おもしろい。頭痛がまだ続く。夕方から体調がすぐれない。児は15時から3時間も昼寝していた。
満天の星空を前にして
気持ち悪い
と叫んでみたい
(玉谷天音「アンバランス」『無色透明のゆらぎ』)
1月26日(日)
午前は舘山寺まで足を伸ばし、平松観光アグリス浜名湖へ赴き浜松学院大学の清水講師らと苺狩をする。しばらく苺は遠慮したい。それからフラワーパークを北の池にあるジム・キーリングのファイブ・エレメンツまで散策する。「風」が風の通り穴で表現されているのが興味深い。昼は大山町の荒野のラーメンで済ます。頭痛は副鼻腔炎かもしれないので辛夷清肺湯を杏林堂で買う。夕に高橋洋品店へ行き衣料を注文したあと龍禅寺へ参る。公会堂で子ども育成会の年間計画を聴く。節分のお菓子撒きがあった。
生まれたことに、息はいま驚いているようだ(岡本啓「オールトの雲」『ノックがあった』河出書房新社)
1月27日(月)
今日から改区になり局の国道150号から南はすべて私が担うことになる。津波が来たらまず私が呑まれるだろう。新しい町を憶えるので午後を使い切る。私の能力では一日で配りきれない配達区になったけれど1割ほどを残しながらなんとかやりくりしていくしかない。他班は夕に松葉杖で整形外科から帰る人もいて、波乱の予感がある。明日からの人員の融通をめぐり班長同士の鬩ぎ合いもある。3B鉛筆を買って帰ると浜松市民文芸第70集の結果が届いており、定型俳句と自由律俳句で市民文芸賞との結果だった。表彰式をどうしよう。
1月28日(火)
雨上がり。静岡新聞読者文芸欄の恩田侑布子選で私の俳句〈まぶたなき人形たちのどんど焼〉が、尾藤川柳選で私の川柳〈陰謀に陰謀論が勝っちゃった〉が、野村喜和夫選で私の詩「天体の音楽」が掲載される。風が強い。夕からいたく冷たく吹く。配達中にはじめての企業で受取人払後納のお金をもらってしまい、翌日返金することになる。帰宅すると第16回永田青嵐顕彰全国俳句大会で私の俳句〈花みかんラジオは朝をつれてくる〉が入選とのお知らせが届いている。賞ではなく入選なら淡路島に行かなくていいだろう。
北塞ぐ模型のやうな親子丼/鈴木総史(『氷湖いま』ふらんす堂)
1月30日(木)
新区では前日一周・物数一万台前半・前日大区分済という前提条件でとりあえず午前に字Kをトバシ配達で終わらせられれば残りの字S・字Hまでなんとか一周して17時に帰局できる。定時上がりはもう夢のまた夢。でも、ひとつでも前提条件が欠けると困難になる。だから月火は無理なのでドミノ式に水木金も自然と困難になる。もし月火に2パスを順立せずそのまま持ち出せばなんとかなるかもしれないけれど。夕に特に冷える。大寒だ。
1月31日(金)
強風で寒い。特殊室から交付される書留は新区ではなく旧区で来るため移動に失敗し40分も朝の時間をとられる。さらにS海岸ちかくに午前指定があり苛々しながら13時までトバシ配達をして字Kをむりやり終わらせる。昼の帰局時に誤配回収を頼んできたM嬢へ「誤配なんて回収している暇なんてねーよ」と言って半泣きさせてしまい反省。五行歌を考えながらぼんやり帰宅する。
2月
2月1日(土)
朝は藪内亮輔『心臓の風化』書肆侃侃房を読む。朝食は森田町のカフェレストランざぼんにておぐらクリームパンセットで済ます。それからコバックへ向かい、立て続けのもらい事故でフロントバンパーとリアバンパーが新車同然となった車をとりにいく。戻ってきた慣れた車で井伊谷宮へ赴く。姫街道はやはり渋滞なので浜松環状線から金指街道で行く。だが金指街道もところどころ混む。井伊谷宮では事故有りの車祓いをしてもらう。拝殿はここが古めかしくて好き。龍潭寺の庭園も観て、細江町中川のマリーザ浜名湖で昼を済ます。有玉のマリーザには入ったことがありそこは閉店、浜名湖は2年前に全焼したらしい。まちなかへ戻り鴨江アートセンターへ立ち寄るとつじむらゆうじさんを見かけ握手する。鍛冶町の茶房いちばんの半地下の店内へ入ると白い犬マイちゃんが吠える。500円のコーヒーで詩を書く。老嬢犬はしばらくすると落ち着くけれどときどき吠える。さらにプスプス by ZINGへ歩きすずしさんと相談しながらマンガ募集企画にエントリーする。
きつと遠くで雨が一滴降つてゐるこんなにとても静かな夜に/藪内亮輔(『心臓の風化』書肆侃侃房)
2月2日(日)
節分。朝は四コマ漫画「一般職タロー(仮)」のネームを進める。子守、昼にまちなかへ出て、漫画の画材などを漁る。帰宅して児とマンガの作業をしながら映画「ルックバック」を観る。
2月3日(月)
雨上がりだけれどあたたかく風も弱い。suiuの歌会のお題「別」へ〈ポケットに手を入れたままさようならグーを出したら勝っていたかも 〉という短歌を投稿する。
2月5日(水)
大寒波、朝がとくに寒く指先が痛い。午後は寒風吹き荒ぶ。夕方に天竜川を渡る時に春雪をぱらぱら見る。卒園した祖師谷の泰成幼稚園が閉園になるらしい。時代とともになにもかも移り変わる。suiuの歌会のお題「礼」へ〈おじぎしているあいだだった 青白い電気を帯びて銀河は過る〉という短歌を投稿する。
2月6日(木)
寒い。早朝に深水さんから第19回毎月短歌の詠草リストをもらう。朝のうちにExcelに貼り付けて無記名で縦書きに印字する。帰宅後、夜に選歌する。22時前に第19回毎月短歌3首連作部門蛻骨賞選評を公開する。意外とすんなり決まるものよ。
2月8日(土)
前の晩は窓へ叩きつける激しい風が吹く。大雪で名阪間の高速道路と国道25号線は7日21時から通行止めとなる。朝は睡蓮鉢が氷結している。淡い風花のなか国道1号線バイパスを通り富士山静岡空港へ向かう。だんだん晴れてきて茶畑の上に富士山が見えた。1時間半弱で着くと、出雲空港行の便は出雲空港が雪のため天候調査と掲示されている。昼はあさふじ厨'sで葱塩豚丼を食べる。出雲空港は雪で何便か欠航、引き返しているらしい。ライブカメラを観てやきもきしながらThis Is Cafeのアフォガードを食べる。FDA185便(オレンジ)は静岡へ引き返すこともある条件付きで遅延しながら離陸した。空から見下ろす関西地方はずっと雲に覆われていた。着陸すると機内でパラパラと拍手が鳴った。雪に覆われた出雲縁結び空港からワゴンでニッポンレンタカー出雲空港店へ運ばれる。FITを借りて松江市街地へ行き、宍道湖畔のホテル一畑に泊まる。浜松市でいうところのホテルコンコルド浜松だ。夕から雪が降ってきて、積雪のなか中原町の町中華、千恵で晩飯にする。
2月9日(日)
朝から雪が降り、対岸の島根県立美術館が見えない。朝食のビュッフェを食べたあと雪降るなか松江城天守閣を登り、興雲閣の亀田山喫茶室で休む。児は城内で雪遊びをする。松江レイクラインのバスでホテル一畑へ戻る。昼前に宍道湖北岸伝いに出雲大社へ向かう。道の駅秋鹿なぎさ公園に立ち寄る。雪国の道の駅は人も少なく不思議な空間だ。出雲市に入ると凍結している道があり数メートル滑走するもすぐ持ち直す。市によって除雪状況は異なるようだ。昼は大社駐車場脇に並ぶそば処おくにの釜揚げそばで済ます。出雲大社へお参りしたあと、南下して出雲民藝館へ赴く。袖師窯の器や布の素朴な色合いが良い。斐伊川和紙七代目井谷伸次の名刺入れを妻に買ってもらう。帰りに山陰自動車道を通り宍道湖SAに立ち寄る。東名の少し大きめなパーキングエリアの規模だった。それからさらに東進し美保神社へ行く。寒漁村の氏神である。17時前にスピーカーで演歌が鳴り響く漁港から対岸に大山が見える。北浦や七類などむかし島根半島を彷徨していたときに立ち寄った漁村を思い出す。松江市に帰り、みしまや中原店で晩飯を買ってホテル一畑へ戻る。
2月10日(月)
朝は松江レイクラインのバスでカラコロ工房へ行く。地下ギャラリーの金庫扉の頑丈さに驚く。それからまた松江レイクラインで巡り、島根県立美術館でコレクション展を観る。レイクラインの若い女性運転手は銀行の副頭取の曾孫という。下村観山「錦木」の構図や草光信成「四人の児等」の擬似楽園感や平塚運一「兵営附近A」の禍々しさや松本竣介「鉄橋付近」の錆びついたにおいやベルナール・フォコン「燃える雪《夏休み》より」の危うい明暗や戸谷成雄「森Ⅶ」の秘儀めくさまに惹かれる。松江レイクラインでまた松江城へ行く。二の丸下ノ段ちどり茶屋でぼてぼて茶を食べる。ぼてぼて茶は旅の暴食で疲れた胃腸にやさしい味だ。ホテル一畑へ帰り、スターバックスコーヒー松江玉湯店のドライブスルーに寄ってニッポンレンタカーへFITを返す。雲州の鳥は車に不慣れですれすれを飛ぶ。F186便(ピンク)は1時間弱で富士山静岡空港へ着く。かなり風に揺れながらの着陸となる。
2月11日(火)
強風。尾崎弘子さんに教わっていたのだが、2月9日の中日歌壇島田修三選第二席に私の短歌〈郵便のバイクに乗ってさざんかの紅濃き闇へつっこんでいた〉が採られていた。同第三席は〈そのときの思いをやっと言い当てて考えるとき無限のひとり/小原温子〉、湖西市の方、言葉があてはまってしまった深淵。また中日俳壇の高柳克弘選に〈困っちゃう出たくないんだこたつから/大塚心乃〉こちらは浜松市、句が若い。出雲から帰ってから、民藝やぼてぼて茶を介して、有名なアーティストや高名な芸術家がつくっているように演出されている文化と無名の群衆による層の厚みがつくる文化について考える。どちらかも同じ文化だけれど、どちらかといえば私は後者を支える人でありたい。午前は高町の古橋商会へスーパーカブ110で行き、走行距離4万2175キロ余でエンジンオイルを交換してもらう。それからまちなかへ戻り火曜定休なのに営業していて閑古鳥の鳴いているラッキー浜松駅前店で貸し切り状態で理髪してもらう。側面はバリカンで5㎜、上は3㎝残し、もみあげは耳の真ん中から1㎝上までといういつもの注文で。南図書館で今井恵子『短歌渉猟』短歌研究社や山田亮太『誕生祭』七月堂などを借りて帰る。午後は子守、可美公園で児を運動させたあとMEGAドン・キホーテ浜松可美店で地方郊外女子の生き方を示す。カードゲームのワードスナイパーを買って帰宅したら遊ぶ。未就学児には難しいお題もあったけれどかなり楽しめる。数年後はワードスナイパーイマジンもやってみたい。
白黒の異国人達が
無口で行き交う交差点で
早歩きの恋人をみつけたりもする
(水下暢也「ところによって雨」『亡失について』思潮社)
2月12日(水)
久々の仕事で廃休、そのため定時で退勤しないとならない。でも9時前に面談をした。結果から言うと私は敗れた。勝利条件が厳しすぎたけれど、まさに一敗地に塗れた。でもそのことは予め知っていた。それに局で何が起きているのかは支社に問題視してもらえた。なのですぐに気持ちを切り替え是正指導をお願いした。それに、問題を内々に留めず外部に現状を伝えるという役目は果たせたと思う。夜に雨が降り、寒い。
すべての国民は健民の顔で、誰であれ役に立ったと告げる
われらの仕事を上回る力を得るための、泥の、復活の文字、ひとつに結集する
(山田亮太「報国」『誕生祭』七月堂)
2月13日(木)
雨上がりのため西風が強い、疾風と呼べるくらいに。suiuの歌会のお題「疲」へ〈身のうちかそとかは泥でできている電子書籍へ沈む文字たち〉という短歌を投稿する。第1回浜田到顕彰きりしま短歌大会の結果が届いており私の短歌〈君のいた時間は鳥のなりをしてときどき湖を影で彩る〉は佳作だった。
2月14日(金)
風も弱く穏やかな日、配達先の字Kには猛禽類が2羽棲んでいる。鳶のようには鳴かない。今日はそのうち1羽が烏に逐われていた。
2月15日(土)
子守、バスで中田島車庫まで行き、そこから歩いて卸本町のアリィの冬と夏2025 Re.15 Remembranceリ・メン・ブランスへ赴く。珈菓でLily's cakeの金柑マフィンとかもめの珈琲屋さんの珈菓ブレンドを買う。一ノ瀬龍星プロデュースの展示「汗」では、関口陽大による酸素吸入器をつけたパンダのぬいぐるみが危機感と和みの均衡を崩しており、おもしろかった。昼はPATICANAのバターチキンカレーを食べる。酸味があり複層的で旨い。本町公園で遊んだあと文藝フルーツのリッチピスタチ王を食べて濃厚な一句と思う。それから大阪にあるというデパートのカカオニブとココナッツのクッキーチョコかけを非常食用に買って瓜内町1937のスーパープランニングへ向け、多肉屋黒田の横をとおり歩く。目的地に到着したら倉庫のような1937galleryにてDOCUMENTATION YER!YER!YER! ドキュメンテーション/ヤー!ヤー!ヤー!を観る。私が富塚で制作した「重力の分裂症、色彩はやがて脊椎を生やすだろう」が生贄として吊るされていた。また、ダンボール内ミニシアターのなかで鑑賞しているミニチュア宇宙人たちが気に入った。アルミニウムのリベットで簡易製本もする。
2月16日(日)
暖かい日、子守。あらゆる美術作品はタイトルと説明に詩歌を使うために創られる。つまり無印良品のカレーが詩歌であり、無印良品の皿や服や家は美術作品なのだ。朝日歌壇の馬場あき子さん選第一首に〈絵本から絵がなくなって本になるように幼なは子になってゆく〉という私の短歌が採られる。投稿した元歌は〈~子どもは子になってゆく〉で群体から個体への成長という表現もしたかったのだけれど、ひねりはひとつで良いと判断されたのだろう。朝日歌壇の肝は分かりやすさである。でも実家と義実家が朝日新聞購読をしているのでしばらく、ときどき投稿しよう。朝日俳壇大串章選〈凍蝶はアルプス越ゆる夢見つつ/新美幸二〉浜松市、越えてから絶える。中日俳壇高柳克弘選に湖西市のふたり〈北風に向いて散歩まだ死なぬ/山下静湖〉〈虚脱・怒り・後悔・自立日記果つ/市川早美〉終末への予感。遠鉄バス12浜名線は浜松シティマラソンの影響を受けず、よろい橋停留所で降りてMEGAドン・キホーテ浜松可美店へ赴く。昼は近くのラーメン魁力屋で済ませる。キッズメニューがあるのは意外だった。森田停留所から旅籠町停留所までバスで行き、松尾小路をぬけて鴨江アートセンターへ赴く。画家・柴田智明さんの作品展示/公開制作/パフォーマンスを観る。記憶の廃布が画鋲で壁になんとか留められているような展示に救いを見出した。しがみつく夢の肢を見たような感触がある。こども館を経て帰宅する。
アートは誰も私を止められない盲目のジャングルだ。私は、世界が牡蠣になる地点を捜している。(柴田智明「時計仕掛けの三ヶ日みかん」)
2月17日(月)
朝の国道1号線上り、7時前なのに事故なのか新天竜川橋から渋滞していた。暖かいと思っていたら午後から風が強くなり雨がパラついて寒くなる。18時半過ぎに退勤して谷島屋書店磐田店へ行くけれど宮崎拓朗『ブラック郵便局』新潮社は浜松本店にしか在庫がないらしくkindleで買うことにする。
2月18日(火)
日差しはあるけれど風は強く、寒い。紅梅が咲いている。つじむらゆうじさんから今年7月の詩幣に詩創造者としてふたたび招聘される。また、あくたんこと水飼心さんから「汀心 vol.2 生命について」の短歌募集について連絡をいただく。
2月20日(木)
夕方、福田西病院南のエネオスから歩道まで出たとき、南へ向かう赤い乗用車の運転席と助手席の女の子ふたりが私に向かって笑顔で手を振ってきたので手を振り返したけれど誰か分からない。帰局すると書留が一通ないので落としたかと思い捜索に出かけたら字Sの受箱へ投函していた。改区で環境が荒れているため起きたミス、現状の環境のままであれば今後もっと大きなことが起こるだろう。伎倍の茶屋の金子母から万葉の森公園桜まつりのチラシが届いていた。大切に撒いていこう。
2月21日(金)
静岡新聞の岡本さんと電話で話す。静岡新聞読者文芸の「詩は、600字以内で入力してください」は実は原稿用紙1枚半つまり20字30行の規定だと教えてくれた。そう書いたほうがいい。今夜はゆうパケットの不着で夜まで残る。2個口の大口の受箱へ余計にひとつ放り込んでいた。改区の弊害がでている。減区になったらますます誤配は増えるだろう。
2月22日(土)
寒い日、風が強い。9時に小池さんにはままちプラスを開けてもらい、10時から出店者が集まり始める。11時にポエデイ2開場、道に迷いつつの中澤佳央梨さんと品田まむさんが来場する。それから麦の田中編集長と笹木弘さんが来場、麦を図書館に置く案と青年部の案を受ける。それからチャリコフや俳句をひとりでつくっているという袋井市の桑原さんが来場する。浜松オンライン読書会の持ち寄り詩歌鑑賞会に口をはさんだあと遠鉄百貨店地下のサンマルコでかきフライカレーを食べる。しっかり辛い。まちなかを春雪が舞う。アトリエ茶葉のマツノヤユウヤさんが来場する。佐々木さんが来場、谷脇さんと会わせる。13時から出店者によるポエトリー・リーディングが始まる。だんだん晴れてくる。谷脇クリタさんの「渋谷スクランブル交差点」朗読中に泉由良が倒れ救急車に載せられしばらくの吹雪ののち泉由良は自分の足で歩いて戻る。会場がひとつになったころ、白川ユウコさんなどが来場。出店者のパフォーマンスのあと沼津からの品田まむさんは短歌と詩をしっとりと読み上げる。桑原さんはエドガー・アラン・ポーの「鐘」を英語で、チャリコフはブロークのロシア語詩と誰かの英語詩を読んだ。最後に私が「象遣い」を読んでしばし歓談ののち16時に閉幕。
公衆電話を使っていた桑原さんを待って撤収ののち16時半ごろにはザザシティのはままつ楽市へ移動して泉由良・にゃんしー・壬生キヨム・品田まむ・谷脇クリタ・今田ずんばあらず・櫻庭彩華・浩太さん・石野さん・桑原さんと餃子や越南料理やフルーツで会食。品田さんから芽部の話を聞く、品田さんはポエデイが去年6月から気になっていたという。そして皆へポエデイ主催譲渡案を話す。それから18時過ぎに壬生キヨム・谷脇クリタ・今田ずんばあらず・櫻庭さん・桑原さんとWest Goat Coffeeで飲む。今田ずんばあらずの独立後4年でのちゃんとしすぎた声優オーディションの話を聞き、桑原さんの生い立ち要素のひとつひとつがすべておもしろいことを発見する。20時前に解散した。そのときもデジタルサイネージのポエデイ短詩はまだ流れている。雪と寒さのためか前回より来場者は減った感触はあったけれど届くべき人に宣伝が届いている実感はあった。桑原さんは「詩 オープンマイク」で検索して来たという。なにより静岡県にチャリコフ・品田まむ・桑原さんといった詩人がいると知った収穫は大きい。
誰に何を託すのか今日も明日も明後日も全部自分で決めるんだよ(山田亮太「タイム」『オバマ・グーグル』思潮社)
2月23日(日)
中日歌壇島田修三選第二席に私の短歌〈くやしさに夕日の赤くにじむ帰路ハクキンカイロの火口は甘い〉が採られていた。午前は鴨江アートセンターで永田風薫さんの「家政-部屋と声、動作のためのサウンドトラック」を観て、音のなかにちいさなイエを建てる。それから田中マサトの藍スクリーム屋さんも観る。藍の茶をいただき、バナナの追熟防止ハンモックが楽しい。また、柴田智明さんがさまざまな廃材でケーキを作っていた。自由でかつ創意にあふれている。午後は卸本町にまだ残っている本町ビルのことゆく社へ行きことゆくラックを受け取る。本町公園の蛸型遊具にて、Nu-tria Skateparkで遊ぶ姉の付き添いで名古屋から来た同い年のゆずちゃんと児を遊ばせたあとPAOで丹波栗ジェラートを食べる。PAOは北海道牛丼やイタリアンチョコレートなどが並ぶふつうのジェラート屋になっていた。
こんなにも長い間
私の地図を覗こうともしなかったあなたが
(清水とき枝「郷愁」『還らない日々』浜松詩人社)
2月24日(月)
臙脂色をしたピアニカのケースの留め具がゆるくなったので午前はヤマハミュージック浜松店へ行き、ケースの替えだけを注文する。浜松駅北口広場にウクライナの国旗を掲げたスラブ系の険しい顔つきをした若者4人が募金で立っている。午後は瓜内町のCOFFEE SHOP マニュウへ行く。駐車場は10は停めてはダメで、11から14までは停められる。マニュウのテーブルゲームは麻雀牌を表示する台が2台ある。アイスチーズケーキと紅茶で詩を書く。紅茶に檸檬一片がついていて嬉しい。
2月25日(火)
あたたかい日、静岡新聞読者文芸欄の野村喜和夫選で私の詩「生協」、大辻隆弘選の特選に〈雲ひとつなくきれいとか言うときの雲ってそんなにきたないのかな〉が掲載される。帰宅すると第7回浜松「私の詩」コンクール受賞のお知らせ葉書が届いており、浜松市長賞だった。妻に「生協」を読ませると小言をもらう。
2月27日(木)
風もなくあたたかい穏やかな日、白梅が目立つようになる。夕刻に字Hで東局時代にお世話になった先輩と会って立ち話をする。三ヶ月入院して今日退院したという。しばらく投稿は静岡新聞読者文芸4詩型・中日歌壇島田修三選・中日俳壇髙柳克弘選・朝日歌壇・朝日俳壇、それと現代詩の余波としての毎日歌壇水原紫苑選だけにしよう。それも毎回ではなく思いついたタイミングだけの投稿で。
3月
3月1日(土)
のどかな陽気。朝はクリエート浜松五階の浜松文芸館の鷹野つぎ展を観る。平塚らいてうや生田春月の書簡があり女性作家としての、あるいは女性解放運動との関連の展示が新しい。四階の放送大学事務室で学生証を更新する。はままちプラスで開催中のチャノイロポスカへ行き、マツノユウヤさんとイベントについて話す。受託もしており事務がたいへんそう、しかし色彩のある展示会場で賑わっておりたのしげ。千歳町の喫茶室Room112に入り、420円のアイスコーヒーで作業と読書をする。富野由悠季『映像の原則』キネマ旬報社は名著である。瓜内町のCOFFEE SHOP マニュウでアイスチーズケーキとコーヒーの650円のセットで小幡玲央『飴細工』を読み、アッシュルバニパル王の詩を書く。ヤニくさい店に女子高生二人組が来店し、動揺する。しかもよく食べる。こういう地方の駅から離れた昭和な喫茶店で、漏れてくる会話を聴きながら過ごす時間は地方都市生活における醍醐味だ。
これから出会うものはみな20代で出会ったものの変奏でしかない。そのことに気づくまでに随分ときみは遠回りした。(小幡玲央「黄昏」『飴細工』)
3月2日(日)
暑いくらいな日、燕をはじめて見る。中日歌壇島田修三選に私の短歌〈いにしへの海岸線を辿ろうと川鵜の列はほぐされてゆく〉が採られていた。投稿は「いにしえ」だったかも。午前はMEGAドン・キホーテ浜松可美店で児のアトリエ・エム用に筆記具を買う。昼は魁力屋。そういえば西図書館がイオンスタイル浜松西伊場の東へ移転するらしい。あまり使っていなかった図書館だけれど駐車場が狭かったから利用しやすくなるかな。帰りにザザシティ前停留所で降り、ヤマハミュージック浜松店でピアニカの蓋を買い、谷島屋書店浜松本店でアッシリアについての新書2冊を買い、West Goat Coffeeでおやつを飲み食いして南図書館でトニ・ネグリ『芸術とマルチチュード』月曜社を借りて帰る。手持ちの本が帝国と群衆になってしまう。夜に群馬県から送られた玄米を白羽のJAで精米する。
蓬山此去無多路
靑鳥殷勤爲探看(李商隱「無題」)
3月3日(月)
雨、電話で浜松文芸館と市民文芸表彰式の席について話す。定型俳句と自由律俳句と2つ席を用意してくれるらしい。長野小学校の東で狸を3頭見る。道を渡ろうとするけれど私がいるため渡れず生垣に戻って様子を窺うさまがかわいい。配達区が平準化されて重くなったので4マス補助されたくらいでは雨の日には残さざるをえない。帰ると児が胃腸炎らしく寝込んでいる。もう腸に下りてきているようだ。
3月4日(火)
冷たい雨が降り続け午前は手指が濡れて冷えて刺身のようになり痛んだ。午後はワセリンを塗りたくったからか雨が止んできたからか手指はさほど痛まなかった。
3月5日(水)
ぐずつくけれどややあたたかくなった日、朝にチャリコフの詩を書く。俳句より短歌より自由詩はつくりやすい状態にある。来年度から班員がひとり減ったり十月あたりから減区がはじまったりするという。廃休などで減る作業時間を確保するためにも勤務時間中の作業は必須になるだろうし、減区をするとひとりで完配は難しくなり残は当然出る。品質は下がる一方だ。貧すれば鈍するの状態に弊社はある。とは言え、なるようにしかならない。
只慙無補絲毫事
尚費官家壓酒嚢(蘇軾「初到黃州」)
3月6日(木)
まだ防寒着を脱ぐのには早すぎた。雨合羽でスーパーカブを乗り回していたら海岸近くの風でからだを冷やしてしまう。帰宅して「獣になれない私たち」を観る。小道具がいい味を出しているドラマである。劇中店の5tapは映画「パターソン」みたいな夜の形式がある。テイストはやや異なるけれど。
歩くときは散文で
止まるときは韻文の厚皮動物たち!
(セサル・バジェホ、松本健二訳「土と磁気の」現代企画室)
3月7日(金)
クレジット機能付きキャッシュカードを失くす。昨日の昼に磐田郵便局のATMで使って、今日の昼にローソン磐田豊島店で気づくまでの間で落としたのだろう。不安で貝になりたいけれどローソンからの利用履歴はない。遠州詩歌アンソロジーについてすこし考える。出版機能をもてばみんなの詩歌叢書も出せる。西鮫島の側溝には痩せ狸や野良猫が棲んでおり、ときどき尾を見せる。ゴルフ場には狸が2頭いる。
3月8日(土)
徳島新聞のジェンダー短歌田丸まひる選に私の短歌〈児の看護休暇をとれば奥さんは何者なのか問う面談へ〉が入選していた。未就学児の看護休暇を限度までとった一年だった。午前は入野町のツインギャラリー蔵で「明日と泳ぐ『ことばのまわり――10年目を歩く』刊行記念展」を観る。11時開場を勘違いして10時過ぎに行ってしまう。空閑美保による解説の練習台になり、フェイヴァリットブックスL高林さんのときたま書房設営風景を観る。展示は新聞一面を鉛筆で塗りつぶしたりアンネ・フランクの日記のn/o/w/a/rの5字以外をホワイトで塗りつぶしたりなど乾さんの時間と根性の注ぎようの茫漠さを体感した。2階に展示されていた12ヶ月の新聞アーカイブは時の安置所と思える。その場で買った『ことばのまわり――10年目を歩く』荒蝦夷に乾久子さんのサインを書いてもらう。駅前の吉野家でねぎ玉牛丼あたま大盛りを食べRoom1102で『マルチチュード』を流し読む。13時からザザシティ西館地下のFUSEで開催の浜松オンライン読書会によるジェンダー関連本読書会へ『闇の左手』を持ち寄る。みきさん、足立区から高速バスで来た加藤さん、石野さん、浩太さん、壬生キヨムが参加。15時過ぎからジェンダーロールの再生産について和風シンデレラストーリーや異世界転生などを題材に話す。また私は双系制の話をする。カネスエで牛豚合挽肉を買って帰る。
「われわれだって二元論者だ。二元性は根源的なものではないのか? 自己と他者がいるかぎり」「われと汝」と彼は言った。「ええ、そうですね、性よりももっと広範な意味で」(アーシュラ・K・ル・グィン、小尾芙佐訳『闇の左手』ハヤカワ文庫)
3月11日(火)
有給消化。先週末から馬込川沿いの河津桜が見頃となる。ザザシティのスターバックスで『石川信雄全歌集』書肆侃侃房を読んでから鴨江アートセンターで10時ごろからつじむらゆうじさんと7月の詩幣について11時半まで話す。メモには「宇宙のしくみへ触れる」や「伝わらないと思い言えなかったことばが詩になる」などと書いてあった。アーティスト個人でも集団でもなく、群衆で芸術をやりましょうということを述べたと思う。小雨の降るなか北上して中央図書館へ赴く。調査支援室で2018年1月19日朝刊「浜松・遠州」ページのここすとに関する記事を撮影する。そこから東へ歩き池町の典昭堂で佐佐木信綱編の『万葉集』岩波文庫の上下巻を200円で買い、常磐町のDayaでマトンカレーとチーズナンとまちがえたバターナンを食べる。鍛冶町の浜松たばこセンターやしまで黒チェを買い、中央図書館駅前分室で杉勇『楔形文字入門』中公新書を借りる。詩・短詩の掲載ページ「ギルギナック」を構想する。まちなかを離れる前にメイワン8階の谷島屋書店で、『全共闘晩期』航思社の余波として村上春樹『1973年のピンボール』講談社文庫を買う。川口大三郎事件は1972年11月、1968年から1975年まで村上春樹は早稲田大学第一文学部に在籍していた。瓜内町のCOFFEE SHOP マニュウまで廻る。ZIPPOを忘れたのでマニュウの燐寸をもらう。そして650円のアイスチーズケーキとコーヒーのセットで『1973年のピンボール』を読む。冷凍倉庫に並べられた、スクラップ寸前だった七十八台ものピンボール・マシンは、自由を求めて果てた人たちの安置所と思う。砂利とホソバ垣の径を歩いて帰宅する。
一日ぢゆう步きまはつて知人にひとりも遇はぬよき街なり/石川信雄(「シネマ」『石川信雄全歌集』書肆侃侃房)
3月12日(水)
有休消化、また木の芽雨。午前はまちなかへ車で落としてもらう。谷島屋書店浜松本店で入沢康夫『詩の構造についての覚え書』ちくま学芸文庫を買い、同じ階のエクセルシオールカフェで読む。それからメイワン7階のハッピー浜松店で豆カレーとチーズナンを食べ、肴町の珈琲BENIにてブレンドコーヒーで『詩の構造についての覚え書』を読み、煙草を欠きながらも詩を書く。晩はフィール白羽店で買ったイサキ・かます・さよりの刺身を食べる。
3月13日(木)
府八幡宮北辺の桜が咲き始める。それと木蓮がほころびはじめる。kindleに萩原朔太郎『詩の原理』青空文庫をダウンロードする。
3月15日(土)
午前はアクトシティ浜松コングレスセンター5階で浜松市民文芸賞の表彰式に参加する。小説・児童文学・詩の内山文久さん、定型俳句の宮田悦自さん、自由律俳句と短歌の河合香織さん、短歌と定型俳句の峯村友香里さん、自由律俳句のちばつゆこ(『茉莉花』)さん、それに選者の宮本卓郎(『山頭火の会』)さんなどと話す。自由律俳句は後継者不足になやんでいるようだ。懇談会のあと複数部門受賞の内山・峯村・河合諸氏らとともに浜松ケーブルテレビウィンディの沢根さんの取材を受けた。
沈黙に耐えかね蛇口が気を利かせエイトビートを奏で始める/峯村友香里(『浜松市民文芸第70集』)
閉会ののち浜松駅で12時9分発の東海道本線に乗りこみ掛川駅へ。かけがわストリートテラスで露店から掛川ハヤシライス大盛800円を買って昼食とする。城下のこだわりっぱで抹茶&さくらソフト450円を買うけれど両者がうまくかみ合わなかったようで、コーンに抹茶、カップにさくらと分けてもらう。さくら味ソフトクリームは桜餅のようにほんのり苦みがある。それから掛川市二の丸美術館へ行き、短歌の種展2を観たあと14時から河原こいしさんの吟行at美術館に参加する。参加者の山本起也さんも掛川城観光俳句短歌へ投稿していたという。展示は一角獣のウニコール製根付、とくに椎茸と蝸牛などのヌメリ感が好み。15時からみなさんの俳句や短歌を見聞きして感想を述べあう。詩歌の解釈は詐術にも似る。解散したら雨降りとなっていた。浩太さんの軽自動車に便乗させてもらう。はゆき咲くらさんを掛川駅へ送ったあと東名と中田島交差点経由で自宅まで送ってもらう。
ほんものの龍よりもなお龍らしくウニコールより掘り出した息/甲太郎
3月17日(月)
日差しはあるけれど冷たい風が吹き寒い。久しぶりに防寒衣を着た。毎日歌壇の水原紫苑欄に私の短歌〈配達は闇を怖れるポケットのなかのジッポは桐に鳳凰〉が掲載される。クレジット機能付きキャッシュカードが見つかり南部交番で受け取る。
3月18日(火)
ゴルフ場にまた狸がいた。私に慣れたのか茂みのなか、手近なところから私を伺っていた。佐鳴台の佐鳴湖病院が閉院になるという。2021年から2022年にかけて適応障害で休職したとき宮田先生にお世話になった。私のカルテはどうなるのだろう。
3月20日(木)
春分の日。13時過ぎにクリエート浜松の一階広場でムラキングさんらしき人影を見て、エレベーター前で糀谷未有さんと会う。第7回浜松「私の詩」コンクール表彰式の会場である浜松文芸館講座室へ入ると鈴木和子さん、内山文久さん、熊谷文昭さんらが主催側にいる。私の席は右前の熊谷文都くんの隣になった。表彰のあと受賞者による詩の朗読がある。私は一般の部浜松市長賞の「ひまわり」を朗読する。中日新聞社賞の中道陽介「november」が、ボソボソとした読み方を含め印象に残る。そのあと旅人さんがギター演奏をする。つよい御方だ。会は果て、さとう三千魚さんと挨拶・名刺交換する。
冷たい水が欲しいのです
ヒヤリと甘い、未知の味のする、未来の井戸から汲まれた、ありきたりなものがいいのです(中道陽介「november」)
3月21日(金)
あたたかい日、でもまだ風はややつめたい。コールサック社のアンソロジーはタイトルがやたらと長いけれど、それはなぜなのかを考える。図書館などの検索にひっかかりやすくするためか? 世界詩歌記念日なので昨日いただいた『遠州灘』136号を読む。
駅 頭
黄昏を積み込んでしまった郵便車。(瀬川東二「短詩集・小景散歩」『遠州灘』136号)
3月22日(土)
午前は卒園式、先生も和装の妻も泣いていた。児の手つなぎペアだった年少さんがサプライズで見送りに来てくれて、児は慕われていたのだと感じる。式が終わったあといちごカフェでの女子会に加わり唐揚げ定食秘伝ソースを食べる。午後は蜆塚の浜松市博物館へ赴き、伊場遺跡群出土品の重要文化財指定速報展を観る。三重の環濠が確認されている伊場遺跡は弥生時代後期の銅鐸などの分布の東限に位置しており、首長が住み、他の集落を従えていたのかも。台付甕は台部付根に粘土帯があるのが西遠江地域の特徴だとか、下膨れの器などは東遠江地域の特徴だとか、文様や形で地域の特徴があるのがおもしろい。まだ手袋なしパーカーだけでスーパーカブの運転は寒い。帰宅して低体温症のように悪寒がして歯の根が合わず震え頭痛がする。白湯と蜂蜜湯を飲み、湯に入り布団に包まり、いちごカフェの牛筋煮込みを食べて体温が戻る。切痔で血を失っているのも一因か。
春愁をおくべき雲のひとつなく/田丸千種(『弄花』朔出版)
3月23日(日)
バスと東海道本線を乗り継いで二川駅で降り、豊橋総合動植物公園のんほいパークへ赴く。放送大学の学生証を持っていたので入場無料だった。3月は学生が無料らしい。自然史博物館で映画「おしりたんてい コズミックフロント」」も無料で観る。水戸黄門の印籠とおしりたんていの「しつれいこかせていただきます」は物語のなかでの位置づけが類似している。あたたかい日で北極熊が姿を見せない。河馬の出目吉が丘の上で昼寝をしている。小爪獺が水に降りそうで降りない仕草が可愛らしい。猿山の隅に毛のない傷だらけの赤猿がいてたぶん敗残者なのだと思い同情する。二川駅発15時30分の東海道本線で帰浜する。
3月24日(月)
のどかな日、毎日歌壇の水原紫苑欄に私の短歌〈アッシュールバニパル王も戦争を恐れていたと唄う海豚は〉が掲載される。『麦』誌上で滝浪武さんの逝去を知る。短詩の組織に属するということは多くの死と直面することでもある。
3月25日(火)
とてもあたたかく黄砂のとぶ日、静岡新聞読者文芸欄の大辻隆弘選の秀逸に〈春風に終わる命の匂い混ぜ午前六時の北へゆく豚〉が掲載される。中郡福塚線で毎朝見るか臭いを嗅ぐ家畜運搬車についての歌だ。
星は描かれていないので燃えかすは残らず(中澤佳央梨「朝は焼ける」静岡新聞2025年3月25日朝刊読者文芸)
それと同じ静岡新聞朝刊教養の『詩はいま』に杉本真維子さんの印象深い言葉が載っている。
それによって作者が繰り返す「死にたい」という言葉がことごとく「死にたい」の比喩であることが露呈される。言葉にならない言葉をすくい上げるのはやはり詩なのだ、という思いを深めた。(杉本真維子「目に見えるものの先へ」『詩はいま』静岡新聞2025年3月25日朝刊)
これは先日、つじむらゆうじさんに話した「伝わらないと思い言えなかったことばが詩になる」と似ている。伝えるという他者とのかかわりを考慮にいれるかいれないかだけが異なる。
3月26日(水)
風強く霾る日である。すこし焦げ臭かったのは韓国の山火事の流れてきた煙らしい。岐阜県が特に臭ったという。ロサンジェルスや大船渡、岡山と今治など最近山火事が多い。そんな森林火災のようにとんでもなく詩を読み、とんでもない詩を書いていたい、そんなことを思う。そしてすぐに忘れる。
いろいろなむかしが
私のうしろにねている。
あたたかい灰のようで
みんなおだやかなものだ。
(天野忠「私有地」『天野忠詩集』思潮社)
3月28日(金)
朝は雨、昼に初夏のような日差し、夕は強風。帰りに南図書館で『入沢康夫詩集』思潮社と『続・入沢康夫詩集』思潮社を借りる。足裏のうちがわがひどくいたむ。nesさんの第1回川柳句会アイリス句会報で私の句〈音漏れは肺のアイリスからだろう〉を平抜きの初鳴きで披講していただく。川柳句会用語は魅力的である。
3月29日(土)
朝は雨が少し降り、駐車場に磯鵯がいた。平口の万葉の森公園の桜まつりへ行くため、Googleマップ頼りに浜北駅の北口ターミナルへ来たら時刻表が改正されたのか8時台のバスがなく、新浜松駅から遠鉄に乗り、浜北駅から西へ歩く。汗ばみながら10時前に万葉の森公園にたどり着き、工房の西にある藤と桃のあいだに敷いたブルーシートで担当の古木さんとともにカードゲームのゴーシチをする。カンタン短歌と題して、こどももまじえて57577や575などをつくり、感想を言い合う。浜松ケーブルテレビウィンディの沢根さんの取材も受ける。それから浜松ゆる読書会のスイさんとお嬢さんも加わる。昼は万葉亭で万葉食をいただく。鯉の酒蒸しに醤酢をつけて食べるのが旨い。それと蘇も味わい深く、なにより菱の実を食べられるというのが驚きだった。午後もゴーシチをする。望月さんから昔の思い出などもポロリとこぼれ、詩歌の場って人柄がにじみ出るのでおもしろいね。信藤洋子さんとも挨拶する。14時過ぎから胡蝶之夢さんの中国琵琶の演奏と舞踏、眉南边や忆江南を観て、伎倍の茶屋で手作り桜餅と抹茶をいただき、グリーンアリーナ入口のバス停から15時22分発のバスで浜松駅へ帰る。万葉の森公園のみなさんは静岡新聞や中日新聞を読んでおり、私の名を知っている。他分野のイベントに出るにしてもこうした詩歌や文芸に関心のある人たちがやっているイベントの方が参加し甲斐がある。
醤酢に蒜搗き合てて鯛願ふ吾にな見せそ水葱の羹/長忌寸意吉麻呂(佐佐木信綱編『万葉集』岩波文庫)
3月30日(日)
午前はサントリーのらくなりいちごの苗を植えつける。それから向宿の畑懐で畑懐の土1リットルと不断草の種といろいろな雑穀や豆の種を買う。家に帰っていろいろな種を蒔く、何が発芽するのか楽しみだ。それからまちなかを徘徊し、鍛冶町の浜松たばこセンターやしまで赤チェを買う。13時にKAGIYAビルの喫茶さくらんぼに入り、ポメラで作業をする。稲吉オサム作陶展「連」のチラシやこれを企画している小林慶太朗さんの「理のさき、心をのぞく」のチラシを入手する。小林慶太朗さんは化学研究職とのこと。2階のBOOKS AND PRINTSにも寄る。マヤコフスキー叢書の脚本が置いてあった。West Goat Coffeeにも寄ってポメラ作業をして帰る。不断草の種を蒔く。
旧潜戸は「子供たちの死霊の窟」で、
ここで母たちは死んだ子の足音を聞き、
砂に残された微かな足痕を数へる、
(入沢康夫「Ⅰ潜戸から・潜戸へ」『続・入沢康夫詩集』思潮社)
3月31日(月)
冬の寒さ、午前は小雨がぱらつく。毎日歌壇の水原紫苑欄に私の短歌〈学校へ渡す感情調査票 名のない感情はくもくれんと書く〉が、加藤治郎欄に私の短歌〈国道の渋滞のさきゆっくりと帰省してゆくトリケラトプス〉が掲載される。夕は小雨がサーと降る、とても冷える。妻子は東京に行っておりいない。米不足なのか、あきたこまち5キログラムが4380円もする。去年の8月くらいまでは2000円前後で買えたはずで、政府備蓄米の放出はどうなったのだろう。
4月
4月1日(火)
新年度、雨がぱらつき肌寒い。ここ4日で詩を5篇書いて、4篇を出した。自分の書きたい領域が見えてきた感じがするのでそこから離れたい。
4月2日(水)
朝まで小雨だが、昼は日差しがありあたたかい、のどかな日。遠藤ヒツジさん企画の生成AIによる詩作品アンソロジー募集へ応募する。geminiで2回指示してできた詩である。喉が痛く脚も懈い、自律神経が弱っているのだろう。20時にウィンディニュースさんちょく!で万葉の森公園桜まつりを観る。夜はまた雨、東京についての小詩を3篇書く。
4月3日(木)
朝は雨が長びく、昼から晴れるけれど風はやや冷たい。米トランプ政権の輸入自動車に対する25%の追加関税が今日からはじまり27.5%になる。中京工業地帯から東海工業地域にかけての自動車関連産業に少なからず打撃はあるだろう。ほかに相互関税として24%が課される。さて、詩歌でもやっていこうか。
4月5日(土)
子守、午前は栄町の青葉幼稚園内でやっているアトリエ・エムへ児を預ける。元魚町の南北に伸びる小路にある喫茶軽食たじまでそのあいだ一服する。93歳になるたじまのおばさまから蒲郡で戦中の東南海地震・三河地震に遭遇した話を聞く。昼はザザシティはままつ楽市の華楽で醤油ラーメンとチャーハンで済ます。それから浜松ジオラマファクトリーへ行き、第12回ハイスクールジオラマグランプリの入賞作品を観る。ゴジラに壊される名古屋城の崩壊過程が良い。KAGIYAビル304号室nauで稲吉オサムさんの作陶展「連」を観る。腸を抜かれたような陶器に隕石味がある。隣室のRohanにて飛松灯器さんと小駒眞弓さんの2人展を観る。0型の陶磁器や磁器の照明器具など陶という素材を用途や既成の型にとらわれず自在に操ろうとする意志が見える。これは稲吉オサム作品にも見られたものだ。夕に詩季用に詩を2篇用意する。夜にホテルJinについての詩を書き、気に入る。
4月6日(日)
子守、午前は雨で午後から晴れる。NotebookLMに読ませるため現代詩関係のブログを漁っていたら小笠原鳥類つながりでHerb Port of Poetsという英語詩を募集しているブログを見つけたので昨日の詩を翻訳して応募するとすぐ掲載してくれた。Richard Brautiganの原文詩を読むと、頭文字をあまり大文字にしなくてもよかったかもしれない。
春陰易成雨
客病不禁寒(陸游「春雨」)
4月8日(火)
非番、桜は葉が目立ちはじめるなか小学校の入学式。午前は児と川沿いを歩いて小学校へ赴き、現地で和装の妻と合流する。入学式のあと組ごとに先生と児と保護者とで集合写真を撮影をする。児童会の入会式も済ませ一旦帰宅する。集合住宅の同じ階段の家族は午後に中学校の入学式である。昼メシをコメダ珈琲浜松領家店で済ませたあと卒園して改名されたこども園へ行く。そこから妻子とわかれシネマイーラでモハマド・ラスロフ監督の「聖なるイチジクの種」を観るためまちなかへバスで向かうけれど時間をまちがえていたために観られず。ちなみに原題はدانهی انجیر معابد、観ていないので種が無花果なのかは謎のまま。朝の広末涼子事件を題材に詩「広未涼子」を書き、投稿する。
4月10日(木)
午後から雨の予報だったが降り始めは夜へずれ込む。連日の選挙の投票所入場整理券と介護保険料の郵便配達で脳が熱い。午後、磐田市の仿僧川と磐田停車場長野線が交わるあたりの畦で赤い頭をした雉の雄を見る。水田では鳶・鳧・青鷺・白鷺・烏・雀・椋鳥などをよく見る。
蟷螂の眼も枯れ尽くして
ここは錆色の廃都 錆色の舌に載せて
一気に吐き尽くす虹の魚
(「星痕観測」『時里二郎詩集』思潮社)
4月12日(土)
昼は駅の一風堂で赤丸を啜り、新川モールのBON COFFEEで買った珈琲焙煎所やくし中煎り珈琲を片手に13時からクリエート浜松4階文芸講座室での詩季に参加する。熊谷さん・内山さん・竹原さん、そして鈴木和子さんが参加。私は「変調の石」を朗読するけれど自作について語ることがあまりなくひたすら意見を拝聴する。自句自解は野暮という意識があるのかもしれない。熊谷文昭さんの「水」は神話的側面で影響を受けそう。そのあと鈴木和子さんのもってきた駒瀬銑吾「メタファを使った中学生の詩」を用いた学習会、独特なメタファをつくるためには頭を使う。そのあと同じ部屋で豊橋/浜松読書会があるらしく参加したかったけれど予約していなかったため佐藤さんに参加を拒まれてしまう。場には場のルールがあり尊重するしかない。プレオープンのコメダ珈琲店浜松駅エキマチウエスト店に寄って帰宅する。
終点が始点になる。また始点が終点になる。(尹東柱、伊吹郷訳「終始」『空と風と星と詩』書肆侃侃房)
4月13日(日)
子守、一日中雨。砂山銀座サザンクロス商店街のサザンクロスほしの市でメロンパンとOKAMO DOLL COOKIESのバラ売りクッキーを買う。ソラモのHello!台湾フェス2025with浜松台湾夜市の準備を見ながら鍛冶町のザザシティ6階こども館へ赴く。昨日妻子が頭陀寺公園で遊んでいた幼稚園の姉妹と11時半にこども館のホールで会う約束をしたという。こども館は雨のこどもで大混雑、ドッヂビーをしながら待つけれど時間になっても来ない。そういうものかと思い、メロンパンを食べボールプールで遊ばせながら待つと12時半すぎのホール前にそれらしい家族連れがいたので「きのう頭陀寺公園にいましたか?」と訊くと然り、再会する。昼はザザシティ2階で食べ放題、それから再びこども館で遊び17時に解散する。
4月14日(月)
まだ風は冷ややか。昨日のドッヂビーのため左肋骨が筋肉痛である。ホテルJINについての詩をさらに一篇つくる。
4月15日(火)
午前はいっとき小雨がぱらつき風は冷ややか。市長選挙と市議会議員選挙の選挙郵便の山場の日、普通郵便の三倍、一区で千百通ある選挙郵便を二丁拳銃で配達する。候補者たちは古い名簿で出しているので還付も多く、でもその日のうちに配達しなければならないので苦労する。こんな慣習は早くやめればいいのに、と思う。午後は黒い雲が迫り雨と突風、急に寒くなる。それからすぐ日差しが出て不安定な天候となる。更地についての詩をつくる。
4月16日(水)
左の下部肋骨の痛みがひどいので昨夜ロキソニンテープを貼ったけれど、起き上がるときはまだ痛く、貼って12時間経った昼ごろにようやくゆっくり効き始める。選挙郵便は一区あたり五十通程度、現職の草地市長は楽観視しているのか選挙郵便を出さないので山場はもう過ぎる。第三十六回伊藤園お~いお茶新俳句大賞の本人確認をウェブで済ませる。
4月17日(木)
あたたかい日、左脇腹になお引き攣る感じがある。枇杷の詩をつくる。ほかの果実かあるいはほかの物体かに変えようと思う。
島は何処にあるのか
皮肉っぽくわたしは通訳に聞いた
「おれのことばのなかに」
(「通訳」『時里二郎詩集』思潮社)
4月18日(金)
あついくらいにあたたかい日。結局枇杷のままの枇杷の詩をこれでもかこれでもかと推敲する。ふと、眾という漢字は衆よりも人のうごめく感じがすると思う。
4月19日(土)
掛川の松浦さんへメールを書いて送り、プスプス通信に載せる再詩丼の広告を作成する。新川モール高架下で開催されている浜松古本市へ行き、書肆フラヌールや古本zzzやtayutau magazineや移民の歌や浜松オンライン読書会や政熊商店などのブースでもろもろ話し、去年の冬に寄稿したZINE『フェイヴァリットブックスLがマンションの一室にあった頃の話』や田村隆一『インド酔夢行』日本交通公社や『未遂 第26号』谷島屋書店や『tayutau magazine vol.01』などを買う。古本屋サイダーハウス・ルールにはムラキングが座っておりムラキングが書いたという書評を読んだけれど、これらは書評というより帯書き文であろう、と伝える。例の鈴木さんと話していたyoutubeをやっている神谷さんに会う。
この町に本当はなく僕たちは箱に詰まった海を見に行く/鳥居(『キリンの子』KADOKAWA)
それから歩いて成子町のプスプス by ZINGまで赴く、そこではプスプス市2025春が開催されている。イベントの梯子となる。hiさんのホンデュラスをアイスでいただき中井拓人さんの写真がどこで撮られたかをすずしさんらと談義する。りいぶる・とふんの『百年のわたくし巻六・七』にさとう三千男さんと時里二郎さんと素潜り旬さんが寄稿しており、買う。荒木みどりさんは吉田朝麻さんの母君という。餃子を食べ、West Goat Coffeeに寄って帰る。『フェイヴァリットブックスLがマンションの一室にあった頃の話』は妻にも好評、淡々と文章が綴られている素朴さがいい。夜は19時過ぎに隣町の公会堂へ赴き、法被のサイズを確認する。交差点の詩をつくる。
銭湯には身長計がない
銭湯に来る子供がいなくなったからだ
ちぢみゆく老人には、身長計は不要と言うのだろう
(扉野良人「ノヴェッラや、昔話 或はまた火の用心」『百年のわたくし巻六・七』りいぶる・とふん)
4月20日(日)
書籍という似た媒体を扱っていても詩人の国と商人の国は異なる、大きく異なる。そういえば、私は名辞と結果の不一致には甘いけれど、名辞と手続きの不一致には厳しいのかもしれない。magazineかzineか問題と同じようにしろくま古本市は、従来の古本市でも自由な一箱古本市でもなく、募集形態から判断して古本座と呼ぶべきイベントだ。これに限った話ではないけれど、北田町周辺の界隈はときどき秩序を乱すためではなく秩序を維持するために名辞に反する手続きを選びがちだ。わるいことではないけれどおもしろくはない。子守、ふたたびプスプス市2025春を訪れる。筆談の知里さんに託児し、曽布川祐さん関連で一人芝居の脚本を書いている塚本千花さんから『さいたまからパレスチナを想うZINE』を、こながやさきさんから『なんの因果か夜道を走っていた』を買う。夜に昨日の公会堂へ行き、大人とこどもの法被とワッペンを購う。〆て三万三千円。
私はランプを吹き消そう。
そして消されたランプの燃殻のうへに鷗が来てとまるのを待たう。(「帆の歌」『丸山薫詩集』思潮社)
4月21日(月)
午前は暑いくらいだったけれど午後はひんやりとする。局の屋上にある辞めていった人たちの喫煙所をテーマにカノンの詩をつくる。
4月22日(火)
曇りの日。狸が白拍子の若宮八幡神社の南を走っており、仿僧川沿いに動いているのかと思う。承認欲求というより自分の内だけだったはずのことばが外の世界へ通じて嬉しいという感情が詩人にはある。四元康祐『詩探しの旅』日本経済新聞出版を読み翻訳できる詩、翻訳してもそのおもしろさが伝わる詩は強いと思う。
4月23日(水)
午前は雨、午後は曇り。夜は疲れてすぐ眠る。健康である。
百粒の黒蟻をたたく雨を見ぬ暴力がまだうつくしかりし日に/浜田到(『浜田到作品集』青磁社)
4月24日(木)
晴れの予報だったけれど昼は霧雨。ゴルフ場の北には二匹、南には三匹の狸がいる。素朴な詩誌、あるいは新詩・短詩・漢文・評論・随筆の文芸誌をつくりたいとふと思う。たとえば詩誌『断食月』とか。
星たちの言葉の林に眠りおち夜明けには拾ふ夥しき鳥/浜田到(『浜田到作品集』青磁社)
4月25日(金)
詩誌というより八百文字前後の短文と短詩と自由詩で窮屈に埋め尽くされた人文誌『断食月』がいいと思う。でもそんな暇があるのか、自分に。
八時間労働をはりし虛空に夕月は遠き異国の紋章のごとし/浜田到(『浜田到作品集』青磁社)
4月26日(土)
午前は鴨江アートセンターでつじむらゆうじさんの展示、あなたとわたしとみんなのハートをつなぐ絵を観にいく。文字やハートマーク以外の図案は書いてはいけないと言われたので、その場のおもいつきで敢えてアラビア文字のقلبをハートマークに図案化して描く。つじむらさんと昼まで地球祖語あるいはProto-Earth languageの話などをとりとめもなく話す。そしてザザシティ中央館の新しくできたCREMA CAFEでぬいぐるみを踏む詩を、歩きながら一箱古本市の詩をつくる。差し札に遠州と彫られた喧嘩札が届く。つじむらさんに勧められた「機動戦士Gundam GQuuuuuuX」の3話まで観る。シャアの「見せてもらおうかこのモビルスーツの性能とやらを」で痺れる。
4月27日(日)
気持ちのいい快晴の晩春。群衆に期待しているということは、そもそも私はアーティストやクリエーターといった他者を有象無象と同じくらいにしか期待していないということであり、それはなにより私自身を信用していないということの証左にもなる。子守、今日は近所の公園やスーパーマーケットへ行ったり、balatroの派生となるalice card episodeに苦戦したり、した。郵便配達の詩を書く。何らかのテーマが自分というフィルターをとおることで自分が想像しえなかった様相を呈することが詩作の楽しみだ。ほら、自分自身を信用していない。
欲窮千里目
更上一層樓(王之渙「登鸛鵲樓」)
4月28日(月)
ふとポスト・ポエデイ時代という言葉が思い浮かぶ。午後から雨、左足だけ濡れる。『断食月』の詩部分はもっと個人的にして、文章だけを公募するという単純化をしないと続かないかもと思う。
イメジとイメジをむすぶものは王の権力
イメジとイメジをうみだすものは天使の栄光
(田村隆一「恐怖の研究」『田村隆一詩集』思潮社)
4月29日(火)
昭和の日という祝日。短歌と俳句という二項だと苦しく、さらに自由詩が従項として加わるという状況だと均衡がとれない。しかし自由詩を主項にして、そこから短歌や俳句が派生すると考えると楽だ。静岡新聞読者文芸の野村喜和夫選で私の詩「落花生」が掲載される。
白昼をすももひとつとともに来て持ち替へながら浜をあゆめり/小原奈実(『声影記』港の人)
午前は浜松学院大学の清水先生とぬくもりの森へ赴く。小さな欧州建築の、ひんやりとした隅っこに精霊が潜んでいたらいいなぁ。集落に、せせらぎというより急流と水車と滝と池があるのがよい。ほうじ茶ジェラートを挟んだマラサダを食べる。それから高丘西の和食処あつみで昼とする。
日常の中で飢えている 貧しい言葉たちを
目立たない言葉たちを ほんとうに私は愛する。
(片山敏彦訳「日常の中で飢えている言葉」『リルケ詩集』亜紀書房)
4月30日(水)
風はつめたく気持ちのいい快晴の日、蜜蜂に関する絵本のストーリーをつくる。妻がリルケを好きだと言っているけれど、何が好きなのかはよくわからない。
騒がしき養蜂箱を抱へけり/綾部仁喜(『綾部仁喜全句集』ふらんす堂)
5月
5月1日(木)
6時に再詩丼の出店者募集開始。とりあえず8ブース埋まる。それと仕事では毎年恒例のサントリーのタウンプラスが出る。固定資産税や自動車税の時期に合わせてきたのはサントリーによるなんらかの嫌がらせだろう。明日の雨避けにしかならない。そういえば新宿郵便局で飲酒したままバイクで配達に出た郵便配達員がいたらしいけれど、会社の配達員に対する扱いが過酷だから痛みを和らげるのにアルコールなど薬物に頼らざるをえなくなる。会社に虐げられた者は社会へ復讐をせざるをえなくなる。
5月2日(金)
朝から夕まで断続的に強い雨と強い風、17時に過ぎにまぶしいくらいに太陽が出る。再詩丼は朝にブースがすべて埋まる。ルールを厳格に運用しないからルールからの逸脱が生じる。これは主催側の甘さが原因だろう。
垂直に鳥飛ぶ春の驟雨中/綾部仁喜(『綾部仁喜全句集』ふらんす堂)
5月3日(土)
昼過ぎに葛餅のもとを練る。午後に磐田市へ出かける。上大之郷のAmber booksへ行き、茨木のり子『ハングルへの旅』朝日文庫とエーリヒ・ケストナー、池田香代子訳『ふたりのロッテ』岩波少年文庫を買う。コメダ珈琲磐田今之浦店に寄ったあと今之浦公園でサッカーをする。詩歌に取り組むにあたっては、時代の潮流にうまく乗れてうすら笑いを浮かべながら器用に立ち回れるひとたちではなく、時代の潮流に取り残されて昔ながらのやり方を変えられずでもなんとか生きている不器用なひとたちの側に立とう。
枯れ闌れた森に 鳥の叫びが一つ挙がる、
その声は無意味なものに思われる、この枯れ闌れた森の中では。
(片山敏彦訳「もの怖じのけはい」『リルケ詩集』亜紀書房)
5月4日(日)
昼は自宅でぐだぐだ読書などをして、午後の妻子は浜松まつりの子練りで公会堂へ行く。まちなかのカフェはどこも混雑しているので、紺屋町の100cafeへ赴き、フローズンバナナコーヒーを飲む。チョコレートが占めるべき位置をエスプレッソの苦味が占めている感じ。昨日は閑散としていたが今日は忙しかったらしい。利町の浜松復興記念館に寄って鰹の土佐造りを買って帰宅する。妻子は夜の屋台に出かけたので夜の散歩、あるいは吟行のために出て、ケンタッキーフライドチキンを食べる。私は社会の秩序から外れる祭りの人間である、それゆえ祭りそのものから疎外されている。
連中が好きなのは死んでいる、このわたし。「彼はわれわれの仲間、われわれのものだった」というために。(マフムード・ダルウィーシュ、四方田犬彦訳「死んでいるわたしが好き」『パレスチナ詩集』ちくま文庫)
5月5日(月)
四連休三日目、午前中は中東遠へ向かう。イオン袋井店に寄ったあと、二の丸美術館で『文芸かけがわ第19号』を買う。短歌5首選と詩「星の名」が掲載されている。上内田のシューマイ屋、幸心と同じ屋根の下にある本屋すみれで、ゆずりはすみれ『かんむりをのせる』ゆずるは舎の新装版を買う。オーソドックスな書籍のほか、岩波文庫やみすず書房も並べ、店主の趣味の面陳もある。茶の庭で山沿いの茶畠を観ながらどら焼きを食べ、新茶を買って帰浜する。浜松まつり最終日、16時から駅前の子練りと屋台に参加する。交通理事のはずだけれどニンジンが足りなかったため屋台を牽く縄二本を一定に隔てる竹竿を担ぐ。方向転換のときにふんばったので肩がいたい。児は小学校の級友や中学生と仲良くなっている。21時に公会堂でアサヒスーパードライをもらって帰途につく。
5月7日(火)
断食月の募集を昨日からはじめる。すでに詩歌と沈黙交易ともに数作の応募があり、やはり詩丼出店者は感度が高い。袋井市の月見の里学遊館からメールでとあるお話をいただく。活動をちゃんと見てくださる人は確実にいる。それが嬉しい。
5月9日(金)
昨晩は掛川の新茶を喫んだため日付が変わるまで眠れなかった。昼寝をしてすこし持ち直す。午後は雨、仕事終わりに小立野のとん汁桝形で晩飯を食べ、19時過ぎに遅刻しながらもアクトシティの浜松市文化振興財団事務室へ赴き、ドコデモアルト始動前のミーティングを常石さん、金田さん、中村主幹、Zoom参加の瀬口さんとする。そこでドコデモアルト企画者の公募制やドコデモアルトを経験した企画者のリスト化などを提案する。話が脱線したときに私が、ハママツクリエーターズフェスのメンバーが固定化していることやクリエーターの募集方法が明示されていないことなどをふと漏らしたら、同じことを思って発言している人が何人かいるというふわっとした感触を得た。というのもフェス側もアートライブラリのなかからクリエーターを選出する体裁をとるなど、批判への対応をしているらしい。でもイベントがあること自体は素晴らしいことだから、他の企画者は同じ轍を踏まなければいい話である。それにしても、浜松市に批評精神の芽はちゃんとあるようだ、それが頼もしい。カーネーションの詩をつくる。
5月10日(土)
子守、雨は午前でやむ。バスでまちなかへ出て、田町のちまた公民館をちらっと見てからクリエート浜松へ赴き、13時から詩季に参加する。そのあいだ児は塗り絵をさせる。鈴木和子さん、内山文久さん、竹原孝子さん、ヒメ巴勢里さんが参加。私は「Hoan」というカーネーションの詩を読む。巴勢里さんの詩集『七色の折りヅル』てらいんくを本人から買う。遠州病院駅から新浜松駅まで赤電に乗る。児が夜のお泊り、パジャマパーティーで持参するLENRIのクッキーとカーネーション一輪を買ってバスで帰る。
焼きイモ屋さんが
売っているのは 実は
ホクホクなんだ
(ヒメぱせり「ホクホク」『七色の折りヅル』てらいんく)
5月11日(日)
俳句時評を書きながら、旅の詩をつくる。昼は錦華楼千歳本店で回鍋肉A定食を食べる。West Goat Coffeeに寄り、畑懐でミニトマトとバジルの苗を買う。ただうちのベランダは日照量に難がある。
古い地図に残る 風のたまる窪地(時里二郎「草の駅」『伎須美野』思潮社)
5月13日(火)
非番、小学校まで児を送り、まちなかへ向かう途中ではらいたのためファミリマート浜松アクトシティ店のトイレへ駆け込む。事後、Landmark's Coffee&Baker浜松駅南スタンドで雪島さんに会い、浜松市のイベント展望について話す。私はいわゆるインフルエンサーではなく、地に足のついた言葉を吐き出す人としての需要ならあるのかもしれないと思う。ただ誰かを傷つけるかもしれないくらいの自由さは持ち合わせていたい。その場で雪島さんを浜松アーツ&クリエイションの中村主幹とつなぐ。まちなかを歩き、駅前でatelier momotaさんの路上販売を見て、中央図書館で洪水企画の本を借りて紺屋町の100cafeへ。久しぶりにフィッシュアンドチップスを食べる。意外とモルツビネガーが癖になる。昼過ぎに児をお迎えに行く。鮸を買ったあと、友人宅へ遊びに行った児を迎えに行くと、また小学校の方へ遊びに行ってしまった。遊ぶに任せたあと友人宅に迎えに行く。晩飯は鮸の酒蒸し。
5月17日(土)
ずっと雨。午前に豚の詩を推敲する。短すぎたので行をつけ足した感じ。午前は疲れているのか、ほかに何もする気になれない。昼過ぎにまちなかへバス出てザザシティの弐輪舎でケール餃子をコカコーラと食べる。雨はこぶりになる。West Goat Coffeeに寄って帰る。夜は鶏もも肉を麦酒で煮込む。妻がキウイを庫外に放置して発酵させてしまい、児の首筋が熱くなる。
われらの耳は泥のなかに眠る
われらの眼は夜のなかにめざめる
われらの髪は風のなかにみだれる
風はわれらの眠る石のうえを吹く
(「われらの五月の夜の歌」『三好豊一郎句集』思潮社)
5月18日(日)
曇りの子守、バスでまちなかへ行き人類乗車計画スタンプラリー2025のため浜松駅バスターミナルや浜松市楽器博物館や駅の観光インフォメーションに寄り、それからバスで市役所南停留所へ赴き市役所のエヴァンゲリオン初号機立像と浜松城天守閣を観る。それからバスで浜松駅バスターミナルへ戻り、新浜松駅を経て遠州鉄道西鹿島線にてさぎの宮駅へ赴く。けれどもさぎの宮駅にスタンプはなく、碇ゲンドウのスタンドパネルだけがあった。西鹿島駅で天竜浜名湖鉄道に乗り換えて天竜二俣駅へ。昼は十文字屋で豚の生姜焼き定食を、児は冷たいきつねそばを食べる。転車台と鉄道歴史館を観る。赤い螺旋巻きのロンギヌスの槍のまえで、新約聖書におけるロンギヌスと槍の解説があったのには笑った。そのあとバスで秋野不矩美術館へ登り、スタンプだけ捺して何も観ないですぐに降りて西鹿島行きのバスに乗る。あとは帰途である。
ふろう・ふし はないのだから
生きなければならない
(ゆずりはすみれ「ねなしぐさ」『かんむりをのせる』ゆずるは舎)
5月20日(火)
快晴、風の清らかな日。昼に妻が局へ電話して昨日の担務表問題は解決する。局は外部からの力に弱い。文芸祭に向けて、なんてことはない詩を四つつくる。
5月23日(金)
非番、児の運動会が土日ではなく金曜日午前だけにあり、岩波文庫の『カヴァフィス詩集』を体育館で読みながら観戦する。カヴァフィスを再認識する。児は給食を食べて帰ってくる。運動会の種別は準備運動・徒競走・団体演技のほかに玉入れや台風の目などの僥倖種目がある。これは浜松市や磐田市や袋井市など静岡県西部だけの呼び方らしい。昼は楊子町のさやで鰹刺身定食を食べ、12時半に高町の古橋商会へ走行距離4万4188キロ余のスーパーカブを点検に出す。そのあいだバスで駅前へ行き鍛冶町のラッキー浜松駅前店で理髪してもらう。側面はバリカンで6㎜、上は3㎝残し、もみあげは耳の真ん中まで剃る。駅前から歩いて高町へ。15時半に古橋商会に取りに行くとスーパーカブは点検終了していた。今回はエンジンオイルフィルターを交換してもらい、次回はチェーン交換となる。17時過ぎまで校庭で遊んでいた児を夕に公文の教室へ連れて行く。幼いのにご苦労なことだ。
気に入られたおまえは宮廷に入り、
サトラップ領とかを提供された。
のぞみもしなかったそんなものを、
おまえは絶望から受け入れた。
だがおまえの魂は別のものを求めて泣いている。
別のもの、市会と賢者たちの讃辞を、
アゴラと劇場における得がたく、また
計りしれぬ価値をもつ評判を。
(池澤夏樹訳「サトラップ領」『カヴァフィス詩集』岩波文庫)
5月24日(土)
朝8時前に家を出て愛知県一宮市、尾州の新見本工場へ赴く。愛知県に入ると雨が降りはじめる。10時前に到着する。どうやら新大人の普段着展に巻き込まれたようだ。c_thought coffeeのパンチのあるルワンダを飲み、ramoのバナナケーキと魯肉飯を児と食べる。遠州が綿織物なら尾州は毛織物の産地だという。木曽川のミネラルが少ない軟水が羊毛をキシませないという。近所の地図を見ると毛織やニットや製絨という単語に出会う。妻の接客のあいだ児と一宮市三岸節子記念美術館へ赴く。館内では美術館吟行と短歌ポストをやっており、〈ひとりでも生きてはゆけるけどあの時ふたりは確かにしまうまであった/冨山桃仁花〉が記憶に刻まれる。節子の絵はおおまかで良かった。尾州の秋野不矩みがある。帰途に刈谷ハイウェイオアシスの天然温泉かきつばたに浸かる。電気風呂ならぬ電気マッサージ風呂に肩胛骨をほぐされる。妻子を待つあいだPHITENのフットマッサージ器で中足骨をほぐす。雨の東名高速道路を飛ばして三方原スマートインターチェンジから帰宅する。
きょう、生きるに値する幻があればいいのだ
たとえば、白いコーヒーがなみなみと
茶色の茶碗につがれる、ある夜の!
(「白いコーヒー」『新選北村太郎詩集』思潮社)
5月25日(日)
児がお絵描き教室に行きたくないと泣くため、新浜松駅で遠州鉄道と天竜浜名湖鉄道の共通一日フリーきっぷ西ルートを買い、西鹿島駅経由で下りの天浜線に乗り新所原駅へ行く。おにぎりを買って天浜線の上りで奥浜名湖駅で降り、長坂養蜂場でぶんぶんの着ぐるみと記念撮影したあと、入河屋に寄る。児が怒りっぽくなる、きっと疲れて糖分が満ちて眠いのだ。奥浜名湖駅から西鹿島駅へ戻るあいだずっと児は寝ていた。西鹿島駅から遠州鉄道で帰る。夜に月見の里学遊館から企画書が届く。
5月26日(月)
曇り、いやに心の安定している日。先日に診断書によって一ヶ月間の病気休暇となった同僚についての詩を書く。ねじめ正一『荒地の恋』文春文庫が届く。
5月27日(火)
いろいろ粗はあるけれど小泉農水相の備蓄米随意契約で米の価格が下がるかもしれない。転売などの問題もあり、もう市場経済は捨てて計画経済へ移行する時機だろう。今月の静岡新聞はふるわず、川柳に一句〈ヒロスエをヒロスエよりも知る人ら〉のみ。新聞への投稿にはやめる潮時があるけれど、もう静岡新聞も潮時だろうか。今月の詩は沼津市の田村全子さんの「思いの周波」と掛川市の水野満尋さんの「花咲き乱れ」と錚々たる静岡県詩人が並ぶ。選外佳作もおかだ香よこさんや井村たづ子さん。そういえば先月は東京の投稿詩人、芦田晋作さんの「ないものを見てきたので」が掲載されていた。いつのまにか静岡新聞の読者文芸が活性している。でも私は忘れられた詩人としてひっそり生きたい。
声のしずかな町は撓んでゆるやかにわたしへやってくる低気圧/堀静香(『みじかい曲』左右社)
5月28日(水)
気持ちいい晴れ。朝が涼しく、昼もそんなに気温があがらないところがいい。ねじめ正一『荒地の恋』を読み終わる。実名を使っているからだろう取材が丁寧にされている。ただ取材と詩からの構想で創作の余地がないため、梢や阿子など架空の愛人についての描写を筆者が楽しみ過ぎているのが滲みでてしまっている。ただ架空の愛人のひとり阿子は幸福なAmérica Vicuñaめいていてよかった。そういえば、商業を促進させる道具にすぎないデザインを大事に思う人は他人に関心がなく、冷たい。それは他人の中身より外面だけを見て判断してしまうからだろう。そうならないよう詩評のブログ断食月報をはじめる。
誰れもまだ夢のなかで
輝く太陽を見た者はいない
(「深いふかい眠り」『鮎川信夫詩集』思潮社)
5月29日(木)
先週土曜日にベランダで拾ってみかんの葉を与えていた並揚羽の青虫が夜のあいだ糞を落とさず、今朝は頭をくの字に曲げてじっと固まっている。夕になってもまだ蛹にはならない。昼前にアマゾンで注文した肥後守と中足骨をサポートするインソールが夜に届く。
5月30日(金)
朝には並揚羽の幼虫は蛹化していた。児が昨日児童会でうるさくしていて叱られて泣いた理由について、怖かったこととうるさくしてしまったことの二つを挙げていておとなびた思考に驚かされた。7時台の浜松駅行きバスに乗り、満員バスという経験をして開店したてのLandmark's Coffee&Baker浜松駅南スタンドに入る。リベロ三島店では木徳神糧の楽しい食卓が5キロ3380円で売っていた。昼は久しぶりにララカレー肴町でデビルチキンカレーを食べる。久しぶりに食べると辛く汗を噴く。帰宅して消費期限切れの牛乳を牛乳わらび餅にする。児を遊ばせる三島楊子公園に自転車をウィリー走行させているおじさんがいた。同じクラスの、ブラジルをルーツにしている子もいた。18時半から新浜松駅下のはままちプラスでHAMAMATSU ReCreation LABOりくらぼおむすばがあり14名ほど参加する。私がおむすばにとって場違いだなと感じたのは、芸術文化で食べていきたい人とおもしろい芸術文化環境をつくりたい人、商業を目的とした芸術文化と芸術文化のための芸術文化とがおむすばでは分かれていないからだろう。単に売りたいだけ、食べていきたいだけの人が多かった。いまの浜松市の芸術文化の評価軸が芸術文化のなかになく売上と販路という商業の評価軸しかないのも一因だろう。批評によって評価軸を増やし、価値をつくっていきたい。ただ幻想工房きつねやさんの発想はおもしろかった。21時前にまちなかをあとにした。
どの窓にも、町と同じ大きさの
沈黙があった
(「夜と沈黙について」『鮎川信夫詩集』思潮社)
5月31日(土)
勤務日、昼に雨。ドコデモアルトのGoogleチャットにて、昨日のおむすばで見聞きしたことで議論が沸騰し、6月4日に緊急会議をやることになった。私は「文化芸術の活動が文化芸術を疎外して進展する」とまで書いた。夜に中田島砂丘へスーパーカブで赴く。防潮堤のうえで砂丘ポエトリー・リーディングをする。今晩は「ばんそうこう」をひとりで読んだ。これからは毎週土曜日夜に遠州浜まで行ける日は砂詩丼をしようと思いつく。
6月
6月1日(日)
再詩丼のフライヤー200部の印刷をラクスルに発注する。今日は備蓄米、こと小泉米が出回りはじめたらしい。子守、昼過ぎにバスで中田島砂丘と風車公園へ赴く。風車公園南駐車場には自家焙煎コーヒーライフのキッチンカーが出ていた。
6月2日(月)
JP労組新聞の俳句欄堀之内長一選に私の俳句〈老桜の飛花よやわらぐ片頭痛〉が掲載される。老桜の人は4月に飛ばされた局でもすでに四人罷めさせており、三集部長でありながら配達をしているという。熊蜂の詩をつくる。
6月4日(水)
昨日の雨でひどく疲れている。今日は夏の日差し。朝は児の通学を見送る。児は地域爺とハイタッチをしていた。朝は俚謡五章をつくり、Landmark's Coffee&Baker浜松駅南スタンドと南図書館に寄る。昼過ぎにフィール白羽店で北海道のななつぼしが3790円で売っており買う。それでも消費税で4000円を超す。まだ近くで備蓄米の話は聞かない。9月以降の活動方針は迷走にしようとふと思う、そういうよく分からないことをしている人がいて、それが許容されない共同体に文化的な未来はないだろう。18時半から浜松市文化振興財団事務室でドコデモアルトの会議がある。去年度は参入障壁の低いアートプロジェクトを重点に置いた企画だったけれど、今年度は参加クリエイターの今後の活動にメリットとなるような価値を与えられる企画にしていく方向になりそう。それと、浜松市は大都市圏の比べて文化程度が低いという話が出てきたけれど、まず文化は単純比較できないもので潜在的な文化程度はそう大差はないのではないか、それと顕在化している文化程度は低いかもしれないけれどそれはクリエイターたちが既存の構造に胡坐をかいて潜在的な文化力を自分たちの功績としてしか顕在化していないからではないか、と思う。感覚的な話だけれど。
考えを止めたところで
車内の周囲の人々の顔を
こわごわと、見廻してしまった
(鈴木志郎康「地下鉄」『新選鈴木志郎康詩集』思潮社)
6月5日(木)
不適切点呼で日本郵便の一般貨物自動車運送事業の許可の取消される運びになった。早期に全国で約2500台ある1トン以上のバンやトラックを使った運送事業が5年間も認められなくなる。県西部だと該当車両はみかんの浜松西局とお茶どころの掛川局だけにあり、局間は日本郵便輸送なので別会社、影響はそんなに大きくない。M嬢からBL小説を書くのに参考になりそうな哲学書を訊かれ、古代ギリシア哲学を薦める。
6月7日(土)
子守、朝からバスで中田島砂丘へ行く。モーターパラグライダーが砂丘すれすれを飛んでいた。砂丘で胡桃を拾う。風車公園の南西隅に茶と軽食の露店が2件あり、かき氷300円シロップかけ放題を子に食べさせる。フリーマーケット風紋会場が自由でよい。バスでまちなかへ出てソラモの少年拳闘を観てから帰宅する。夜はすこし遅れて19時半過ぎから昨日届いたかんぷれを鳴らして砂詩丼をする。実家から月琴が届く。
6月8日(日)
子守、雨、バスで10時前に元魚町のアトリエ・エムへ赴き児を預ける。鴨江アートセンターに寄るとつじむらゆうじさんとたなかこむぎさんがロビーで密談をしていた。つじむらさんから詩幣の第一回くわだてとたくらみ賞受賞の帯をつくってほしいと依頼される。私がつくるべきものかは疑問だ。紺屋町の100cafeへ行き、カヌレとブレンドで雨宿りとお絵描き教室が終わるまでの時間をつぶす。それから12時前に児を迎えに行き、ザザシティで昼を食べる。帰途、ソラモでSTARMARIEと小学生シンガーソングライターのライカの歌を聴く。中田島砂丘へ向かうインド圏やマレー圏の人たちであふれたバスで帰宅する。ヨハン・ヨハンソンの映画「最後にして最初の人類」を流しながら午睡していた。
山室川に沿って走るこの道には森林の香りが燦燦と降り注ぎ、瀬音は原子心母(ピンクフロイド)のようでもある。(「ゆるゆると往けば、光る道に巡り会える」『ホシガラスの降り立つ圏で』2025 vol.01)
6月9日(月)
昨夜まで何も起きていなかったけれど朝に並揚羽の蛹が羽化する。児が空へ放った。東海地方が入梅する。昼から雨となる。再詩丼のフライヤーが200部届く。
6月10日(火)
二日続けての雨、年金機構が大量に郵便を出してくること、それにあかのれんと静岡銀行とで月曜日の一倍半の物量でべったべた。年金機構の郵便は計配で翌日に回せない。欠区の火曜日、雨で一区あたり千通超えは体にこたえる。これも行政処分のひとつか。
6月11日(水)
三日続けての雨、昼前にはやむ。晴れ間も見える。年金機構から大量の郵便が出て、計配はできない。午後もすこし雨がぱらつく。台風一号が南シナ海で誕生する。廃休なので19時まで超勤し、135%の割増賃金でせこせこ稼ぐ。
構造として、
「悪意のある言葉が一個の石を生み出す」
というわけ。
初夏の風も満更ではない。
(鈴木志郎康「初夏の風」『胡桃ポインタ』書肆山田)
6月12日(木)
非番、朝には『断食月』の組みをする。10時から鴨江アートセンターでつじむらゆうじさんと会って1時間半ほど話す。誰もがアーティストになれる「あなたはアーティストですよ」カードは浜松市や静岡県西部のアートプロジェクトを詩幣以前と詩幣以後に分けてしまった。どんなアートプロジェクトを開催しても詩幣と比較されてしまう、だからそのことをすそしは自覚して欲しいとつじむらさんに話した。再詩丼のフライヤーを鴨江アートセンターと浜松文芸館とAnyに置いてもらう。用宗のさとう三千魚さん宅へ20部超を送る。浜松市文化振興財団に数十部ほど渡す。さとう三千男さんから「島影」の手直しが届く。推敲の痕跡を知ることができるのは役得と言える。
6月13日(金)
妻子は昨夕から大阪・関西万博へ行っている。帰宅してから晩飯を食べ卸本町のバッファロードーナツへ行く。喫煙でき21時まで開いていて使い勝手がよい、金曜と土曜しか営業していないけれど。喫煙ルームではひょうたんランプ作家や古着屋や印刷屋の営業やバイクウェアを売る店など個人の商売をやっている人などが話していた。それから21時45分着の新幹線こだまで帰浜する妻子を迎えに行った。フィリピン館・北欧館・ポルトガル館・オーストラリア館を訪れたようだ。『ペソーアと三人の師』という日本語ポルトガル語対訳の詩集を万博土産でもらった。
寝る前に、
怒りを鎮めようと、
自分で自分に出題した。
(鈴木志郎康「箱と胡桃」『胡桃ポインタ』書肆山田)
6月14日(土)
非番。短歌時評208回短歌の破片が公開された。波風立てずに過ぎ去りそうだ。雨、11時の開店とほぼ同時に磐田市上大之郷のamber booksへ入り、赤瀬川原平『四角形の歴史』ちくま文庫を買って、再詩丼のフライヤーを置いてもらう。アドバイスをいただき、森町の本と喫茶 畔さんには8月までには行かなければならないと思う。クリエート浜松2階での13時からの詩季は鈴木和子さん、熊谷さん、竹原さん、内山さんが参加。15時に解散し3階で曽布川整平写真展「砂紋の記録3rd」を観る。モノクロームによって中田島砂丘の風紋が活きると知った。さらに歩いて元目町の古本屋サイダーハウス・ルールへ赴く。店番はムラキングで再詩丼のフライヤーを置いてもらい、乃木坂の話などをする。
余白は無意味である。合理から生まれた四角形が、世の中から無意味を取り出したのは不思議なことだ。(赤瀬川原平『四角形の歴史』ちくま文庫)
6月15日(日)
雨上がり、蒸し暑くなる。まずは遠鉄の遠州病院駅から歩き、しろくま古本市がやっている、きたたまちロビーへ。2階のKnot Letterpress Printingに寄ると空閑母子・立石父子と会う。それからgrammeに寄り畔ブースにて「MATTE」vol.3と青海賢『掛川詩』『西荻詩』を入手する。まちなかを経て歩いてプスプス by ZINGへ向かう。13時40分くらいから碧衣スイミングとマッスルNTTのライブを観る。「バラバラパンツ」を聴けてよかった。歩いて帰宅する。
6月17日(火)
昨日から夏の日差し、今朝はもう夏真っ盛りの感がある。浜松西局の新人が区分機の操作を誤ったらしく、今日の2パスは、半分くらいの班で別の区の別の町の定形郵便が互い違いに並べられている。他の班にうちの班の2パスがあり、他の班からもらった2パスのなかに別の班の2パスがある。みんな喜色満面で見つけた2パスの束を他の班へ運ぶ。お祭りだ。もうどうなってもいいや。午後の出発時に9区分口を組まずに置いておく。8区分口を残して帰局指示が出たので17区分口が配達滞留となる。『断食月』の確認メールを送る。
6月18日(水)
盛夏の感じ、朝から汗ばむ。朝8時にスーパーカブで出発し、天竜川の左岸を北上、新東名の下で東へ向かい、県道40号線で森町へ。甘々娘などとうもろこしの季節で、道のあちこちで誘導の旗が振られていた。山内山城守通重の娘を葬った阿佐姫塚を経て、大鳥居の北の山道から天方城へスーパーカブで登る。主郭を囲む内堀が美しい。城ヶ平公園で大きな鳥を探している老夫婦と話す。テレビで観た大きな鳥十羽との触れ合いを求めて高い処まで登ってきたという。南の山道で天方城を降りる、向天方の南の山道の方が短く走りやすい。向天方の本と喫茶 畔さんにて畔ブレンドとバスクチーズケーキをいただく。再詩丼のフライヤーを置いていただく。店主のケイコさん(名は『森記』より)は日記やエッセイを好まれるという、たぶんいろんな人の営みが好きなのだろう。品揃えからもamber booksさんがお勧めしてくれたわけが分かる。竹中万季『わたしを覚えている街へ』を買う。三軒茶屋界隈で働いていた時期があり、三角地帯などを懐かしく思う。
6月19日(木)
浜松市から磐田市にかけて霧がたちこめていた。営業の重圧に負けてつぶらなカボスシリーズのつぶらなブドウ4本セットを一組だけ自爆購入する。540円で重圧を取り除けるのなら安い買い物だ。このカタログ販売もいつか不適切点呼のように世間から指弾されるだろう。暑いので夜に気分が悪くなり10時には就寝する。
6月20日(金)
曇りがちな日、農村公園近くで機動車のエンジンが点かなくなり、帰局が遅くなる。とん汁桝形で食べてアクトシティへ向かう。19時半前に浜松市文化振興財団事務室でドコデモアルトの第一回企画会議をする。ウクライナ出身のヴィーラ Vira さんとイラストレーターのももんさんが初参加、浩太さんと常石さんはZoomでオンライン参加。会場のことやスケジュールについて話して21時前にはやめに切り上げた。ヴィーラさんは雪島さんのお店で働いていた。
6月21日(土)
土曜出勤。午後は中で大区分や順立をするより二号便を持って出た方が気楽でいい。ロングピースが辛いので服のなかで汗により加湿する。
6月22日(日)
子守、バスでまちなかへ出たあと海老塚2丁目のみずきんで孑孑対策用に川目高5匹を買う。夏はあまり餌をあげないといいらしい。西の角地にある棟はどじょうや金魚や鯉や川魚が豊富で楽しげだ。でも東の犬猫などがいる棟からはやはり異様な感じがする。
6月23日(月)
ホルムズ海峡が危うく、台風2号のために雨が降りそうで降らない。弊社は配達員に口頭か文書で関係企業へ謝らせて不適切点呼の謝罪を済ませる気でいる。また類似のあやまちを繰り返すだろう。第41回メトロ文学館「詩」の選考結果が届き、入選とのこと、優秀作品は逃す。
6月24日(火)
午前は雨、新しい区の随伴をする。静岡新聞読者文芸欄の大辻隆弘選で私の短歌〈更地にはながみひなげし咲き占めて記憶はいまも変わりつづける〉が、尾藤川柳選で私の川柳〈市議選のあいまいすぎる売り文句〉が、野村喜和夫選でつじむらゆうじとさとう三千魚へ献げる詩「詩幣について」が掲載される。
6月25日(水)
快晴、地図を持って通区訓練をする。人事評価結果への苦情相談をする。というより異議申立か。
6月26日(木)
昼に雨、班員Sの月内残り超勤が数時間であることが昨日発覚し、通区訓練が取りやめになる。これからも雲行きが怪しい。そもそも班員Nietzscheが通区訓練で残が出て月曜日に自分がその残を処理することへ示した難色に端を発する。さらに新班長は班員Nietzscheと話すのを嫌がり、私とふたりで話し合わせて方針を決めさせようと放任の姿勢も見せ始める。新班長の班政が確固たる方針を失いつつある。夕に驟雨。昨日の人事評価の苦情相談申立書を渡される。事実や資料を書く欄が数文字しか書けない。
6月28日(土)
非番、『断食月』創刊号を丸正インキ有限会社へ入稿する。午前はWest Goat Coffeeで吉田文憲などを読む。昼過ぎに鴨江アートセンターへ赴き、301で熊谷隼人「風の舟」を観る。補修と風と虚ろ衣と祈り、壁に貼られた紙片に「夜/けものたちは静かに集う」と記してあった。「鳥獣日月水花木土」は熊谷の曜日であるし、新しいアニミズムを纏った花鳥風月だろう。午後から子守、馬込川みずべの公園でサッカーをしたあと、高林のヤマヤ五平が品切れで閉店してしまったので中沢町の茶匠丸栄で贅沢宇治抹茶かき氷を食べる。児の食べた四つ葉のかき氷は溶けて混ざりあって魔女の壺みたいな色になる。
反省は一日で足りて
翌日はいつも
別の日でなければいけなかった
(中尾太一「長い散歩X-Ⅰ」『ルート29、解放』書肆子午線)
6月29日(金)
空梅雨。子守、午後にバスで中田島砂丘へ行き、凧場公園東のひょうたん池の東を通って、風車公園で足を洗って帰る。
虹はこれから海にバケツの溶け残る(大塚凱『或』ふらんす堂)
6月30日(月)
班員の奥さんが亡くなり、一欠と溽暑で投票所入場整理券の月曜日を乗り切る。幻想掌篇を一篇つくる。袋井市月見の里学遊館の月見の里短歌ワークショップのチラシとページができる。
7月
7月1日(火)
朝の南西諸島は吐噶喇列島における震度5弱の地震が気になる。7月5日大災害の予言もある。予言を信じてはいないけれどすこし破滅に期待している。夕は森町など北遠で落雷。夕の薄曇りのなかを白い雷が幾筋も見える。
7月2日(水)
昼過ぎに小雨がパラパラ。今日も吐噶喇列島近海で震度5弱の地震がある。
7月3日(木)
午後、吐噶喇列島近海で震度6弱とのこと。仕事終わりに鴨江アートセンターへ赴く。つじむらゆうじの詩幣初日ゆえに。今回も私は詩創造者として招聘された。そして6月の静岡新聞読者文芸にて招聘された分の仕事はしたつもりでいる。18時ごろ、つじむらゆうじとムラキングが在廊していた。ほかの詩招聘者の動向として、 遠州天狗屋はてんぐちゃんの張子人形に詩幣を貼っていたものを提出した。乾久子はドローイングと英文学の訳文を写したものを提出した。ムラキングは展示場の隅でなにやらやっている。みんないつも通り。そして2年目を迎えるイベントの難しさを感じた。私自身も〇のインスタレーション展示は観たけれど企画に新しさを感じなかったし、去年ほどの昂揚感はなかった。ただ101号室での去年の詩幣展示は懐かしかった。この2024年詩幣のさきに今回の詩幣がある。そのさきの次の構想がつじむらゆうじのなかにあるからこそ、詩幣の試みは続くのだ。
街ゆけばマンホールなど不安なるものの光をいくたびも踏む/佐藤佐太郎(「天眼」『完本佐藤佐太郎全歌集』現代短歌社文庫)
7月4日(金)
東海地方が梅雨明けした。選挙郵便初日。スマートレター10とレターパックライト5を買う。帰宅すると豊橋市の丸正インキ有限会社から『断食月』創刊号が届く。さっそく7件の発送準備と2件の納品依頼をする。
7月5日(土)
早朝に『断食月』の作業をする。10時に鴨江アートセンター詩幣へ赴く。鍛冶町通りの日本共産党・警察・報道陣の人だかりを観ながら、浜松郵便局にてフランスへ印刷物船荷の国際郵便を出す。国際小包のほうがよかったかも。谷島屋書店浜松本店で『断食月』の委託をお願いするけれど営業へ行け、と言われる。平日に連尺だ。12時過ぎに絵本の店キルヤでAKIRA YAMASHITAさんの個展「木と星のはなし」を観る。詩の後半部分にあるひらがなの時間の流れと「人々」とつきはなされた視点とが作品と合う。それから詩幣に戻ると、浅羽から自転車で来たという鼯鼠之丞さんと用宗から高速で来たさとう三千魚さんがいる。三人で錦華楼千歳本店にて食べる。
鴨江アートセンターで詩幣と『貨幣について』と「詩幣について」の写真を撮ったあと、さとう三千魚さんの乗ってきたミニクーパーで古書サイダーハウス・ルールへ行く。竹村さんご一行で店内満員のためムラキングに『断食月』6冊を渡してすぐ出る。それから中条のフェイヴァリットブックスLへミニクーパーで行く。さとう三千魚さんのブレーキが粗い。高林さんに会い、フェイヴァリットブックスLに『断食月』創刊号を置いてもらう。詩幣へ帰ると、さっきまで古書サイダーハウス・ルールにいたミッドナイトみなとさんがいる。竹村さんの関係者というミッドナイトみなとはボードゲームと短歌と映画と水口夏についてよく話す。砂詩丼のため中田島砂丘へ向かう。19時に現地で鼯鼠之丞と会い、砂詩丼をする。私がいない先週も先々週も鼯鼠之丞は来ていたという。「帰去来辞」の朗読のとき花火があがる。20時前、鼯鼠之丞はそのまま自転車で浅羽へ帰る。靄がかった夜、人と人のつながりの密度が濃い一日だった。
7月6日(日)
蝉の声を聴きはじめる。まだ少ない。9時くらいに浜松を出て東名から清水ジャンクションと新清水ジャンクションを経て、新東名の新富士インターチェンジを降りて富士裾野線で富士山こどもの国へ行く。11時半前に到着する。夏霧で富士山は見えないけれど、愛鷹連峰は見える。晴れ間が出たり、通り雨が降ったり。山の天気は変わりやすい。くもの巣を経て、歩いて草原のレストハウスへ行き、昼飯にする。それから列車で水の国へ行き、カヌーを2周漕ぎ、水飛沫をあげる滑り台で濡れて帰る。帰宅するともくたくもさんがBoothで『断食月』創刊号の通信販売をはじめてくれる、感謝。夜に階下で塩屋虻が交尾していた。一匹が離れたあと仰向けに着地して死にそうだった。
ぼくが記憶のなかで失つた多くの路上を
いまだれかが歩いているだろう
(嵯峨信之「雑草詩篇Ⅲ」『嵯峨信之詩集』芸林書房)
7月7日(月)
松本泉美さんから、横須賀は掛川市西大渕のツチヤ電器さんの店内に再詩丼のフライヤーを置いてくれたと報告メールをいただく。インドネシアのレウォトビ火山で大規模な噴火があったという。津波は来なかった。
7月8日(火)
班員Nietzscheがわがままを言い、明日の通区訓練はなくなる。班の方針が個人班員のわがままに左右されている。夕、さとう三千魚さんが静岡市葵区鷹匠の水曜文庫さんへ「断食月」を委託したと連絡してくれた。ありがたい。
7月9日(水)
溽暑、起きると熱疲労気味で足が弱い。新宿は模索舎への『断食月』納品が決まり、浜松アーツ&クリエイション中村主幹の仲介で県下の大手書店さんと来週面談することになる。夜は仕事終わりにアクトシティへ行き、文化振興財団のミーティングルームでドコデモアルトの会議、中村主幹、常石さん、あやこあにぃさん、ヴィーラさん、金田さん、ももんさん、それに見学という渥美さん。会場が中村主幹の誘導でほぼ決まりそう。今はSNSで発信する時代だから、極論お客さんが来なくても、個人では展示できないだろう意外性のある会場で開催することにも意味がある、ということを話す。夜、喉が痛い。
7月10日(木)
朝に模索舎へ荷を送る。再詩丼と『断食月』の報道機関などへの取材依頼をする。新聞社はまず一社へ検討をお願いしてみる。
7月11日(金)
昨夜一雨あったらしい。詩を一篇つくる。浜松ケーブルテレビウィンディから昨日の件で返信はあった。さて、どうなるか。模索舎のホームページに『断食月』の通販ページができた。届いたようだ。
7月12日(土)
江之島の南行政センターで参院選の期日前投票をする。NHKの出口調査を受けた。それから鴨江アートセンターで大野建具の障子を愉しむ展示会を観て、緑の妖精トシ子ちゃんと会う。クリエート浜松の浜松文芸館で「浜松百撰の遺したもの」展を観る。そこで浜松百撰文芸賞の展示を観て、断食月詩歌賞もできそう、と思いつく。それから13時に詩季へ。鈴木和子さん、内山さん、竹原さん、遅れて熊谷と巴勢里さんが参加する。15時に終わったあとはままつボードゲーム祭をひやかし、アプレシオ浜松ビオラ田町店で児のカラオケデビューを見届ける。帰宅すると『断食月』創刊号を謹呈した池田康さんから『みらいらん』第16号が届いていた。こういう粋な詩人になりたい。19時前から中田島砂丘へ赴き、砂詩丼をする。鼯鼠之丞は屈原を読み、私は田村隆一を読む。話し合って、九月からは第二土曜日開催とする。それでも鼯鼠之丞は毎週来るという、もう彼が主催でいい。
7月13日(日)
午前は森町の小國神社へ参る。境内にある事待池の鯉は餌の食いつきが悪い。一宮川のせせらぎへおりる。こどもが蟹や小魚を捕まえるのに夢中になるのは微笑ましいけれど、おとなが熱中して波をたてるこどもを怒鳴るのはみっともない。昼は向天方の金次郎で食べる。遠州ブラックの支那そばのようで、すこし違った。それから門火を焚くすずきとこやのとなり、天森橋の東袂にある公園で児を遊ばせたあと、本と喫茶畔での14時からの哲学対話に参加する。問いだしと投票で決まったテーマ「政治の話しにくさ」を、児も含めた10人くらいと2時間くらい話す。いろいろ話して、政治の話しにくさは、富国強兵とかマルクス主義といった共通の大きな政治の物語を失った現代では政治といえば個々の課題や実利で話すようになったことに由来するのかもしれない。だからこれからの政治は、政党の政治家に任せきりになるのではなく、市民が個々の課題や実利に対して籤引き民主制などで主体的に担うべきかもしれない、そういう投票のしくみをつくっていくしかない、と個人的に思うに至った。16時に焼き菓子を買って帰る。森町だけでなく浜松市でも門火を焚いていた。
7月15日(火)
線状降水帯は8時前に浜松市を通過した。11時にメイワン8階の谷島屋書店浜松本店へ赴き、中村主幹とともに営業本部を訪問、『断食月』創刊号を置いてもらう。半年で清算とする。12時に月見の里短歌ワークショップの告知がはじまる。それからWest Goat Coffeeに寄り、バスで帰る。児が公園で級友と遊ぶというのでともに赴き、十数分ほど遊ばせたあとバスで志都呂のBESS浜松へ赴く。雨上がりのため児が大量に蚊にくわれる。でもチルい気分に浸れるモデルハウス群だった。公文教室の下にあるフィリピンスーパーマーケットMang Colas Hamamatsuでお菓子を買ったあと、施餓鬼会の供養をして帰宅する。
一生を暮らす のではない
ただ一日一日
一日一日と 暮らしてゆくのだ
(山尾三省「一日暮らし」『火を焚きなさい』野草社)
7月16日(水)
雨の予報、夕などすこし強く降ったけれどほぼ降らなかった。夜に鏡を見ると上左の前歯が欠けている。21時からはゆき咲くらさんと浜松オンライン読書会のスペースで発言する。クーラーのない部屋で発言していたのと眠気で意識が飛びそうになった。ほかに一ノ瀬美郷さんと神泉薫さんが発言者だった。
7月17日(木)
朝の旗振り当番で北の正門前の横断歩道に7時半から8時まで立つ。児童が見えたときと前の青信号との間隔から押ボタンを押すタイミングを図る。久しぶりの中勤をする。いい感じの疲労感がある。私がthreadsに「ふつうのクリエイターによるふつうの展示会なのだけれど、詩幣以後の浜松市ではそのふつうさがややいびつにも捉えられてしまう*」と書いたところ、グラフィックデザイナーを名乗る宮下ヨシヲさんが「浜松の詩人だかなんかしらないけど、部外者が勝手に他人のイベントの採点しているのすっごく下品だと思う。久々にいらついてしまった*」と反応をくださった。浜松市におけるムラの定型文のようだ。どうやら「ふつうのクリエーターによるふつうの展示会」の「ふつう」にイライラされているようだ。でも、こういうピリついた批評の土壌はいままでなかった。だから未熟ながらも、そのちいさな萌芽がふきつつあるようにもうかがえる。
7月18日(金)
前日の続きは「イベントへ批評をするという文化が浜松市にはない。部外者が勝手に他人のイベントへもの申せる批評文化がない*」で終わる。仕事上がりにクリエート浜松へ赴き、3階のハママツクリエーターフェスvol.2を視察する。入場するとちょうど脚立のうえから白い塗料の入ったカップが落ちた。みんなでウエットティッシュでカーペットの白を拭き取る。それから空閑渉さんによるビニル製のテトラポッドにのぼり、のぼると破れると聞いて離れる。風船なのでこすれただけで破れるらしい。
人民の人民による熱帯夜/望月哲土(『望』)
7月19日(土)
中泉は西新町の愛宕神社が御開帳である。参院選前日の土曜勤務なので大区分をしないで時間休で帰宅する。世間では参政党と参政党への批判が話題になって、主要与野党やれいわ新選組・NHK党などの話はほとんど聞かない。あとは写真だけ見る平野雨龍、静岡県西部だと国民民主党の榛葉賀津也候補くらいか。砂詩丼へ行くと風車公園の南西隅で中田島砂丘マルシェがやっている。夜の秋といった感じで過ごしやすい。だが19時40分には文字が読めないくらい暗くなる。鼯鼠之丞は無名詩人たちが仮託した寒山詩を読み、私は貞久秀紀を読む。防潮堤を駆け上がる黒人や防潮堤のうえを「Tchau!」と言って走り去る外人もいるくらい涼しい。20時に砂丘を出ると中田島砂丘マルシェのキャンドルや提げられた照明はまだ灯り、数店はまだ残っている。フィール白羽店に寄ると、まだ米は値下がりせず4380円である。
帰去来や灼くる砂丘の肩をゆく/滝浪武(『羅針盤』牧羊舎)
7月20日(日)
朝からの遠鉄に乗り浜北駅へ、内部が新しくなった浜北文化センターではまきた市民文化祭が開催されている。その3階大会議室の万葉倶楽部内で午前中だけカンタン短歌と題して短歌をつくるカードゲームをする。青い万葉衣装を着て下級国衙官人になりすまし、中学生など十数人の方とカンタン歌会をする。それから遠鉄で新浜松駅に戻り、谷島屋書店浜松本店さんを視察、ハッピーでマトンカレーを食べ、田町のMEI COFFEE & GALLERYでマツノヤユウヤさんの白と黒と時々黄色展を観る。新浜松駅の階段で観たPage・1の絵はポスターではなく黄色展の出展作だったという。ついでにMEI COFFEE & GALLERYの1階ケーキケース横に再詩丼のフライヤーを置いてもらう。カギヤビルのnauで山本寛太さんの魅緑展 盆栽:学而不思則罔を観る。盆栽で坐禅を組んでいるかのような佇まいがある。ねじれた枝葉を伝う風が観える。参院選は自民党が大敗しそうだ。解散総選挙だけは勘弁してほしい。
7月21日(月)
子守、東海道線で静岡駅へ赴き、地下道を歩いて松坂屋静岡7階のスマートアクアリウム静岡を観る。昼過ぎにバスで七間町の静岡市文化・クリエイティブ産業振興センター(CCC)へ赴く。金原明音のent-falten展、1階の紙飛行機や2階にある俳画のような絵の展示を観る。帰り道に青葉シンボルロードにあるウィリアム・マクエルチュランによる銅像「出会い」に笑う。BLUE BOOKS cafe SHIZUOKAで汗を整えて、児を寝かせつつ東海道線で帰浜する。15時前に浜松駅の北を百姓一揆のトラクターと軽トラが通る。夜に一気に漫画「ムラにこもれ! トングちゃん」を描きあげる。
7月23日(水)
子守、雄踏町山崎を経て湖西市南台のCAFE梪珈で時間を潰してから9時前に湖西市のアメニティプラザへ行く。設備異常による水位低下により、流れるプールとスライダーは使えなかった。しかし波のプールを2回楽しむ。昼は五味八珍湖西店で済ます。児を昼寝させたあと引佐町谷沢のOraでアイスチャイとプリンかき氷を注文する。ついで井伊谷の浜松市地域遺産センターや引佐図書館へ赴く。妻の迎えまでの隙間時間に浜名湖体験学習施設ウォットへよるけれど16時半過ぎだったので入れなかった。そのため渚園キャンプ場の管理棟を観る。雄踏町山崎で妻を拾い、帰る。
7月25日(金)
酷暑、葉ね文庫さんや静岡新聞とメールでやりとりする。書留保管庫の鍵を朝になくしたので、夕に見付のジュビロックで合鍵を複製してもらう。狭い店内、ブランクキーの棚から「先端の長さがちょっとちがうなぁ」という声や金属加工音が聴こえる。ものの数分で完成、550円である。
旅人に時計は重し みはるかすひとみのそこに火のまちがある/永井陽子(『永井陽子歌集♯』短歌研究文庫)
7月27日(日)
午前は湖西市のアメニティプラザのプールを利用する。今日は流れるプールもスライダーも使えて、11時15分に短いコースのスライダーを滑る。スライダーは掛川市のつま恋ウォーターパークのスライダーのような振り落とされるようなスピード感はなく、簡易なスリルを楽しめた。帰るときにロッカーの鍵が回らず、スタッフに鍵の部分を根こそぎ外してもらって開ける。湖西市岡崎の稲庭うどん葉月で食べる。浜名湖の北岸を周り、つむぎ珈琲浜松三方原店を経て帰宅する。つむぎ珈琲はチェーン店を装っているけれど、つむぎ珈琲はそこにしかなく、ベントム工業が経営している。営業形態がおもしろい。葉月に肩提げ鞄を忘れたため、夕に湖西市まで戻る。帰りに坪井町のPORT24浜松店へ寄る。場末感があるというか地の果てのゲームセンターだ。深夜に訪れてみたい。
この夏の疲労とおもふ日日家に鍵をかけまた開けて入ること/永井陽子(『永井陽子歌集♭』短歌研究文庫)
7月28日(月)
不適切点呼、すなわち点呼不備事案のため免許確認とアルコールチェックが毎週のように前後入れ替わる。今週から立会人が立つようになる。月曜日に向けて土日に大区分と順立をしても点呼で時間をとり、なかなか出発できない。第12回郡上市文芸祭で現代詩が郡上市教育長賞になったと知らせる手紙が届く。
7月29日(火)
静岡新聞読者文芸欄の短歌、大辻隆弘選に私の短歌〈星星は見えなくなった砂丘から砂丘の霊は消えてしまって〉が掲載される。詩は井村たづ子さんの「海辺に立つ女」と風間信子さんの「パンを焼く」が掲載される。
「彼は」記者は驚きに声を詰まらせながら訊ねた。「どこへ行ったのですか」
「あいつは行っちまったのさ」不良は遠い目をして答えた。「厳正なる法定速度の裂け目の先、ジゴワットの向こうへ」
(天沢時生「すべての原付の光」『すべての原付の光』早川書房)
7月30日(水)
全体ミーティングの前に点呼をやる変更初日、書留が交付されて郵便体操をするのに書留保管庫の鍵がないなど不備が多々出る。そんな慌ただしい朝、カムチャツカ半島沖の地震の関係で津波注意報が出る。9時40分頃、津波警報に変わる。国道150号以南は終日配達中止となる。朝のごたごたによって明日から点呼のまえに全体ミーティングをやるように、つまり昨日の順番に戻る。見通しの甘い組織だ。それと、いつのまにか観測史上最高気温が兵庫県の柏原に更新されている。
あふむけば何もかにもが御破算の空わたりゆく風の帆が見ゆ/永井陽子(『永井陽子歌集♭』短歌研究文庫)
7月31日(木)
点呼のやりかたは二転三転する。まだしばらく定まらないだろう。夜に「王立宇宙軍オネアミスの翼」を観はじめる。森本レオの声は違和感があるほどにいい声だ。
8月
8月1日(金)
3時に起きてしまい王立宇宙軍による宇宙戦艦打上げの顚末を観る。溽暑、夜勤。旅の文芸ムック『たびぽえ』(2025後期号VOL.10)に私の詩と写真が掲載されることが分かる。夜は雷光、さっと濡らしてやったとでも言いたげな雨が降る。
8月2日(土)
朝から児と新幹線こだま号に乗り、三島駅へ行く。両親と会いニッポンレンタカーで借りたYARISで沼津港へ、沼津港深海水族館に入る。とても混んでいた。昼は千本港町の双葉寿司で食べる。すきみ巻に感動する。ららぽーと沼津を経て、児を昼寝したあとYARISを返し両親と児と富士山三島東急ホテルに泊まる。夜は一番町のお食事処みしまやでかます天丼を食べる。展望風呂は夜風が涼しい。
8月3日(日)
静岡新聞の同人誌欄に『断食月』創刊号の記事が載る。午前のうちに白滝公園で児を水遊びさせてから三嶋大社へ詣で、鎌倉古道を経て源兵衛川を歩き、楽寿園を経て三島駅前へ帰る。楽寿園で食べた冷凍アイスパインが絶品である。三島駅で両親と別れて昼過ぎに帰浜する。
8月6日(水)
昨日は伊勢崎で史上最高気温41.8℃を記録する。昨日今日とやたら暑い。戸籍のフリガナ記載についての葉書が大量に出る。全国規模、市町村単位でのひらかれた詩人たちによるゆるやかなネットワークを夢想する。まずは詩丼と芽部と。
8月8日(金)
昨日の立秋は雨が降り、涼しさがあった。今朝の風も新涼を感じる。中勤のため朝に中泉のcoffee echoU/philllllへ寄る。店内でなにやら撮影をしていた。それから勤務し19時半前に退勤する。
8月9日(土)
8時半に児とふたり車で家を出て東名高速道路で東を目指す。牧之原SAに寄り、三島駅南口にて新幹線に乗ってきた妻を拾ったあと、伊豆箱根鉄道駿豆線の三島田町駅ちかく、三島市北田町のYACHT BOOKSを訪れる。『観察』を買うと菅沼さんから広橋山羊さんの話を聞く。再詩丼のフライヤーを置いてもらい、『断食月』創刊号を委託する。それからKoKaRa Bakeryで買ったカレーパンなどを食べ新東名高速道路、それから東名高速道路に圏央道を走る。東松山ICから国道407号を通り群馬県太田市に入る。妻の運転で富沢町のOTA KNITことto touch ota style shopへ赴くけれどやっておらず、かわりに太田市美術館・図書館へ行く。orangcosongによるものづくりvol.2「演劇クエスト町場のメリヤス」を観る。こちらもメリヤス=ニット。浜松市でもフィールドワークのちにゲームブックを作成、遊歩演劇としてのまちおこしとかできそうとアイデアをもらう。下浜田町の登利平太田店で鳥めし弁当を買い、義実家へ行く。そこでは何もすることがないので、暇なときはずっと小倉紀蔵『日本群島文明史』ちくま新書を読む。
8月10日(日)
朝に義父に連れられて八王子山公園墓地を巡ったあと、妻に連れられて桐生市へ行く。まず広沢町のEACH OF LIFEへ赴く。コールドブリューとあんばたコッペパンを楽しみながら、なぜか私も長谷川博さんとお話しする。それから桐生市川岸町にある迷宮のようなst company KIRYUで食べる。そこで静岡市のIFNi Koffieのコーヒーをいただく。また珈琲皮と果実によるcascaraという素材を知る。環敏夫さんに3階があることを教えてもらう。そのあと訪れた本町にあるふふふはボードゲームを嗜む若者の熱気で異様だった。移動して仲町のPurveyorsにも寄る。そこで懐かしい島津冬樹の「旅する段ボール」に再会する。帰りに宮本町のさくげつにも立ち寄る。桐生市にも地の神さまのような祠が町角にあり、遠州より高い所に設けられている。
8月11日(月)
海の日、午前は小雨のなか上野国新田郡家跡へ歩いて行く。昼は岩崎屋の太田焼きそばを食べ、午後は快晴のなかジョイフル本田新田店のニコマートのミルクランド東毛で牧場ミルクのソフトクリームを食べる。それから隣の新田金井町にある太田市エアリスベースへ赴く。しかし図書館は休館していた。それから駅前の太田市美術館・図書館内にあるCoffee&Th!ngs Oh!でコーヒーを買う。若い男の店員の口調がぶっきらぼうで仕事を覚えたての感じがした。北部運動公園を経て児を遊ばせて帰る。
8月12日(火)
朝は9時前に太田市を出て高崎高島屋へ行き、遠鉄にもある地下1階のキャピタルコーヒーで飲む。道中はところどころ雨。昼は上里SAで深谷ねぎと塩だれもつ焼き丼を食べる。混雑している談合坂SAと駿河湾沼津SAで休憩、日本坂PAでのトイレ駆け込みもあり19時前に帰宅する。
8月14日(木)
昨夕は迎え火を焚いている家を数軒見る。お盆休みだけれど市役所から特増が出ておりスカスカの日はない。8月の郵便物量が少ないなんてもう昔話だ。帰宅したあと中野町煙火大会を見にバロー中野町店へ買い物に行き、駐車場で花火を観る。中野町からぬけだすのに苦労する。
市民プールの閉館時間
砂まじりな音でサイレンは響いて
(草間小鳥子「###Hello, World!」『ハルシネーション』七月堂)
8月15日(金)
終戦記念日ゆえに正午に黙禱のサイレンが鳴る。盆休みで人の移動があるからだろう、2人が新型コロナウィルスに感染、今日は1人が喉の痛みと微熱で早退、ほかに2人が喉の痛みを訴えている。昨今の新型コロナウィルスはまず喉の痛みが来るらしい。おととい配達先で「メロン食べる?」ともらった真桑瓜を切る。わたと種を金笊で濾したシロップを切った果肉にかけて食べる。林檎のようにほのかに甘い。
8月16日(土)
朝、国道1号線バイパスを走っているときは晴れていたのに新天竜川橋に入ったとたんに豪雨に襲われる。出勤すると局内ですでに3名が新型コロナウイルス陽性と知らされる。帰宅するときには私が把握しているだけで陽性者は9人に増える。夕まで隣で順立していた班長も帰宅したら発熱し簡易検査キットで検査したところ陽性だったという。
8月17日(日)
朝はプスプス by ZINGへ赴き、もろもろの支払いとオカワダアキナの話をする。そのあと中央図書館に赴く。錦華楼とWest Goat Coffeeを経て南図書館で村上春樹の『象の消滅』を借りる。そのなかの「ファミリー・アフェア」を読む。冗談を飛ばしまくる兄の話だ。妹から本当の大人の生活について「本当の生活というのは人と人とがもっと正直にぶつかりあうものよ」と説教されたり「真面目な話をしようとしても茶化すばかりだし」と呆れられたりする兄はまるで私である。そんな兄と比較される妹の婚約者にして生真面目なコンピューター技師・渡辺昇が父親の権力の支配下にある描写は、この短篇の全体像をとらえる鍵になる。そして最後のほうにある妹のことばを読み、「ファミリー・アフェア」は村上春樹版『人間失格』だと考える。『人間失格』の大庭葉蔵はこう述懐する、「恥の多い生涯を送って来ました。自分には、人間の生活というものが、見当つかないのです」と。人間の生活とは妹の言う「本当の生活」だ。
「私もそう思うの。私はあなたという人間が好きだけれど、世の中の人がみんなあなたみたいだったら、世界はひどいことになっちゃうんじゃないかしら」「だろうね」と僕は言った。(村上春樹「ファミリー・アフェア」『象の消滅 短篇選集 1980-1991』新潮社)
8月18日(月)
昼までの局内での新型コロナウイルス感染症陽性者は13名。8班あるうち1個半の班を喪失した状態で、なかには班機能を喪失しているため中勤を出せない班もある。
8月19日(火)
局長も新型コロナウイルス感染症の陽性だった。また1人陽性者が増える。1区を終えたあとに4分の1区をやる。決め手は、旗竿地や道の奥まったところにある家はその日に無理に配達をせず計画的に配達するよう手配すること。きまじめに全て配達していたらからだがもたない。でも助け合いの高揚感があり、災害ユートピアならぬ災害パラダイスの感覚はある。
8月23日(土)
再詩丼のため8時半過ぎにAnyに行き山口さんにはままちプラスを開けてもらう。開錠とともに来た桑原さんとともにテーブルを設営する。10時を過ぎて零久舎さんを筆頭に徐々に出店者が集まる。ポエデイと詩丼の欠席を経てやっとムラキングが出店できた。事前に連絡のあった品田まむさんと午後に正式な連絡のあった壬生キヨムさんは欠席。11時開場と14時のオープンマイクあとの来場者が多かった。佐々木知里さん、県詩人会理事長の大村さん、熊谷母子、イベントのチラシを配布された月見の里学遊館の鈴木さん、酔芙蓉こと鈴木和子さん、 宮田悦自さんなどとご挨拶する。
オープンマイクは13時から私の「若白髪」、桑原さん、松本泉美さん、藤原蛍さん、さとう三千魚さん、もくたくもさん、ムラキング、植村さん、ゆきCまさん、つじむらゆうじさん、白川ユウコさん、ヒメ巴勢里さん、ものの本企画さん、ミッドナイトみなとさんの順で行う。13人中6人が短歌だった。ひとり5分以内のためさくさく13時40分くらいに終わる。
16時に無事閉場、ザザシティ中央館1階でいきものだものの大石さん、桑原さん、K-RYOさん、さとう三千魚さん、もくたくもさん、ゆきCまさん、ヒメ巴勢里さん、浩太さん、石野さん、ものの本企画さんと会食する。もくたくもさんの幅広い経歴に驚く。解散後、迎えを待つ桑原さんとWest Goat Coffeeで部品検索で遊ぶ。
8月24日(日)
昨日の疲れで軽い頭痛と肩凝りと足裏の凝りがある。これは共同体感覚の贈与者としての心地よい疲労感だろう。午後に中央図書館へ赴き、郷土資料へ『断食月』創刊号を寄贈する。
ひとは明確な理由がなくても死ぬ。それは明確な理由がなくても生きる、ということと全く等しい。(小幡玲央「帰還」『任意の今日』)
8月26日(火)
非番、子守。静岡新聞読者文芸欄の大辻隆弘選で私の短歌〈履きたての靴下と靴みたいだねこんなに会話かみあわないと〉が、野村喜和夫選で私の詩「魚の交差するまちで」が掲載される。朝に東海道線で豊橋駅へ行き、松葉町のこども未来館ココニコを訪れる。豊橋市街地のふるめかしい佇まいを残す街並みは好みだ。ココニコのまち空間は市電の車輌があったり古い民家があったり楽しい。ドリームタウンステーションで借りられる体験セットのひとつ、ヒエログリフ解読セットが気になる。それから歩いて広小路のスパゲッ亭チャオ本店へ行き昼を食べる。駅ビルのカルミア2階にあるボンとらやでピレーネを買って帰浜する。
8月27日(水)
廃休のため16時半に退勤する。午前に注文していた谷島屋書店浜松本店で『たびぽえ』(2025後期号VOL.10)が届いたと架電があったので退勤後の夕方に購入する。『断食月』創刊号も残部が少なくなっていた。昨日『自由律の風』7号が家に届いていた。十音の不自由律俳句〈椅子はほぼ牛である/甲太郎〉〈春のなかプリン立つ/甲太郎〉が掲載されていた。
8月28日(木)
『HODZINE4』向けに、小論「大庭葉蔵の末裔としての村上春樹作品の男たち」を仕事のあいまに断片をつなぎあわせて書き始める。
問題児と呼ばれ続けた半生にいくつか月の記憶あること/田中翠香(『パーフェクトワールド』角川書店)
8月30日(土)
残暑というより猛暑の土曜中勤。浩太さんの指摘を受けて「大庭葉蔵の末裔としての村上春樹作品の男たち」を改稿する。妹の転向について言及していなかったのを補記し、そこで増えた字数分だけほかの部分を削る。熱風と熱気にあてられながら磐田市中泉の坂上田村麻呂上陸地の碑を訪れる。ここから神格化された征夷大将軍は、俊光将軍社もある有玉神社や根堅は岩水寺の田村将軍神社など遠州の各地を訪れたのだろうか。にわかには信じがたい。宵に北島で狸を見る。人に慣れているのかすぐには逃げなかった。
8月31日(日)
昨日に続いて溽暑。朝日歌壇の川野里子選十首目に〈親と会う朝に白髪をぬいておく髭は伸ばしたままにするけど〉という私の短歌が採られる。午前は坂上田村麻呂も神馬幣帛を奉納したという遠江分器稲荷神社へ立ち寄り、高町の古橋商会へ走行距離4万6460キロ余のスーパーカブのエンジンオイルを交換してもらう。それから駅前へ行き鍛冶町のラッキー浜松駅前店で理髪してもらう。側面はバリカンで5㎜、上は3㎝残し、もみあげは耳の真ん中のすこし上まで剃る。それから鴨江アートセンターで手塚好江展示「ストレンジャー」を観る。「生活の模倣(ものまね)」はふと囲碁のように石のようなものを置き換えて元の位置に戻そうとしても、正確には戻せないもどかしさがある。もう一度あるように思えて二度とはない生活があった。"元"なんてもうない。青木みのり展示「14980825」は重箱をあふれるような巨大不明生物災害に度肝ならぬうな肝をぬかれる。鷲山技研展示「記号になる音楽」の「key-bowed」は私のような素人奏者が奏でても心のままに演奏できているような気がする。それと「kamoepiano0301」は音に録音環境という時間が封印されているしくみがおもしろい。解析すればそのときの録音環境が蘇る。午後は安新町の浜松鑑定団でクレーンゲームをして、上西町の菫堂で児の本を探す。その本はなかったけれど違う本を買い、風船葛の種をもらう。児を昼寝させたあと中沢町の茶匠丸栄でかき氷を食べ5kgで3580円のはえぬきに驚いて買って帰宅する。
心臓が先に歩いてゆく残暑/なつはづき(『人魚のころ』朔出版)
9月
9月2日(火)
昼の出発前に地下で濡らした手拭いを首に巻いていると来訪した根岸社長一行と鉢合わせる。社長と昨今の暑さについて二三の意見を交換する。Hamamatsu Local Coffee Fes 2025の記事に「※今までご出店にご協力頂いている出店者様で会場はぎっしりです。新規出店希望も多くお問い合わせ頂きますがスペースの都合上厳しいため申し訳ありませんがお断りしております」と書いてあった。たちあげのころを協力してくれた出店者を思う気持ちは大切だけれどハママツの名を冠してしまった責任からムラへと逃げこんではならない。しかし浜松市のイベント企画者たちの通常運転を見たという安心感もある。
9月4日(木)
朝は児を小学校まで送り、Landmark's Coffee&Baker 浜松駅南スタンドで朝に東京から帰浜した雪島さんに会う。一時帰宅したあと谷島屋書店浜松本店で『白水社ポーランド語辞典』を買う。書体が好きなだけでポーランド語を習う気はない。West Goat Coffeeでコスタリカ・ハシエンダコペイのロット32を飲む。発酵過程のあるコーヒーははじめてで、においと初回と二、三口目の味に驚く。
あとはもう老いてゆくだけ飲みかけのジンジャーエール薄く泡立つ/馬場めぐみ(『無数を振り切っていけ』短歌研究社)
9月5日(金)
台風15号が西から迫るのに配達は中止されず。正午の前後一時間ほどは豪雨と強風に苦労する。午後は晴れる。牧之原市では富士山静岡空港のP5駐車場が浸水したり突風被害があったりしたらしい。帰宅すると第41回メトロ文学館入選「チャイ」の中吊り広告が届く。
9月6日(土)
東名高速道路の浜名湖SAで休んだあと新東名高速道路と東海環状自動車道を走る。多治見市の岐阜県現代陶芸美術館へ赴き伊藤慶二「祈・これから」を観る。陶芸家は平面画もこなすし抽象もできるし社会派にもなる、焼成の温度は原子爆弾の温度にも通じるのだろう。儀式の器具としての陶磁器というありかたを思った。それにしても瀬戸市・多治見市・土岐市・可児市・瑞浪市にかけて陶関係の施設が多すぎる。昼は土岐市を一望できるKOYO BASEでキスのフライを食べ、日吉味噌を買う。土岐市は盆地であり木材が入手しやすい、浜松市に歴史的な陶窯が目立たないのは平野が広く木材が入手しづらかったからだろう。オートバックス多治見店でUVレジンを使いフロントガラスの飛び石傷の補修をする。また近くの多治見神言修道院も観る。基督者の共同体を育んでいそうな古い教会は良いものだ。フェアフィールド・バイ・マリオット・岐阜清流里山公園にチェックインし、ピアゴ川辺店に車を泊めて20分くらい歩いて川辺おどり花火大会会場へ行く。盆踊りの輪へ混ざってから妻の建築御学友一家と合流して花火大会を観る。花火の近さもそうだけれど舟のあとに続いて飛騨川の川面から打ち上がる花火に驚く。事後、ピアゴ川辺店の渋滞をなかなか抜け出せず、道の駅にある里山の湯の入館時間に間に合わなかった。児は泣きだすけれど夜のアイスで気を取り直す。
9月7日(日)
起床して美濃加茂弁当を食べたあと道の駅古今伝授の里やまとへ行き、やまと温泉やすらぎ館で朝風呂とする。それから古今伝授の里フィールドミュージアムへ足をのばし和歌文学館と東氏記念館などを訪れる。承久の乱後に千葉氏の一族、東氏が郡上郡山田荘の地頭として入ったという。篠脇山荘の池が良い。郡上八幡の市街地へ戻り、郡上おどり祭後のいがわ小径などを散策をする。昼は食べず郡上市総合文化センターへ入り表彰式と講評会に参加する。歌人の小塩卓哉さんがいた。宗祇常縁賞の松井陽介さんによる薪能「くるす桜」などの話から、東常縁が郡上市民からいまでも尊崇を受けていると感じられた表彰式だった。式のあと、部門別の講評会ではみなさんと話す。選者の原義典さんが原体験を掘り下げてみてはとおっしゃられたのが印象に残る。そして言いたいことを気づかれないように詩行へ入れる。また郡上市の大和町の奥にある白鳥町に興味を持った。ちなみに出した詩は「紙の駒」。講評会が終わったあと、職人町のドマトマドbooksで塚原裕基『岐阜マン69号』とMantisとHitsuki Goseiによる『杯を交わす酒の歌』を入手して、岡崎SAで休み、浜名湖SAで晩飯を食べて帰浜する。
9月12日(金)
朝日新聞が突如として非公表の不配郵便物4000通について報道する。事件性のない放棄隠匿事案だ。本阿弥書店から掲載誌として『俳壇』2025年10月号が届く。雨が降り、やっと新涼という感じ。
9月13日(土)
詩客の短歌時評「短歌の風景」が公開される。朝に雨、午前は俳句時評と詩を書く。私性論や作中主体から〈あいだの主体〉へ短歌・俳句の評論を前進させたい。昼は新川モールのインドはままつフェスティバルにてスズキ食堂のカレー2種盛りとラッシーをいただく。それから強い雨のなかコーヒーショップミハルでミルクブリューを注文してクリエート浜松2階の詩季へ赴く。13時から内山さん、鈴木さん、吉川さん、竹原さんが参加。吉川愛さんは私ははじめまして。はやく終わったので短歌や俳句や自由律の話をする。砂詩丼は雨予報のため雨天中止とする。夜にAQUOS wish5が届く。
瑠璃草の葉に置く露の玉をさへもの思ふときは涙とぞ見る/源順(塚本邦雄『淸唱千首』冨士房百科文庫)
9月15日(月)
子守、午前に中田島砂丘へ行くとやや西の浜、荒波で砂利の積みあがるあたりに白い一人用ソファが置いてあった。しばらくソファに座っていると児が波に濡れて泣き出したので駅へ出る。昼を済ませ、中央図書館駅前分室で黒柳恒男『ペルシア文芸思潮』東京外国語大学出版会を借りて帰宅する。気持ちいい午後にデザイナーについての詩を一篇つくる。
瀉水置平地
各自東西南北流
人生亦有命
安能行嘆復坐愁
(鮑照 「擬行路難」)
9月16日(火)
やたら蒸し暑い日。辞任した会長が大麻サプリ疑惑のさなかにある会社のタウンプラス配達がはじまる。安八郡神戸町から第42回文芸ごうど現代詩部門は優秀賞だったと連絡が来る。文芸祭賞まであと一歩だけれど、市外応募者はこのくらいで満足すべきなのである。
9月18日(木)
曇りがちでやや涼しい。馬込川に彼岸花を見つける。ドコデモアルトvol.2については前回からそうだけれどアートイベントというよりもマルシェの要素が強くなっている。私が関わっていながらそうなってしまうのは私の力量不足だろう。今晩も会議があったけれど妻の誕生日ということで欠席した。もちろんそれは本当のことだけれども、意見を述べることへの徒労感はある。
9月19日(金)
夜に雨が降ったからか、バイクでの朝の出発の時、長袖のシャツと下に半袖の下着を着ているだけでは寒気も感じた。爽やかを通り過ぎてもう身に入むである。今もてはやされている歌人が歌壇の人気をつくったのはそうかもしれないけれど、彼らはみんな代替可能であって、他の歌人ならもっとうまくやれたかも、という視点は喪ってはならない。
9月20日(土)
雨、土曜の中勤。朝に西田太一郎『漢文の語法』角川ソフィア文庫の例文を写し終わる。始めたのは去年の5月からだから1年4ヶ月も勤務の朝に写していたことになる。16ヶ月かかった読書となる。
9月23日(火)
祝日出勤。午前に文芸ごうど実行委員会から表彰式出欠確認の架電があり、いまのところ出席するつもりだと伝える。短歌時評を従来の方法論で記述するだけではなく、その議論の妥当性をAI、NotebookLMがつくった動画解説を観ながら思考している。ちょっと発音が曖昧で表現が大げさな、あまり賢すぎないけれど決して莫迦ではない友人という感じだ。
刈れる田に生ふるひづちの穂に出でぬは世をいまさらにあきはてぬとか/よみ人知らず(『古今和歌集』ちくま学芸文庫)
9月24日(水)
班員Nietzscheが17時過ぎに負傷したらしいけれど詳細は不明、明日は2欠となり他区カヴァーで動くことになりそう。帰宅すると第27回美濃加茂市文芸祭現代詩部門は「ポの近郊」奨励賞とのハガキが届く。しかし10月25日表彰式の担務希望は提出済みで出席できるかどうか怪しい。日程に余裕を持たせるのも地方文芸の務めであろう。
大空は恋しき人の形見かは物思ふごとに眺めらるらむ/酒井人真(『古今和歌集』ちくま学芸文庫)
9月25日(木)
少し蒸すかなと思うけれど風はすっかり秋。班員Nietzscheは二段しかない階段を踏み外し捻挫で全治一週間という。今日は上官みな戦線離脱で予備役大尉と新品少尉しかいないため急遽隊歴の長い准尉の私が部隊指揮を執ることになり、予備役と少尉殿に一区半、彼らをそれぞれ一区を終えた下士官2人に補助させ、自分は一区を担い遊軍として控え、夜間の少尉も一区をお願いする陣構で対処した。ほぼ全滅判定を受けるような陣容だが、結局午後は少佐殿の補助をいただき下士官は一区のみで予備役と少尉と私で一区を三分割して全七区を完配させた。
9月27日(土)
昨夜、放送大学の印刷教材『世界文学への招待('22)』が届いたのでwakabaで1.5倍速視聴をはじめる。これと昨日届いた池上嘉彦『詩学と文化記号論』講談社学芸文庫とを交互に読んでいく。昼前にスーパーカブで月見の里学遊館に着き、担当さんと請負契約書を交わす。そのときワークショップに参加した方が今度は教える側に回る詩学校形式や、さらには”月見の里”詩丼のような展開があってもいいと思いをぶちまけた。市民サロンの隅では鼯鼠之丞がにゃんしーを思い出して泣いていた。下山梨のみつわそば店で天おろしそばを食べる。それから月見の里へ戻り13時半からレジュメに沿って月見の里短歌ワークショップをはじめる。掛川市・袋井市・浜松市・愛知県からの9人の参加者に発言してもらうワークショップを展開しつつ、講師としてさぼっていると思われないよう短歌の上書き性や永田和宏の問いと答えや作中主体とあいだの主体や和歌→近代短歌→現代短歌という主体観の変化について話す。一ヶ月の初心者から数十年のベテランがいて不均衡であり。私もワークショップには不慣れで進行に手間取ることもあったけれど想定よりも時間が早く進み、駆け足になったものの16時半にワークショップを完遂することができた。3時間のワークショップは3部構成くらいが限界だ。次につながって袋井市の、静岡県西部の詩歌や文芸が動いていけばいい。
9月28日(日)
昼過ぎから東名高速道路を使い静岡市へ赴き、静岡駅北パーキングに車を停めて、静岡市美術館の柚木沙弥郎展「永遠のいま」を観る。「いのちの旗しるし」の精神が良かった。妻に「五味太郎っぽいね」と言うと「五味太郎が型染っぽいんだよ」と返される。技術面で他の追随をゆるさない得意があったほうが有利そうだ。
9月29日(月)
月曜日の中勤。朝、正門前で旗振りをして局に到着したときには雨が降り始める。月曜日なので半区だけでそのまま夜の3号便へ移る。受け手の知識や受容力を考慮しない芸術論をぶつけることがあって、それを反省する。しかしそれがときには受け容れられもするのは、単に知識を披露するためだけの論ではなく、受容しやすいかたちを提示するための新しい論だからだろう。しかしその一線でしかない。
9月30日(火)
中勤。静岡新聞読者文芸欄選で尾藤川柳選三席で私の川柳〈タイヤはパンクして大きすぎる空〉が掲載されている。帰宅すると第64回大垣市文芸祭は詩部門と短歌部門で秀作との連絡が来ていた。
世の中はいかに苦しと思ふらむここらの人の恨みらるれば/在原元方(『古今和歌集』ちくま学芸文庫)
10月
10月2日(木)
今週はずっと中勤。班員Nietzscheは靱帯もやられているらしく、全治二週間に延びた。人員がギリギリなので班員も疲弊しつつある。他の班も似た状況の班はある。でも基本的に当社は支社と現場が乖離しているので、誰も何も対処しない。誰も、何も。
10月3日(金)
非番、遠州病院で人間ドックを受診する。7時半過ぎに病院施設内に入り、8時15分に呼ばれ、9時にバリウムを飲み、下剤も飲む。10時に食事が提供されるまで空腹のままクリエート浜松の浜松文芸館へ行き「浜松百撰の遺したもの」展を観る。初期の『浜松百撰』には百合山羽公選の俳句欄があったらしい。遠州病院へ戻り、2階レストランで10時過ぎに食事の提供を受ける。10時半にやや白い便が出るけれどまだ宿便のうちだろう。コメダ珈琲浜松駅北店でポテトを食べて時間をつぶす。12時45分に白の奔流がある。一旦帰宅したあと小学校へ行き、児のキャリアカウンセリングを受ける。それからくもんへ児を連れていくと謎の転校生一家が車で来ていた。くもんを終え、歩いて帰宅する。
10月4日(土)
雨、午前に昼過ぎに児を美術教室に預けたあと鴨江アートセンターへ赴くけれどどこにも馴染めず、木下惠介記念館に入る。第2展示室の受像機で流れる、田中壮太郎主演の「天才と呼ばれたオトコ」が好き。この動画では廊下へ出ただけで駅の騒音が聴こえる。児を迎えに行ったあと帰宅する。まだ小雨だったけれどスーパーカブに跨って南図書館を経て、コメダ珈琲浜松領家店へ行く。16時に浩太さんが待っており、あとから壬生キヨムが来て18時くらいまで話す。のぶすま書院一周年展の話もする。
10月5日(日)
午前は親子美化活動で小学校へ行き、東の側溝を低学年の男性保護者たちと掘って校庭南西隅の築山を高くした。昼飯のあとにマイロードなかので16インチの自転車のタイヤへ空気を入れてハンドルを調整してもらう。いまの身長だと22インチが適正サイズだそうだ。それから児の自転車の練習につきあうと、漕ぎ出しも自分でできて、右左折もブレーキもできるようになっている。
10月7日(火)
第8回浜松「私の詩」コンクールのチラシをもらう。11月から応募開始だ。
10月8日(水)
昼に磐田南高校の南東隅に仮設された熊本ラーメン大門で黒味玉ラーメンを食べる。半年くらいはいるとのこと。班員Nietzscheはまだ現場に復帰しないけれど明日から後方支援に回るという。ここ数日で「亂世備忘」と「時代革命」を観ている。周庭は一回くらいしか映らない。やや楽天的な旺角から理工大への落差と絶望が激しい。
10月9日(木)
江口寿史の漫画は読んだことがないのであまり思い入れはないのだけれど彼の写真トレースの件をもとにオリジナルについての詩をつくる。
10月10日(金)
中勤。配達区がほぼ全域で祭のため屋台渋滞があちこちで起きる。屋台を避けてトイレを探していたら福田町公園という池のある見知らぬ公園に着いてしまう。だいぶ涼しくなって詩をいくつも書けそうになる。
10月11日(土)
雨、駅前でやらまいかミュージックフェスティバルの演奏を少し観て、ドラムゲームをしてRolandのトートバッグをもらう。昼食を済ませたあとクリエート浜松4階で詩季に参加、鈴木さん・吉川さん・竹原さん・内山さん・熊谷さん。江口寿史の写真トレス問題に材をとった「オリジナル」という詩を出す。「謝罪すべき」に力が入りすぎているのか、あてこすりが効かない。14時半に終えて歩いて元目町の古本屋サイダーハウス・ルールへ行く。浜松オンライン読書会の歌会である。私は〈夜の刈田を延々つづく街灯がさあ飛び立てとそそのかすのさ〉と〈誰か置き忘れていったペットボトル残った液のあやしいひかり〉と二首の短歌を出し、浩太さんと石野さんの三人で深く話す。龍禅寺町公会堂での祭に参加する。児が紅白幕を背景に級友とカラオケで「アイドル」を歌う。
10月12日(日)
新幹線で名古屋駅、東海道線新快速で大垣駅へ行く。養老鉄道にやたらと揺られ、広神戸駅で降りる。神Fes!2025の最中であろう神戸町を歩き、Café BAUMで小倉トーストのモーニングを食べる。イベント会場へ寄ったあと神戸町中央公民館大ホールでの第42回文芸ごうど表彰式に参加する。優秀賞なので座って立って座るだけかと思ったら詩歌公募界隈の有名人である浦城亮祐さん(現代詩部門文芸賞)がいらっしゃり、ご挨拶して浜松「私の詩」コンクールのチラシを渡せた。ちなみに詩は「熊蜂の死」帰途、養老鉄道を降りた大垣駅で発砲音がしたので郭町商店街を歩くと大垣十万石まつりで火縄銃の演武をやっており、子どもたちが驚いて泣いていた。金蝶園総本家で栗きんとんを買って帰浜する。
足跡を一つ残して去る案山子/大野房子(俳句部門優秀賞)『文芸ごうど作品集』第42号)
10月13日(月)
雨は降らず、30度を超える夏のような台風一過の日、子守。東海道線で豊橋駅へ向かう。そこからかなり揺れる豊橋鉄道市内線に乗って豊橋市立美術博物館へ赴き「水辺のけしき」で永井繁男の点描の絵などを観る。中村岳陵の「流紋」が好き。「吉田藩誕生!」は深溝松平家と竹谷松平家というマイナー松平の歴史を学べる。吉田城鉄櫓を経て市内線に乗って駅前へ戻る。Kamliaの開明軒で昼を食べる。帰浜するとキタラやソラモでAge-Well HAMAMATSU 2025というイベントをやっていてスタンプラリーなどをする。児が帰りの鉄路で寝たのに夕方にも寝ているので訝しむと38.8度の発熱。疲労だろう。
10月14日(火)
朝は雨、そぞろ寒。児はただの風邪だった。帰宅すると第52回羽鳥市文芸祭現代詩部門へ出した「すべて名づけられなかった記憶」が入選という知らせが届く。三賞に至らず。
10月15日(水)
児は38から39度を行ったり来たり。でも夜になって処方された抗生剤が効いてきたのか38度以下へ下がる。小倉紀蔵『入門 朱子学と陽明学』ちくま新書を読む。第三十六回伊藤園お~いお茶新俳句大賞は〈ポケットへ水着ねじこむ初デート〉で佳作だった。
10月16日(木)
雨、控除証明書が大量に出ており、一列半は二日残となる。明日、そこは15日分と16日分と17日分をまとめて配る。児は36度台まで下がる。
10月17日(金)
秋暑し。今日も控除証明書が大量に出ており、区分口6マス分を残す。
10月19日(日)
非番。妻は富士吉田へ行き子守。昨日の土曜勤務中に下書きをつくった「文化の弊害としてのクリエイター」は、ちょっと書けないと思っていたテーマで書ききれた感がある。書きはじめて、書きながらその都度発見する姿勢が大事なのだろう。もちろんいつも書きはじめる前は書き終えられるか不安なのだ。その日も土曜勤務かもしれないけれど千歳町はモール街のThe FLAG PROJECTに応募する。半畳一人朗読でもしようか、もし叫びたい人がいれば拡声器を譲って。昼に来浜した「いずら」こと泉由良およびにゃんしーと児とジョイフル浜松三島店で会食する。
10月20日(月)
定形外がジャパネット・JAF・パルモ・ベルーナと爆発しており、今月中に片付ける感じ。11月1日のゆうメール値上げ前の駆け込み需要だろうか。
10月22日(水)
昨日午後に初の女性首相による高市内閣が発足したらしいけれど実感はまったくない。雨、初冬の寒さ。とても終わらず区分口5マス分を残す。
我が来つる方も知られずくらぶ山木々の木の葉の散るとまがふに/藤原敏行(『古今和歌集』ちくま学芸文庫)
10月23日(木)
非番。気温の落差とゆうメール定形外地獄でひどく疲れている。駅に出て麦蒔の課題である中島斌雄『現代俳句の創造』毎日新聞社の§2を読む。〈秋の暮大魚の骨を海が引く/西東三鬼〉を「風景でない風景」と評しているのが気になる。非風景のアンバランスではなく、「アンバランスのバランスへの変身」とも言及している。先日の記事についてのタテイシヒロシさんの投稿を知る。「尊敬する友人や知人」というムラ性や「noteも見なくていい」というムラの防衛機制が書かれており、私が記事を書いた動機を裏付けてくれた。また、投稿では固有名詞として伏せられていたけれど、システムの中に安住すると自分の行為の意味に気づかない事象を比喩で説明するために使った固有名詞はじつは「ナチスのアイヒマン」、投稿ではまさに尊敬する友人や知人と結束しその結束を断ち切る批評を抹消しようとするファシズム(結束主義)的仕草をタテイシさんは地でやってくれた。さらに「会話を求めようとしている人がいるならば、餌になるだけだからやめた方がいい」も正鵠を射ている。批判している枠組のなかに安住して枠組の外から枠組みの内をちょっとでも見ようとしなければ、記事へ例証を与える単なる餌にしかならないのは当然だろう。批評慣れしていないのだ。そのあと他に2人の方から語り合おう、会話しようと連絡をいただく。下校した児は再び学校へ遊びに行ったので久しぶりにアニメの「秒速5センチメートル」を十数年ぶりに観る。独白がすさまじい。夜に一空袋を買い、精米する。
底のウイスキー鳥類は黒くはばたき/林田紀音夫
10月24日(金)
昼前から予報はずれの雨、そぞろ寒。区分口8マスを来週へ持ち越す。第三十六回伊東静雄賞第一次選考結果が来て、候補作品すなわち佳作には入ったらしい。およそそれどまりだろう。
10月25日(土)
雨がすこしぱらつく程度、土曜の中勤。磐田市役所の北で第20回遠江国分寺まつりをやっており、壇上にあがった草地市長以下お偉方を見て出勤する。
10月26日(日)
秋霖、静岡県立美術館へ行く。ジブリは当日券を買えず入れないので第65回静岡県芸術祭の障害者文化芸術部門を観る。芸術祭賞の沼田晃太朗さんの「怖いけど大好きなトイレ」や河合秀翔さんの「毎日のお給料の計算」など執拗なまでの作業量が好き。昼は聖一色の金ときで食べる。妻を両替町に置き、児と人宿町人情祭をそぞろ歩く。それから七間町のCCCで伊藤慶がユーコン準州北部で撮影した写真展と由比海子の「わたしの糸口」を観る。糸口、口のない少女絵は喋りたくないからとするなら、白目のない黒目は視線への恐れからか。戻ってきた妻と人情祭を歩き帰浜する。17時過ぎに子安町のあたりでアクトタワーの上の西の空に彗星らしきものが更に西へ落ちるのを児が見つける。レモン彗星と云う人もいる。地平線だけだった雲が増えて17時半にはすぐに見えなくなる。一瞬の天体ショーだった。
10月27日(月)
予報はずれの晴れ。市から1区あたり百通の特定記録。でも36協定で今月はもう超勤ができないため17時には上がる。夕刻にトランプ大統領が来日する。県詩人会の入会届が来たので書く。
10月28日(火)
静岡新聞読者文芸欄の野村喜和夫選で私の詩「寝不足の小瓶」が掲載される。
10月31日(金)
中勤、昼から雨、4区分口を残す。11月23日のクリエイターたちとの文化談義の会をオムスパと命名する。お結び(結束主義)の一歩手前で、有声ではなく無声を聞こうという意味を込めて。この名称は5月のおむすばを前提とする。夜は雨風が強い。The FLAG PROJECTのスペースが11月8日(土)16時からの三銀堂不動産シャッター前に決まったとメールが来た。
双六をあたまのなかでするように桜並木の紅葉を見る/丸田洋渡(『これからの友情』ナナロク社)
11月
11月1日(土)
磐田市竜洋昆虫自然観察公園へ行きイボトビムシ展を観て、児のクイズラリーにつきあう。小島の磯光でB定食をいただき、児を絵画教室に預けたあと、鴨江アートセンター入口でタテイシヒロシさんとたまたますれちがい挨拶する。鴨江アートセンターの一階ではzakuzakuとheheheによる展覧会『無主地の声たち』をやっており、観る。それから紺屋町の100cafeへ行きカヌレセットを嗜む。児を拾うと浜松城公園へ行く。タタズミcoffeeに寄りソフトクリームを児に食べさせ、ランタン飛ばしの準備を眺める。いろいろ話を聞くうちに、クリエイターやデザイナーの世界も一枚岩ではないと知る。風が冷たくなった。
牽制で成り立っている構造に偏執狂は不可欠だった/丸田洋渡(『これからの友情』ナナロク社)
11月2日(日)
午前は小学校校庭での三町による校区町民体育大会に参加する。パン食い競走に出て1位になる。東海道線で掛川駅へ行き、昼は中町のしゃかりき政平でチキン南蛮定食を食べる。その座敷席に、食事を終えてもずっとドジャースの試合を観ている外人がいて、店員に追い出されていた。掛川市二の丸美術館で大村雪乃のシールアートを観ながら吟行をする。主催の河原さんはもちろん、白川さん、青木さん、峯村さん、清水パサレラさんが参加する。私は〈監視員は客ではなくて観る人を夜へいざなう絵を監視する〉を出す。「If You're Here(高速道路)」に速度を見る。帰浜してWest Goat Coffeeでアメリカーノを持ち帰る。
11月3日(月)
冬めいて風が強い。午前はゴロゴロする。昼はカキフライ定食を食べ、午後は児の自転車練習につきあいつつ、Yandex webmasterのURL登録方法を調べたら10年前よりだいぶ簡便になっていた。一時帰宅ののちツインギャラリー蔵に寄り、さのきぬよさんの個展を観て、HAPPY VALLEY入野店にて力哉さん夫妻と家族ぐるみで話す。力哉さんの「パートナー」が切れ者で浜松市民はやはり底力がある、なんてことを思う。
ひとつの 渚のなかに暮れ、
はぎとられた 青い鱗を鳴らしてかなしむ
病気の魚の やさしい顔。
(「病気の魚」『大手拓次詩集』岩波文庫)
11月7日(金)
立冬だがあたたかい日。今週は定形外が多く、昨日今日と中勤で疲れる。班長がトメを紛失し私が退勤するまで部長たちが現地で出張る。遅く帰宅したので明日の用意ができない。昨日依頼の封書が来ており、大垣市文芸祭は代表受領をやることになりそう。ふと、一日一詩一首一句を試みようと思う。いや、一首一句くらいが妥当か。ただ公開か非公開、名義、整理、そして形式などの面で悩む。
無音という音をたてつつ冬に入る
班長がなくしたという書留はいまは土星のあたりを通過
11月8日(土)
午前は児を連れて磐田市見付の交通安全教育センターへ行き自転車の練習につきあう。ここは相生公園とは違い、自転車の持ち込みができていい。昼は第1回新川モールコーヒーマルシェの100cafeさんでコロンビアを、Cherish Coffeeさんでムンテを試飲する。浜松文芸館の「浜松ゆかりの歌人たち」にて山田震太郎の数首を読んで素朴に詠み続けることの大切さを思う。13時から内山さん、吉川さん、熊谷さん、竹原さんと詩季をする。和子さんは欠席。駅前へ戻りWest Goat Coffeeで暇をつぶしたあと16時からモール街のThe FLAG PROJECTに出演して千歳町は杉浦ビル東のシャッター前にて拡声器を使って朗読する。「肉」「オリジナル」などで25分ほど叫んだあと、残り5分で2名に飛び入りで発話してもらう。そのあと流れでふたたびWest Goat Coffeeに入りいきものだもの大石さんと鼯鼠之丞と例の件を話す。現状の創作+宣伝ではなく、創作+企画+批評の三本柱を据えてかつ方向性をもちジャンルの垣根のない群衆としての芸術潮流を試みては? といったことを話す。18時ごろから移動して中田島砂丘で19時から砂詩丼を断行する。珍しく鼯鼠之丞が漢詩以外、『古今和歌集』を持ってくる。身体を酷使した一日で肩が凝る。夜に詩丼改の会場予約を済ませる。
首のべて必死にはばたく海鳥のようやく風を越えゆかんとす/山田震太郎
自転車のぶつかってゆく初冬かな
銃弾のように単一乾電池おしこめていく詩の拡声器
11月9日(日)
雨、午後に掛川市の原泉アートデイズ!へ行く。旧原泉第2製茶工場内でEBC-223のつくる音を児が嫌がって初っ端から手こずる。地理学を学んだLukas Kannemannが昌光寺のお堂に据えたDJ装置を児がおそるおそるプレイした。Der Stein bleibt hier nicht liegenということだが座布団に据えられたのは竹片で、笑った。旧田中屋でのフィールドワークの手法もそうだけれど、祭りとアートイベントの溶け合いがやりやすい印象を受けて、祭祀の継承を芸術が担うことについて地元民はどんな心境なのだろう、そして芸術家は。山から里へ下り、大池公園のきみくらカフェで妻を戸井田夫妻と打ち合わせさせてから帰浜する。
実験的マルチインストゥルメンタリストとして、場に即した即興音楽を中心にトランスディシプリナリーなアプローチをとり、空間とそこに集う人々(共演者や観客)をつなぐことを目指してミニマルで多面的な音を探求する。(「ルーカス・カンネマン」『HARAIZUMI ART DAYS! 幸福への祈り Prayer for Happiness』)
音の組成を入れ換えて冬の雨
山奥へ積まれた石を観に行って下界の問いをその上に積む
11月10日(月)
雨のあとで風が強い、冬を感じさせる。第24回土岐市文芸祭の現代詩部門は「いつか翅と出合うとき」で入選とのハガキが来た。作っていた時期はだんだんと詩作に厭いてきたから結果はどんどん悪くなる一方である。
始末書の一行目から北風と
豚汁の素を豚汁屋の見えるドラッグストアで買った冬の夜
11月11日(火)
午前はLandmark′s Coffee&Baker駅南店で作業をし、遠鉄新浜松駅の北にある高架下の空き地、The GATE HAMAMATSU跡地にできたPOP UP FORESTに立ち寄る。木材チップの踏み心地がよい。AIカメラで位置と人数を測定しているという。それからザザシティの2階でクレーンゲームをしてPIXICAMという超小型デジタルカメラを4回目の挑戦で獲得し、本体より高価なmicroSDを入れて撮りながら帰宅する。児は帰宅後、ふたたび学校へ行くけれど約束したМちゃんは来なかったという。17時に帰宅したあと忘れ物を探しにまた学校へ行った帰りにМちゃんへの腹いせを私へ八つ当たりしてくる。
約束を守らない子と揚げ蓮根と
超小型カメラ忍ばせ歩くとき目はどこまででどこからレンズ
11月12日(水)
成し遂げた星は少なし冬の池
さまざまな町のにおいをさせている郵便夫らへ分け入り午睡
11月13日(木)
曇りで初冬らしい気配がある。配達中にリアタイヤの空気がぬけ始め、帰局指示により帰る途中でほぼぬける。静岡新聞から久しぶりに読者文芸の図書カード3000円分が届く。
リアタイヤの潰れて走る枯野かな
群馬から送られてきた栗を煮る今夜は食べる気はしないけど
11月14日(金)
日差しがあり、ぬくい日。美濃市文芸祭は俳句の部で〈改札を出る群衆よ大西日〉が佳作だった。基準も流派も分からない文芸祭の初手では食い込んだ方だろう。
冬蝶は愉しいだけが取り柄です
警備員の示す赤い誘導棒のさきめざすべき国は確かにあるか
11月15日(土)
土曜日の中勤、おとといパンクしたバイクに乗ったら出発して1キロも走らない内に異変を感じ、すぐ帰局したらまたリアタイヤがパンクしていた。チューブが傷ついていたのだろう。次にあてがわれたバイクはオイル漏れだった。そんななか更に厄介なことが起こり、めげない心でなんとか乗り切る。でも詐りの始末書は書く。帰宅後、ChatGPTにHTMLコードを吐き出してもらい郵便用語集を移植してくる。
十二進法のさざんかなのだろう
暗雲のつづいた空に晴れま見え西を傾くレモン彗星
11月16日(日)
午前は三ヶ日町福長の三ヶ日交通公園で児の自転車を練習させる。隣接のみかんの里資料館は昔の木製農機具も愉しいけれど、壁や黒板に貼られた手書きのデータ表が味である。湖西市を経てプスプス市2025秋の陣へ赴く。『集刊 プスッコ』のマンガ寄稿者分をもらい、ポーランドのZINEというOFICYNA PERYFERIEと『How to Book in Japan』NEUTRAL COLORSを買い、児がwhen pressのSMALLCAPSガチャを回す。いずれもアートZINEという感じで高額、詩歌ZINEの高くても1000円前後の世界とは別次元だ。しかし載せられている情報量はどれほど異なるだろうか。安新町の浜松鑑定団内のもってきーなを経て、三島楊子公園でもう一度だけ自転車の練習をして帰宅する。
汽車の来ない踏切の鳴る蜜柑山
永遠の準備中だと思うからホテルの名だけ覚える峠
11月17日(月)
局内集配だけでインフルエンザか発熱で9人が休んでいる。また班員Nietzscheが来週まで病休のため、土曜日に準備した区は主任に譲り4区分口を残す。第七十回関市文化祭の短歌は〈朝焼の色へ冷めゆくコカコーラちゅうとはんぱなふたりでいいよ〉で入選とのこと。
遊具みなテープ封鎖や日向ぼこ
風邪引きの名札四十五度ほどに倒されているホワイトボード
11月18日(火)
非番、風が冷たく温度は上がらない。朝は児を学校まで見送ったあと駅南口の雪島さんのコーヒースタンドで短歌時評などの作業をする。ふと思いついて日本語四行詩を作る。軽くルールを仮設すると、一行は七五・五七・六六・四四四それらのチャンポンか自由律、一行目・二行目・四行目になるべく脚韻、できれば頭韻など他の押韻も試みる。意味のつらなりよりも押韻による撰語を優先し、その結果としてかろうじてつながる意味を尊ぶ。駅北口広場の電飾作業を横目に見ながらWest Goat Coffeeで濃いめのアメリカンを作ってもらい、ビオ・あつみエピスリー浜松と南図書館を経て帰宅する。
隙間風海綿体は鬱血す
枯れそうなプラタナスには電飾をつけないでおく街のやさしさ
珈琲のなかに棲む人
まぶたはもうひらかないよ
夜が夜の顔をするうちに
西の豆をもう挽かないと
11月19日(水)
本格的な冬の寒さ、午後から防寒着を着る。また6区分口を残す。
冬晴を心残りのかけらとす
交通量調査の人は通り過ぎる風を数えてボタンを押した
トウジの追った幻のエルク
音をたてて崩れてゆく
揮発している民主制
恐れながらも朝日へ芽吹く
11月20日(木)
小春日は歩けない猫たちの邦
シンハラの少女の名前長すぎて欄からはみ出て笑っている
高圧線の冬空を
くまなく埋める宇宙青
飛び立つものの名を数え
知らない どこへ去るのかを
11月21日(金)
中勤。国道150号線沿いで溝にフロントタイヤをとられて左へ転倒、左足をバイクの下敷きにするけれどこのくらいはなんてことはない。今日の四行詩はのぶすま書院本館2025年11月20日*の韻を拝借しようとして、韻の考え方によるけれど、拝借しきれなかった。
冬紅葉いたんでもいたまない足
またしても己のミスを他人の手を借りずに済ます私であるよ
二次関数を見てご覧
何も言わないから美男
ニヒルに靡かせる髭は
渚、中田島のパリジャン
11月22日(土)
あたたかい、土曜中勤。朝にChatGPTの援けを借りて日本語四行詩こと遠州聯詩の投稿ページをつくる。
冬ぬくし飲むバスクチーズケーキなど
もう何も書くことないと思う日に起きてしまった三つの惨事
俺をもう休ませたほうがいいよ
追われるように軋む内臓
もう無理よ! もう無理よ!
また廃休を決められそう
11月23日(日)
午前は磐田市見付の交通安全教育センターへ赴き、児の自転車遊びに付き合う。五味八珍豊田町店を経て富塚町のマイロードなかのへ行き、児の赤青ヨツバサイクルのハンドルを大きなものに交換してもらうため預ける。浜松駅周辺へ出ると浜松まちなか文化祭や軽トラはままつ出世市や反差別デモなどでにぎわっていた。夜は17時半から鍛冶町地下のうお鶏で小幡さん、桑原さんなど約十名で23時半まで飲む。歩いて帰宅する。水槽のなかの熱帯魚たちの世界はたとえ地獄であったとしても、外の人間から見れば優雅な熱帯魚の水槽でしかない。この会の内容は秘匿となるけれど、浜松市が先導する日本、いや世界という酔夢を見る。
自転車で転んだ傷は石蕗の花
北風に爛れる夜の傷めいて三日月という音は浮かぶよ
浜松のまちなかに森
ひらく、自由のための檻
ふと空を見て鞄置き
星を取りだす夜の緒に
11月24日(月)
子守。朝から新幹線で名古屋駅、そこから東海道線で岐阜駅へ。昇りの金華山ロープウェーは待ち時間が一時間あるので児とチャート剥き出しの百曲登山道を汗だくかつ心臓バクバクで登る。岐阜城模擬天守までは行けず、展望台までで引き返しロープウェーで下りる。そこからバスで戻ってみんなの森ぎふメディアコスモスへ赴き、遅刻しながらもドキドキテラスでの岐阜市文芸祭表彰式に参加する。現代詩「卒園式」が市教育委員会賞だった。会場で郡上市文芸祭で会った西尾嘉浩さんと再会する。14時から講評会に参加、選者の鬼頭武子さん、天木三枝子さん、秀逸の宍井戸理央さんらと話す。指示語を具体的な言葉に変える、起承転結の転を詩として立たせる、ひとつの主題の範囲をはみださない、などを教わる。15時に終わり、児の希望で岐阜駅まで歩きへとへとになり帰浜する。
心臓へ紅葉散るなり金華山
詩を書けばいつかぬけられなくなると岐阜の詩人は予言めき言う
市街を見下ろすロープウェー
下から迫りくる大衆性
すべてのものはすれちがい
死にゆく木々よみな歌え
11月25日(火)
冬の雨、静岡新聞読者文芸欄の大辻隆弘選で私の短歌〈写真には残らなかったことだけがいまも私の表情である〉が、野村喜和夫選で私の詩「誤配されたぼく」が掲載される。
悴んだ手に受く誤配郵便を
目を閉じて森を流れるせせらぎのような読み手の心を聴いた
添付するファイル間違え
天使らはすでに死に絶え
手を尽くすまでもないほど
頽廃的な身勝手
11月26日(水)
ひさしぶりの定時あがり。帰途、南図書館で本を返すときに司書から「昨日の新聞読みました」と言われる。「読んでいただきありがとうございます」と返す。
自動車に遠くゆくときしばしばもトンネルの中の泥濘さびし/佐藤佐太郎(『佐藤佐太郎歌集』岩波文庫)
蜜柑からこぼれ落ちたる惑星よ
眠気とはこんなに甘い から風の配達を終え湯に浸かるとき
ひとが寝落ちする瞬間の
いともたやすく溶けそうな顔
帰途に思うよ、暗澹と
いとしい人の腫れ瞼を
11月27日(木)
中勤、夜に冬の雨。浜松市文化振興財団ならぬ浜松市文化深耕材団を名乗るのもいいかな、と思う。
漆黒のウェディングドレスが身体じゅうから滲み出る 軍隊のように/早坂類(『写真歌集 ヘヴンリー・ブルー』RANGAI文庫)
柊の花群衆の声かさね
塗りこめた壁のなかから幾重もの声聴こえます 鮫の声です
腐女子の国で逢いましょう
本を買うのに免許証
詩人のような直感で
一ページ目から揺らす本能
11月28日(金)
非番。午前は小学校の発表会、のらねこの数が転校生のため当初の台本より増えていた。それから駅まで歩き、メイワン八階の谷島屋書店浜松本店で『捜神記』平凡社ライブラリーを買い、バスターミナルを見下ろしながら読む。なにも考えずに読めるし、読んでもすぐに内容を忘れるから何度も楽しめる。気になった話は原文にあたると勉強になる。歩いて帰宅する。
つまらない本を閉じたら隙間風
なんというさびしさだろう買われずに触れられずにいる書物の天は
薬指へ しがみつき
渇き うつむき すがりつき
かき消すように 壊さぬように
呼吸しながら読む捜神記
11月29日(土)
土曜中勤のため朝に中泉のcoffee echoU/philllllへ寄り、flatWhiteを飲む。夜は今季初、ハクキンカイロに点火した。バイクはもう素手だと寒さで痛くなる。
速達を亡くしてしまう大枯野
ブラックフライデー飛び交う荷物に夕日は落ちて(配達員はカップ麺好き)
百の荷物を担うくらいで
冷や汗かくなブラックフライデー
比較できないつらさはあって
引き揚げたいよ気楽な家へ
11月30日(日)
朝に浜松駅で青空フリーパスを買い、東海道線に乗る。豊橋駅から特別快速一本で大垣駅へ向かう。水都の水を飲み、大垣城を駆足で観て、大垣市スイトピアセンターへ向かう。水とプアホールの表彰式会場で短歌部門文芸祭賞のともえ夕夏さんとご挨拶する。詩「戻ってきた」と短歌〈ひまわりはきっとおしゃべり花だろう幼稚園児が集まってくる〉で秀作だった。表彰式のあと審査員の椎野満代さんと樋口健司さん、佳作の大江豊さん、北村俊保さんらと講評会を行う。佳作の安田春「席」は私の詩と同じように座りきれない椅子を書いており驚く。大江さんから輪中の水屋について教わる。詩の講評会だけ他の部門より長引いた。昼は世界の山ちゃん大垣アスティ店で食べる。久しぶりに手羽先を食べたら思いのほか辛かった。岐阜駅で途中下車して美殿町の徒然舎で武田豊詩選集『忘れたステッキ』龜鳴屋を買う。帰りの東海道線は遅延・大混雑だった。
子供が闇をシキリに引裂いて
泣きながら喰べてゐる
(武田豊「私は精神的彫刻家です」『忘れたステッキ』龜鳴屋)
霜月の雲の音する水都かな
みずうみの朝の上空さむざむとちりぢりになる水鳥のむれ
朝の手に青空フリーパス
鮮やかな旅、ここから生み出す
いくつもの山や川をこえ
生き様と生き方ついに交わる
12月
12月1日(月)
株の2パスが大量に出る。4口残す。夜、宗宮さんに児を診せたところ紹介状を書いてもらったらしく、妻は児をさらに診せに聖隷浜松病院へ行った。何やらたくさん検査をするらしい。
小春日や雄弁すぎる生野菜
柊の花ほどにある純情を傾け今日も涙する君
夜の病院へ行ったっきり
ふたりは帰ってこない暗い道
四時間以上過ぎたけど
更けゆく闇にふっと空耳
12月2日(火)
妻子は日付を越えて帰宅。19時に病院に着いて5時間もかかるとは、夜の病院は悠長なことだ。児の診断はcystitis haemorrhagica、午前に39度以上の発熱がある。そういえば、私の浜松市クリエイター批判と令和人文主義批判は重なるところがある。そもそも浜松市クリエイターと令和人文主義は、作品や人文知の商品化には長けているけれど社会における位置づけには無関心、結束主義か仲良し、ビジネスと親和性あり、批評を嫌うか無視する、といった共通点がある。閉鎖的ポジティブ強制という単語も出てくる。令和人文主義の次の潮流はきっと令和グラムシ主義と呼ぶべきものになるかもしれない。昼に思い出して、名興文庫の漆黒の幻想小説コンテストを調べたら応募作品5篇がすべて書籍掲載とのことだった。たぶん名興文庫はよくある電子書籍のみの出版社だろうけれど、とにかく何かかかわりたいと思わせる断定と勢いがある。
膀胱という字に光ひなたぼこ
病んでいる児へマンガなど買いにゆく四コマ漫画のはずれのコマへ
しぼんでゆく時間は隠喩ですかい
主任の事故事例研究会
仕事のあとには書くだろう
始末書、過去とのさしむかい
12月3日(水)
特別休暇、38度以上ある自宅安静患者の子守。『断食月』の組版作業をする。昼に行き詰まり、児と映画「キリエのうた」を観る。冒頭の雪のシーンが遠景だったけれど、記憶ではふたりが雪に身を投げる近景だったような。いや、記憶が後半の印象的なシーンに塗り変えられているだけか。
冬の午後映画のあらすじは豆腐
編輯の残り三ページを埋めるためのゆたかな重さもつ雲
危機の時代の風邪薬
今日から令和人文主義
究極の解決策きっと
きっと来るさ、眠れない夜に
12月4日(木)
廃休。風強く、寒い。はじめてバイクをつかむ素手の感覚がなくなる。昨日の残に苦戦するもとりあえず一周する。そういえば、遠州聯詩は主語を自分にするとラップっぽくなる。
空風のにおいとしての赤煉瓦
冬のチョコモナカジャンボは宝石にも国の半分にも代えられない
俺の名前は尾内甲太郎
恐れ知らずのoutlaw
味方も敵も右往左往
みんなは俺に過剰反応
12月5日(金)
特別休暇、やはり寒い。たぶん2010年代における震災文学への違和感が私の「みんなが詩人」の根底にあるのだろう。それは特異性に拠る文芸への危機感・嫌悪感とも呼べる。朝は聖隷浜松病院へ児を連れて行く。nephritisの可能性は排しきれないけれど、症状があるのと薬が効いたのでおおむねcystitisだろうとの診立て。帰宅して午後に縄跳びを百回跳ばされる。第74回瀬戸市文芸発表会は詩部門(若山紀子先生選)で入選との連絡を受ける。でも、どの詩かは知らない。
君平獨寂寞
身世兩相棄(鮑照「詠史詩」)
病院はビル建ちならぶ黄落期
手の冷たいこどもが増えた やさしさを知らないこどもも増えているようだ
十三人の詩人が集う
遠州の文芸、信じてゆこう
充実の詩誌「断食月」は
延々つづく不偏不党
12月6日(土)
朝に『断食月』詩歌のみ投稿の方へ著者校正依頼メールを送る。沈黙交易欄にも出した方は校正を希望された浩太さんのチェック後となる。公園でドッヂビーを遊べるくらい風のない穏やかな昼だった。
ケーブルのこんがらがって十二月
一枚の白いシーツに覆われて冬とゆくえをともにする人
吹かすぜ遠州からっ風
不確かなメッキ剥がすだけ
「やらまいか」なんて意味がないんだ
焼野原にする、明日に向かって
12月7日(日)
午前、ちまたパークの場所が分からずゆりの木通りをスーパーカブで走ったけれど見つからなかった。ちまた公民館からひとつ南に入った通り沿いにあるようだ。運命がひらければちまたパークへの道もひらけるのだろう。午後に四ツ池公園で児の自転車遊びにつきあい、イオンモール浜松市野へ行って、朝に壊れたバルミューダのかわりとなる電気ケトルを買う。
名も知らぬ小鳥きたりて歌ふとき我もまだ見ぬ人の恋しき/三ヶ島葭子(髙良真実『みんなの近代短歌』草思社)
水鳥の頭骨や目は空の色
いつまでも古い御守提げていてファミリーカーは渋滞のなか
骨の髄まで冬は宿る
炎のような不思議な引力
欲しいというよりここにある
他でもない電気ケトル
12月8日(月)
金曜日の残と月曜日分を合体して配達する。第21回文芸思潮現代詩賞は「更地」「交差点」「言わないホテル」で入選とのこと。
凄凄歳暮風
翳翳經日雪
(陶淵明「癸卯歳十二月中作與從弟敬遠」)
極月や定形外はうずたかし
金曜の郵便物を月曜に配達しますきれいな冬空
知り尽くした町の知らない路地で
白髪交じりの語る噂の尾鰭
思想へ兆す迷いを捨てて
支配者たちのやわらかい砦
12月9日(火)
郵便のふいに鳴り出すクリスマス
熊界に歴史があれば昨今はレコンキスタと呼ばれるのかな
人生は一度きりとか
言われてもただ鎮魂歌
口ずさむまで踊ろうよ
息を切らして青い空
12月10日(水)
filia mea scholam elementariam ob dolorem ventris, cephalalgiam, et febrem levem praemature reliquit. causa ignota est. nescio cur domi convaluit. sed dicit se dolorem in inguine habere cum urinat.
北風の芯は針金青光り
班長に砂消しゴムの使い方を教わっている冬の超勤
封筒に書かれた「誤配」の字
砂消しゴムで消す、いまどき
消しすぎて封皮が破れぬように
(こんなこと書いても何も変わらないのに)
12月11日(木)
nocte filia mea dicit se dolorem in inguine habere cum urinat. itaque hodie labore omisi et filiam meam ad valetudinarium duxi. ibi urinam filiae meae in poculo papyraceo collegi et cystitis recidivam esse comperimus. unguentum sinense odoris curry accepimus. quod futurum sit deus solus novit. ミスターぶんぐ浜松西伊場店でラッションペンの赤を買ってから午後に舞阪表浜東公園の交通広場へ行く。はじめまちがえて表浜公園へ行き、プールはあるけれどやけにさびしい公園だな、と思ったら違う公園だった。でも表浜公園には第十二代舞阪町長による七言絶句詩碑と海上保安官の則武勝馬こと則武桂という俳人による〈浜名湖の口を細めて海苔の粗朶〉の句碑がプールの東北に建っていた。句は、正確には変体仮名をつかって「海苔能粗朶」である。表浜東公園も他の子たちが自転車で交通広場へ来るまではさびしい公園だった。
賀舞阪燈臺之竣功
渡邉拙堂
清姿髙聳碧天新
雄大景觀驚世人
發抒海難航路穏
燈臺應作篙師鎮
試し刷りの冊子を綴る冬麗
老夫婦にブラジルに母子にサボリーマン地方郊外マクドナルドよ
蜜柑畠はすぐ迷う
道を失ったら歌おう
未到達は擦過傷
見殺しにせず待ちましょう
12月12日(金)
未明に突風がふきすさぶ。中勤、夜は寒い、手が痛い。夜、磐田市豊島のとある建築現場を通りかかったとき、養生シートに蝦夷鹿の絵がプリントされているのを見つけた。鳴き声が「ピメーロー」と印字してあった。浜松市に移住してすぐ手がけた仕事、動物の鳴き声を擬音語にしたもののひとつだろう。他にも製品化されターポリンに印字された擬音語は何種類かあったはず。
空っ風は速すぎたなら風じゃない
烈風にわが肉はみなちぎれ飛び魂だけが凍えています
怒る人は何も見ていない
起こっていることに気がついていない
押し黙っても単なる差異
男たちの脆い世界
12月13日(土)
短歌時評「短歌の主体」が公開される。これまでの作者総体論がその緻密さにもかかわらず批評の主体である読者を含んでいないためその欠落をあいだの主体によって補うのと前回の「短歌の風景」を踏まえ従来の作中主体をとりまく構造を地理としたときの風景にあたるあいだの主体観を提示する、といった企図がある。同時に言葉をやりとりする場、すなわち社会において加害者の野放し、次に被害感情の優先、やがて被害者の安全優先と推移していった先にあるだろう加害と被害の混然化や「みんながクリエイターである」の群衆による文化形態なども、あいだの主体を基礎に置くことで視野に入れられるだろう。昼に第2回浜松ソラモ手づくり市でヤマシタハリコ店さんの張り子人形を見て、黒を下地としていた造型をおもしろいと思う。13時からの詩季はクリエート浜松5階の和室「萩」にて、参加は吉川さん、鈴木さん、熊谷さん、竹原さん、内山さんに私。色階についての詩を私は出す。内山さんのシュークリームと鈴木さんの奈良土産を煎茶と楽しむ。帰宅して夕方にkodak charmeraを受け取ってから砂詩丼へ行く。しかし雨雲が迫っていたので、風車公園の四阿で読む。私は遠州聯詩のポエトリー・リーディングを試み、鼯鼠之丞は良寛の漢詩を読む。20時に雨は小康となったのをみはからい帰宅する。
柚子の実は雲のくぼみへ添うかたち
まだ何も成し遂げていない掌があたためられるカフェマキアート
雨の四阿で詩を読む
頭の中身を垂らすフルスロットル
アルペジオから飛び降りて
明日までつづく小夜曲
12月14日(日)
午前は雨上がりの磐田市交通安全教育センターで児の自転車遊びにつきあう。貸切だった。五味八珍磐田店を経て、浜松市博物館へ行き、特別展「伊場遺跡群と弥生時代後期の文化」を観る。周辺地域との文化の違いが分かるように気配りされた展示だった。浜松鑑定団高塚店もってきーなを経て篠原町のiluclu内にあるクレープ屋arbreとWhose Coffeeに寄る。風が強いので外で食べるのはきつい。
脳みそとして肉まんを割りにけり
練習のために置かれた信号機そういうふうな人でありたい
一年の大河ドラマを
観終えたら思い出す顔
それとまた忘れちゃった顔
児は問うよ次は何かと
12月15日(月)
正門の旗振り、遅れて行くとすでに「交通安全」や「通学路」などの幟を持った人たちが交差点に十人ほど立っていた。私がいる意味はあったのか? 早く職場に着いたので夜勤を中勤にしてもらう。児にvagina septataの可能性ありと妻が言う。でも説明を聞いてもよくわからない。
柚子風呂の去りゆくものへ手を伸ばす
天からは見放されたるかたちしてアロエは花を天へ差しいれ
読んでくださいQRコード
悦んでください求愛行動
横道へ逸れてもいいけれど
予後は絶対「ありがとう」
12月16日(火)
非番、朝に小児科に児のurinaを預ける。午前は高町の古橋商会へエンジンオイルを交換してもらいに行くけれど店主が出張中でできなかった。引き返して遠鉄百貨店本館へ開店と同時に入り、Zoffで仕事用に壊れにくい二割遮光眼鏡を買う。前の眼鏡はもう八年以上掛けていて拭いても拭いても常に汚れ曇っているため。26日以降にできあがるとのこと。今日の用事として理髪とオイル交換は成し遂げられなかったけれど、海老塚のみずきんで目高5匹を購入できた。こども園時代はほぼ一日の保育だったけれど、小学校の場合は児童会が休みになるので用事が中途半端になる。でも学年が上がれば状況は変わるだろうか。
電信柱の孤独や
郵便ポストの憂鬱に気づく人は少ない
(城戸朱理「不安の形態」『火山系』思潮社)
マスクのなかに口あり喋りだす
ひらきゆくたびに散りゆくかのような枇杷のちいさな花ほど想う
自動販売機をじっと見ている
ジレンマのない探索中
自由の意味をはきちがえ
ジェントリフィケーションからの治癒
12月17日(水)
朝に岐阜県教育文化財団から詩の文句についてのメールでの問い合わせがある。なんだったのだろう。夜に、磐田場所の力士も待つさわやか磐田本店で壬生キヨムと待ち合わせをするけれど、19時まで会議らしく19時20分ぐらいからポテトとストレートティで待つ。20時前に壬生キヨムが来店、21時半ごろまで関西旅行の話、脇道や分岐へいくつも逸れる話を聞いてから帰宅した。
色褪せのサンタ人形のほほえみ
閉店時のブックオフとても眩しすぎて今日はやすらかに終わりそうにない
さよならをした人と巡り会う
さわやかのげんこつハンバーグ
ささいなことは切り捨てて
さんざめく店内あたたかく
12月18日(木)
計画年休、しばらく家で英語の自己紹介ページ*を組み、午前にラッキー浜松駅前店で散髪する。West Goat Coffeeでスマトラ・マンデリンを飲み、一風堂のお決まりコース。ふと、あきらかにオシャレには見えないという粋だけでできた文化の可能性について考える。児の帰宅後、なぜかともに浜松科学館へ行く。サイエンスショー「風」を観る。ブラックホールの玉入れ、スイングバイは楽しい。
山眠るすきに理髪と散髪を
風景はみな過ぎ去ってしまうから掠めるようにシャッターを押す
俺の生活はもうすでに破綻
推しても引いてもお馬鹿さん
オネエチャンとギシギシアンアン
穏やかな人しか勝たん
12月19日(金)
あたたかい日。批評する環境がまるで育っていない地域では、批評をするだけで「こじらせた」となる。たとえば浜松クリエイター・ファシズムの中心人物のひとりである瓦屋の娘は、私が「こじらせた」から妻の活動を踏み躙っているという願望混じりの想いこみを掲げ、私ではなく妻に呪いをかけてくるらしい。批評を発表している私や批評そのものにまともに向き合う気はなく、ad hominem abusiveや気遣いに見せかけた呪いで結束と仲間意識を再確認しあっているようだ。こちらは批評にさらなる批評をつみかさねるだけだ。
暖冬の尾をふりながら駆けてくる
触れたならすぐに発症するだろう檸檬の木からはみだす檸檬
諸悪の根源は瓦屋の娘
所詮正体信金崩れ
主張がなにかあるわけでなく
仕切り直しのまちを傷つけ
12月20日(土)
雨の土曜中勤、夜まで降り続く。
冬の雨濡れざるものはみな哀し
眼球へうめこむ雨粒の数を数え尽くして冬の薫りよ
なんだかとっても眠いぞ
なんでこれ以上ないの、シナリオ
名前を書けば現れる
ナルシストにも生きる意味を
12月21日(日)
雨、妻の具合が悪いので昼は児と海老塚の住よしで穴子天丼を食べる。油が重くなくて、さくさく食べやすい。妻の発熱は、木曜夜に行った前職の会社の忘年会が原因だろう。前職の会社の飲み会からは新型コロナやらなにやらいろいろ貰いものが多い。ちなみに妻の前に座った前職の上司が体調が悪いと言っていたという。15時から鴨江アートセンター2Fロビーでいきものだもの(オンライン)・村松・桂川と私で青木明子さんと話す。青木さんがリチャード・フロリダの話を出したとき「あっ、これ進研ゼミでやったところだ!」になった。17時に帰ると妻は38度を超えていたけれどアーツカウンシルとのオンライン・ミーティングに参加している。なんだろう、休んでもらってもいいですか。
Wi-Fiの弱弱しくて冬至の日
やめろって言っても行った飲み会でウィルスもらう妻は健康
微弱な冬の月の下
美術の理想に恋をした
糜爛なクリエイター像に
ビビるリチャード・フロリダ
12月22日(月)
狼の目つきとなっている雑踏
仕事のあと本は読めないらしいけど今は知りたい生のことばを
訛りをなくした仲良し
生ぬるくなるモカ珈琲
名の意味さえも忘れたら
波にさらわれてさまよい
12月23日(火)
インフルエンザって感染力弱いかも。静岡新聞の読者文芸に今月は掲載なしで無事に連続記録を途絶えさせることができた。これで自由にやろう。今朝『断食月』第二号の入稿受付が完了する。来年はいつの発行にするか、テーマを持つ増刊号のようなものを基本にするか。帰りに森下のスズキコーヒー焙煎所に寄り、ブラジルを買う。そこから精文館書店豊田町店に寄り、年末年始に読む用に講談社現代新書の『内務省』を買う。店員がカバーを巻くのに慣れていないようで時間がかかった。内務省への関心は『愛と幻想のファシズム』の洞木が二・二六事件の青年将校とともに評価していたから。
汽車が通る 一日中のそれだけの出来事をみな立つて見送る/西村陽吉(髙良真実『はじめての近現代短歌史』草思社)
ガソリンの少女手袋黒くあり
なりたてのサンタクロースたちは夜ダイソーの包装紙を選ぶ
水筒を投げつけ来なくなった男
推測だらけの局内は気もそぞろ
巣立っていったと思えばいいか
少し立てばもう過去の事
12月24日(水)
雨、朝にサバハッティン・アリの『毛皮のコートのマドンナ』Kurk Mantolu Madonnaをkindleで読む。ちなみに、マゾッホではない。午前は高町の古橋商会がまた出張中のため佐鳴台の古橋商会へスーパーカブ110で行き、走行距離4万8802キロ余でエンジンオイルを交換してもらう。リアタイヤとチェーンは早急に交換が必要だそう。代車も用意してくれるらしい。それから遠鉄百貨店本館のzoffで遮光眼鏡を受け取る。午後は児を連れて小雨の降り続くなか遠州灘海浜公園中田島北地区こと石人の星公園を歩く。雨は結局夜まで。
冬の雨をはねあげているリアタイヤ
孤独とは待っていてねの約束を守れたというさざんかの花
街の灯りの色美しく
失ったものを数え過ぎず
後ろめたさを抱えたまま
浮き足だったクリスマスイブ
12月25日(木)
昼から雨、だけど素手でバイクを運転してもそれほど手は冷たくならない。第33回岐阜県文芸祭の詩部門は「座席と墓石と」で入選とのこと。
サンタクロースの手紙を隠匿しても父
まるで餌のようなサンタクロース向けスナック菓子は干からびて朝
ひとりで選んだ淡いグラサン
瞳の奥は虎視眈々
光はほとんど減らされて
ひたすらに注意力散漫
12月26日(金)
今年は二回しかない年賀の初日、雨上がりの寒風ふきすさぶ。午後は霙まじりの雨が降り、大荒れ。今季はじめて冬の過酷さを感じる。18時半から三十分だけ年賀をさわる。
年賀順立初日に退職の人
やさしげな音ばかりまちに溢れきてやがて悲しい夕へ染まろう
シルバニアファミリーはダメ
しあわせのためなんてでたらめ
嫉妬と眠気のおしよせる街で
仕事以外はいつも向かい風
12月27日(土)
土曜日勤、10℃に届かず寒い。視覚韻の可能性についてすこし考えてみる。
スゥとしか言わなくなった寒さかな
もういちど生き直せるとしたらもう北風でいい、覚えていてね
俺たちは持っていた基地
でもそこは予定では墓地
鬼のように追う利他の道
出た杭の俺ってのは逆
12月28日(日)
午前に妻の意向で静岡へ行く。丸子の匠宿伝統工芸館に寄り、HACHI&MITSUで昼飯を食べる。帰りは藤枝市若王子の蓮華寺池公園に寄る。藤枝市文学館は今日から年末年始の休みに入っている。蓮華寺池をひとまわりして、ピンクのスワンボードを漕いだあと池畔のとんがりぼうにて和菓子と藤枝茶で休む。
歳末のにおいを貯めた池である
つくりかけのゲームで水に苛立って別のゲームをつくりはじめる
涙もろいテクノクラート
内務省が勤務場所
何かを望んだそのときは
成し遂げるのが生き甲斐と
12月29日(月)
近道は鵟の影を追いながら
年の瀬に流されながら歌なんて考える小島に檸檬の樹
思いっきり詩を書いてみて
母屋の別名はシャンゼリゼ
おとなになってわかることは
同じことばかりの入れ知恵
12月30日(火)
年賀が想定物数より少なく、急遽休みとなる。朝は浜松駅から発つ妻子を車で送る。そのあと珈琲屋らんぷ浜松高林店で隣の保険商談を盗み聞きしながら作業する。コーヒーフレッシュがアーモンドミルクだった。帰宅してオープンミーティング「はなしてみる」の後援申請書をメール提出したあと、ChatGPTに援けてもらいながら詩度テストをつくる。ゲーム感覚で人々がどんなことばをより詩と感じるかを探る実験である。Elo ratingを使い、いまはまだ見えてこないけれど、プレイする人が万単位で増えれば何か見えてくるかも、サーバーはもたないと思うけれど。夜の浜松駅まちなかへ行くと人が多い。適度な休みと適度な給料と適度な盛り場を与え、かつ適切な交通機関を与えて車を奪えばまちのにぎわいは増えるのかもしれない。
歳末のカメラに写るまちのこえ
なにかしようとしてなにもできない十二月三十日の冷たいごはん
年末は唄の季節さ
願っても、もう消えるんだ
熱気は走り数日で
年始になる、そう聴こえるか
12月31日(水)
大晦日。10時出勤の中勤のはずだけれど9時過ぎに班長から電話があり、ほかの班の中勤は9時出勤だったと告げられる。とはいえ、どうすることもできず10時に出勤する。どうやら昨日管理者が各班の中勤に9時に出勤するよう声をかけたようだけれど私にだけ声をかけ忘れたようだ。19時前にすべての配達を終え帰局、M嬢は来年も私の介護をする宣言をする。帰路の参野町交差点にあるいちごカフェで出汁そばと鶏の唐揚げ秘伝のタレを食べる。帰宅して紅白歌合戦を観ながら詩度テスト周辺事務を進める。
草原を郵便夫ゆく大晦日
もう理想の社会なんて聴きたくないただ現実を這う歌謳え
一年の終わりに啜る蕎麦
一本だけでは満たされない今夜
いたたまれない想いは捨てて
いつか振り返りたい大晦日